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ランダム単語ストーリー 二次会×びっくり箱

 


 人の関係というのは、常に争いが絶えない。これはどんな環境においても同じ事が起こる。勿論、争いのレベルというのは環境や発端によって異なる。ただ、”争い”という言葉一つで片付けるのであれば、それはいつも起こっている事柄なのだ。


 「はいはいはいはい!のーんで呑んで呑んで!一気!一気!のーんで呑んで呑んで!一気!一気ぃ!」

 二次会特有の飲み比べだ。これは世界で一番くだらない争い。大学生によくある光景だ。

 そんな時代から8年経った。社会人になってもこいつらは変わらず続けている。その光景を片手に僕は焼酎のグラスを持って、少量喉に流し込む。

 「うえ〜い!!」
 
 コールと共に空いたジョッキを掲げる梨本。周りの同期達が拍手で称える。梨本は一気に酔ったのか、その後少しふらつき、そのままフラフラと席を外し、お手洗いに向かう。ここまでがいつもの流れである。

 (調子が良いのもいつものことだ。)
 と僕は思いながら、彼の後をチラリと視線だけ追う。周りは「おいおい、またゾンビになるじゃん!トイレ使えなくなるぞぉ!」とゲラゲラ笑う。

 争いの結末としては、敗者は笑い者にされてしまう。とても下らない。世界で一番醜い争いだ。

 


 少ししたら、店員が「失礼しまぁす。こちら生中6個とカシスオレンジとウーロンハイです。」とオーダーした分を持ってくる。

 一通りメンバーの前に酒が渡ると、僕の前にこの卓で一番五月蝿い三井がジョッキをトンと置く。そのまま憎たらしい笑顔でコールを始める。
 
 「はい!徳田の一気が見たーい!(見たい!!)見たーい!(見たい!!)見たーい!(見たい!!)」

 周りもコールに乗って合いの手を打つ。ほんとにふざけた野郎どもだ。僕は気怠くその場で立つ。腰を曲げて目の前の卓に置かれたジョッキを持ち、溜め息をついてから一気にジョッキを飲み干す。

 梨本よりも早いペースで飲んだ僕に対し、三井も他の有象無象達も「おぉっ…!」と息を飲む。その後、ゆっくりと拍手が始まり、僕はすぐさま席に座り直す。

 「徳田が・・飲んだぞ・・・。」と、囃し立てた三井本人も驚いている。その場は僕が引かれた様なムードになり、場はシラけるも、すぐに会話が始まり、それぞれの話題で弾んでいく。

 かつてのゼミの二次会では、今のように三井からジョッキを渡されても付き合う事はなかった。今日はきっと魔が刺したのだろう。

 「いやぁ、今日は凄い飲みっぷりだねぇ。まさかトクの一気が拝めると思わなんだ。」と隣の佐々木に話しかけられる。彼とはゼミの中でも仲が良いかった方で、よく二人で共同研究の発表を行っていた。落ち着いた彼の性格は僕とも相性が良かった。

 「ただの気まぐれだよ。ほんと。でも8年ぶりだからね、今回は付き合っても良いかなって。」と、笑いながらまた焼酎のグラスを持つ。

 「ん〜8年経つと人は変わるもんだ。これはもうプレゼントの効き目が無いかな?」

 ゾッとした。

 「おいまさか・・・今日持ってきてんの?」

 この佐々木という男は内なる狂気が強い男だ。彼から渡されるプレゼントは3回に1回は大ハズレを引かされる。周りはそれを見て面白がるのだ。

 一番ハズレだったのは、色鮮やかな蝶が飛び出して来る箱だった。虫全般を恐れる僕にとって、人様が綺麗と認識する蝶ほど不気味な物はない。
 
 プレゼントには違いないので、僕も負けじと贈り返すのだが、彼の反応はいつも興味深いまなざしで、驚き恐れる素振りもない。これも”争い”なのだ。そして僕は全敗している。こうして僕らは”プレゼント”と称して3回に1回の不規則なペースで爆弾を送りあっていたのだ。
 

 だが、そんな日々も卒業と同時に自然と停戦してしまった。

 「なんだ、佐々木も変わったと思えば、まだそんな下らない事を考えてたのか?」と続けると、「きっと俺も気まぐれなんだよ。てかね、君、アレをハズレだなんだ言うけど、考えて作ってとか、時間も手間もかかるんだ。それをハズレをと言うのは如何なものか。」少し不服そうに返す。

 「人が驚く所を見て楽しむ悪趣味な輩に言われたくないね。」とさらに返すと、「でも君もやり返してくるじゃないか。同じ穴の狢だよ。」と笑い合う。和やかな会話の裏腹に、僕の内心は半分焦りのような感情が出現していた。(凄く怖い物体が出てきたらどうしよう。)と。



 談笑は続き、暫くしてから、「お待たせ・・・。」と、目を腫らし、青褪めた顔をした梨本が戻ってきた。
 
 「うわぁ!ゾンビが出たぞぉ!」と三井の第一声。それに釣られて周りは笑う。ゾンビは静かに「オデ、マダ飲メル・・・。」と発する。げっそりしてしまった梨本の一言に、さらに周りは笑い転げる。

 「うし!じゃあカラオケ行こうか!」と、なんだかんだで優しい三井。そこなら飲まなくても良いだろうという気遣いだ。

 伝票を確認し、佐々木がそれぞれからお金を集める。仲間達は一斉に荷物を片し、それぞれ忘れ物がないかと確認した後、一人一人店から出て行くのを確認し、会計を済ます。

 僕ら二人も店を出ると、梨本の肩を担いだ三井と仲間達は店の前で待っていた。「お待たせ」と佐々木が皆に向かって声を掛ける。

 「よし!じゃあ元気なやつはカラオケ行くぞ!その前にウコンほしいからコンビニ行こうぜ。」と三井が先頭を切ろうとした時、「あぁ、そういえば、はいこれ。」と立ち止まる佐々木から黄色い紙包を渡される。



 忘れていた。急に冷や汗を吹き出し、内心の焦りのような感情が増幅する。

 「さぁ、開けなよ。」と佐々木から唆され、恐る恐る裏のテープから剥がしていく。すると、黒い箱がでてきた。
 
 「黄色から黒って、危険サインかよ。」と若干、顔をひきつって小馬鹿にする。更に開くとまた黒い箱が出てくる。感情が更に増幅する。

 ここで確信した。(怖い。もう開けたくない。これ以上は無理だ)とその感情が明確になる。目の前の黒い箱に躊躇していると、「もう一回、開いてごらん。」とまた唆す。

 冷や汗が更に出る。何故ここで開けなければならないのだろう。そう考えた僕は、また躊躇する。だが、いつまでも店の前にはいられない。覚悟を決めた。
 そして、もう一度開くと、今度は緑のリボンのついた白い箱が出てくる。

 きっとこれで最後だな。そう思えば、先ほどまで開ける度に躊躇していたが、勢いさえあれば開けられる。僕は安堵した、いや、安堵してしまった。

 その瞬間、胃からのどへと不快な感覚がする。それは僕の意思とは反対に、すぐに口に広まり、前歯の裏まで到達してしまった。
 すぐに小道に避けて、不快な物を吐き出す。外には吐瀉物として生まれ出る。口の中は酸味がして、食道は熱く、目からは涙が垂れまくる。

 その時不意に佐々木のほうへ視線を移すと、彼はひどく驚いた様子だった。すぐ後ろの三井は梨本を担いだまま、ケタケタ笑っていた。「もう一体ゾンビできてんじゃん!おもしれ―!初めてトクが吐くところ見たわ!佐々木、ちょっと見てやってくれよ。」


 (余計なお世話だクソッタレ)と内心つぶやいた。佐々木はすぐに近くの自動販売機で水を買って僕に近づいてくる。彼は僕を心配するように気遣うも、穏やかな顔をして語り掛ける。

 「トク、大丈夫かい?今回は僕の負けだよ。俺の想像していた反応を見事裏切ったよ。8年越しに、初めて、君が勝ったんだ。」と水を渡す。「代わりに開けよう。」と僕に代わって最後の箱のリボンを解き、優しく蓋を開く。するとそこには、マッドグリーンのデザインをした万年筆が登場した。

 「・・・へぇ?・・・なに?・・・虫とかじゃなかったんだ・・・。」とか弱い声で返す。「流石にサラリーマンやってたら学生の時みたいに仕込めないよ。」と佐々木は笑う。

 「・・・ありがとう。・・・僕の好きなデザインだ。」と素敵な万年筆をもって感謝を述べる。
 「そうかなと思って。これを初めて見たとき、悪友の君に贈ろうと決めていたんだよ。さぁ行こう。元気ないけど、帰れそうにないからカラオケ決定ね。」

 佐々木に肩を担がれて、コンビニから帰ってきた皆と合流する。担がれたまま広々としたカラオケボックスに入っていき、僕と梨本はそのまま寝てしまった。




 しばらくして、三井と佐々木はカラオケルームと別に設置してある喫煙室で話していた。
 「そういえばさ、佐々木とトクはなんでプレゼント交換をしていたんだよ。誕生日とかなんか記念日でもないのに、結構不意に送りあいしてたじゃん。」

 メビウスをゆっくり吸って、大きく煙を吐いた佐々木から、笑いながら語る。「あれはねぇ、初めての飲み会の後にトクのハンカチを借りたままにしててね、返そうと思ったらすぐそばに姪が置いて行ったびっくり箱があったんだよ。」

 「あぁ・・・あんときの気色悪いピエロのおもちゃか。普通に返せば良かったろうに。」

 「そうそう、なんであんなことしたんだろうね。若い頃の俺は面白くしようって考えが強かったんじゃないかな。そん時はハンカチを蓋の上に固定させて、うまく入るように収めて渡したんだ。」

 佐々木はまた吸って吐いて語り続ける。

 「そしたら2週間くらいしてから、トクからお返しに小説をもらってね。途中開くと怖い画像が飛び出てくる仕掛けになっててね。これを同じように贈り返したらどこまで続くんだろうって。」

 三井は箱からマルボロの箱から新しいタバコをもう一本取り出す。

 「へぇ、それから始まったんだ。仲がいいのは知ってたけどさ、あれ、端から見たら恋仲なんじゃないって思われてたぞ。」

 「そう見られてるって気づいてたよ。一体トクはなんで仕返してきたのか、わからないけどね。その時に考えたのが、繰り返してくとどうなるんだろうって。これは争いだね。でも俺にとっては”実験”でもあったんだよ。」

 少し三井の反応が引く。佐々木から一歩引いて身構えた。

 「”実験”ってなんだよ。」

 「『シュレディンガーの猫』ってあるでしょ。箱の中の猫が生きているの死んでいるのか。」

 身構えたまま三井は答える。

 「聞いたことはある。」

 「トクはさ、驚くときに飛び跳ねてさ、『にぃやぁん!』って大声出すじゃん。あれを初めて見たときに、その実験が頭に浮かんできてさ、俺は『箱を開けて猫になるかどうか』っていうのを観察していたのよ。」

 吸った煙を三井が吐いて、「いやわけわかんないけど、お前、悪趣味だなーと。」と応える。続けて「じゃあほとんど猫になってんじゃん、トクは。」と言うと、

 「そうだね、”争い”としては全勝。”実験”としてはすべてのパターンで猫になる。でも今日は争いでも、実験でもなく、純粋なプレゼントだったんだ。」
 
 「あ、そうなの?でも面白そうだったから、コンビニ行かずにそっちいときゃよかったわ。」

 佐々木は吸い終わったメビウスを灰皿に押し付ける。

 「今日は面白い結果が出たよ。初めて僕は”争い”で負けて、”思わぬ実験”ではゾンビになった。あとはトクから”お返し”がくれば、新しい実験ができる。」

 三井も吸い終わり、灰皿に押し付ける。

 「まぁ・・・楽しければいいんじゃないか。じゃあ、来年もみんなを誘ってみるか!あいつは律儀だから持ってくるよ。」

 「・・・そうだね。来年のトクに期待しようか。」

 煙たい匂いを付けた二人は騒がしい部屋に戻る。



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