風邪をひくとコンドームがやってくる

お前はいったい何を言っているんだ。

私がテレビ出演したら、真っ先にマツコに諌められそうなタイトルであることはとても自覚している。

実はこれはオモシロで付けたのではない。
本当にあったことなのだ。

今から遠い昔。
ちょっとだけアメリカにいたことがあった。
じゃあ英語話せるんだね?という問いには今は答えません。

寮みたいなとこに居住していて、その晩、体調が悪くなった私は寮母さんに薬をもらいに行った。
そこで、なんと。
私が欲していた飲み薬と共に、寮母さんはすかさず私の手に握らせたのである。
コンドームを。

ワケが分からなかった。
体調悪いのはそういう意味じゃないよ?とか様々な考えが頭を巡った。

その後、しばらく生活するうち、私は気付いた。
アメリカでは、セックスは特別な日に行う特別な行為ではなく、単なる日常なのだ。
いつ「起こるか」分からないから、何時でも使えるように持っておきなさい。
つまりは、痛み止めと同じようにデイリーなものとして所持しているに過ぎない。

このことは、20代だった私には脳天に突き刺さるほど衝撃的な出来事だった。
そして遠い日本では性教育が疎かになっていることにも同時に気付かされた。

中学の頃。
女性の体育教師が、心から嫌悪していると思われるくらいイヤそうに性教育の授業を行った。
その様子を見て、私は瞬時に思った。

「セックスって、汚いんだ」。

人に話してはならない。
それは汚いことだから。

そう解釈した。

だからこそ、その歪んだ認識がアメリカで覆されるとは思ってもみなかった。

アメリカのスーパーでは、雑誌と共に性教育の絵本が並んでいる。
幼子が興味を抱いたら親がその本を買ってやるのは、立派な教育であり、義務でもある。

 性教育が日本で広く浸透しないのはひとえに大人たちの、社会の怠慢であり責任である。
だから男の子たちが軽んじたり、女の子が傷ついたりする。(その逆もあるだろう)
機会の損失が余りに大き過ぎる。

当時、20代の私はどうしたらあまねく女の子が皆、デイリーなものとしてゴムを持ち歩けるか、ずっと考えていた。
それで出た結論が、

「キムタクがCMしたら良いんでは」。

当時、絶大な人気を誇っていた彼なら影響力抜群であろうと思った。
イケメンの男性アイドルなら。そう思った。
が、令和の今、誰も何も宣伝すらしていないのが現状である。
相変わらず、日本においてセックスは「恥ずかしく愚かで人に言えないこと」なのだ。

ちなみに、うちのばあちゃんはなんと、明治生まれにも関わらず母(つまり娘)にきちんと避妊の大切さを説いていたらしい。

これを聞いた時、
うちのばあちゃん、すっげーカッコいい
と思った。

当然、私の母も性的な話題はきちんと向き合って話してくれる。
恵まれている、と思った。
そして、もっと言えば。
「恵まれている」ではなく、このような話題をさりげなく話せる環境が「当然のこと」として存在してほしいと強く願っている。


おまけ:私のオススメは無印のコンドームです。

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