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能登半島地震録(その2)~あなたは今、どこにいますか。

 ある頃から、人が生きるとは「時間」と「空間」の接するところにしかないのではないか、と思うようになった。
 先日、僕はターミナル駅の中にあるショッピングセンターで買い物があったので、駅の駐車場に車で向かった。ところが、慌てていたせいか駐車場の入口を見逃して通り過ぎてしまった。しまったと思ったが仕方がない、降車場のロータリーを回ってもう一度駐車場の入口に戻ろうとして、歩道の人に注意しながら戻る道に入ろうとアクセルを踏んだ瞬間、僕は慌てて急ブレーキを踏んだ。目の前に警察官が立っていたからだ。「今、一時停止しませんでしたよね。そこ止まれと書いてありますよね。」片手で僕の車
を制止ながら僕に話しかけてきた警察官の言う通りである。歩行者がいないことを確認した僕は、確かに一時停止をしていなかった。すぐ近くの派出所で二人の若い警察官から(7千円も払う)違反切符を切られた僕は、あーとも、うーともつかない溜息をつくしかなかった。人生に「たら」「れば」は無いことは百も承知だが、最初に駐車場の入口を見逃さなかったら、一発で駐車場に入っていれば、この日の警察官とのやり取りは、僕の人生に生まれなかったのである。
 僕のつまらない失敗談なんかはどうでもいいのだが、つまり僕らの人生とは、「その時」に「その場所(空間)」にいる、存在するということが、実はとてつもない意味を持つことになるのだ。
 令和6年正月元日の午後4時過ぎに発生した能登半島地震でも、このことは取り返しのつかない「現実」を僕たちに突きつけることになった。
地震発生から数日間、富山県では地震の直接の犠牲者(死者)はいないとされていた。しかし発生から8日目、富山県に居住する中学生が能登に里帰りしていて倒壊した建物の下敷きになって亡くなったことが明らかになった。さらに数日後、30代の女性も同じように里帰り中に亡くなっていた。日常生活の99%を過ごしていたであろう自宅にいたとしたら、この方たちは果たして命を落とすことになっただろうか。お正月という故郷の家族と楽しい時間を過ごすはずの時でなければ、能登にいなかったはずなのである。
 当たり前すぎて、普段は何とも思っていなかったり、忘れていたりすることであるが、「今この時に、自分がどこにいるのか」。このことは、僕たちの人生を左右する「存在の一大事」なのだ。それを運が良いとか悪いとかで片付けてはいけないと僕は確信している。

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