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ランダム単語ストーリー かきフライ×アロハシャツ

「ねぇ、おじちゃん。」

『何だい?』

「おじちゃんって、カキフライ好きだよね。」

『そうだねぇ。何をかけても牡蠣の味がするのが好きなんだよ』

「でもさ、おじちゃんってすごくおかしいよ。」

『なんでそう思うんだい?』

「だってさ、年中アロハシャツ来てる人が、カキフライ好きだなんておかしいよ。カキフライって冬に食べるものじゃん。アロハシャツってのは夏に着るものでしょ?季節感が違うもの。」

『あぁ・・・アハハッ!そうだね。そう言われると、そうかもしれないね。』

「でしょ?ほらぁ、やっぱりおかしいよ。」

 特に用事がなくとも通っていた文房具店。学校が休みの日にも顔を出していたら、いつからか顔馴染みになっており、機嫌のいい日にはご飯をごちそうしてくれる。冬の日に決まって出してくれる献立には、必ずカキフライがあった。

「でも、何にかけてもカキフライは美味しいね。」

『わかってくれるかい?おじさん嬉しいなぁ。』

 他愛もない会話。このおじさんとの食事が日常なのだ。アロハシャツを着て一人でお店を切り盛りするおじさん。たまに勉強を教えてくれたり、学校での愚痴も聞いてくれる。いつも、『そうだね。』って言って、静かに微笑みながら聞く。特に説法を垂れるわけでもない。同意もしないし、否定もしない。ただひたすらに聞き手になってくれることが、私にとっての癒しだった。

『でもね、』

「(?)」

『いつの日か、カキフライが一年中、美味しく食べれる日がやってくるよ。』

「なんでそう思うの?」

『僕がこのお店で売っている文房具ってね、実は同じ商品でもちょっとずつ変わっているものが多いんだよ』

「どういう風に変わっているの?」

『使う人の多くが使いやすいように、少しずつ変わってるんだよ。ほら、入口前のボールペン。商品名はずっと変わらないんだけど、去年より細身にしたんだって。そうすれば収納も楽だし、軽くなった分、書き心地も良くなったんだよ。これはおじさんもお気に入りなんだ。』

「へえ、そうなんだ。」

『良いものはどんどん良くなっていくよ。だから、こんなにおいしいカキフライも、いつかは一年中食べれる美味しいものになっていくはず。』

そう言っておじさんは自分の皿の上にある、最後の一つをパクリと食べ、箸とコップを持ち替える。静かにお茶をすすり、お茶でカキフライを流し込む。その後、また口を開く。

『君はこれからも、良いもの・良くなっていくものをたくさん見て、触って、感じることができる素晴らしい人生になるよ。はい、ご馳走様。これから皿洗いをするから、使ったお皿を持ってきてほしい。』

 私は流しの前に立つおじちゃんにお皿を持っていく。食事の時のいつもの光景だ。この食事もいつもの事なのだが、この日の事は、なぜか忘れられない。



 ―あれから15年後、8月の初旬、7年交際している彼と一緒に夜の都市を歩く。向かった先はオイスターバー。店内は落ち着いた雰囲気で、いつも通りの会話をする。

「ねぇなんで今日はオイスターバーなの?」

『俺、牡蠣が好きでさ。父親も牡蠣が好きで、冬場の献立には決まって牡蠣が出てたんだ。』

「へぇ、長く付き合ってきたけど知らないものだね。」

 お互いに笑いあって、会話が弾む。

『あのさ。』

「なぁに?」

彼は少しトーンを落とし、真剣なまなざしになる。かと思えば、少し頬を赤らめ、手を震わせている。

『あの・・・その・・・こっぱずかしくてさ・・・いや・・・』

 モジモジしだしたと思ったその瞬間、急にビシッと背筋を伸ばし、両手でパンッ!と自分の顔を強くたたく。思いのほかその音が大きく、周りのお客さんたちの注目を集める。当の本人は、叩いた頬部分が淡い赤色で、瞳は半べそをかく前のように潤んでいる。でも、先ほどよりも更に真剣な姿勢とまなざしで、まぎれもない男の姿だった。

『これを受け取ってください。』

 パールホワイトに金の縁がかたどられた小さな小箱。そこに入っているものは予想できた。私の心臓が急に早く打ち始める。そぉっと両手で添えて、優しく小箱の蓋を開ける。開いて出てきたのは、慎ましくも綺麗に輝くダイヤモンドだった。

『もし・・・この指輪を受け取っていただけるのなら、僕と結婚してください。』

 私はこの一言に、涙腺が熱くなり、涙が出てくる。さらに、もっと、たくさんの涙が止まらなくなる。おそらく彼も心配しているだろう。早く答えを出してあげなきゃ。もちろん答えは決まっているのだから。だけど、涙が止まらない。こんなに良い日があってもいいのかと。ひとしきり涙を流した後、私はもう一度彼のほうを向きなおし、目をはらしながら精一杯の笑顔で答える。

「・・・はい・・・受け取ります。私からも・・・結婚して下さい。」

 彼は落ち着いた表情で、しかしながら安堵したおかげか、涙を流していた。そのすぐ後に、周りの席からも拍手の音が聞こえてきた、落ち着いた店内に似つかわしくない拍手の音が響き渡る。私たちは赤い顔で、周りのお客さんたちに向かって、軽く会釈をする。

 その後、私たちは泣きながら、笑いながら、会話と食事を楽しんだ。しばらくすると、ウェイターが一品の料理を運んでくる。

「この度はご結婚、おめでとうございます。こちらは当店からのささやかなサービスです。今後の幸せな家庭を願って、カキフライを調理致しました。」

 私はその時、あの日の食事の事を思い出した。

 カキフライ。
 
 おじちゃんのあの言葉は、確かに、いや、それ以上の良いものになって、私の目の前にやってきたのだ。私はテーブルに置いた料理を見て、優しく微笑んだ。

カキフライを食べながら、彼に向かって話す。

「夏に食べるカキフライも良いよね。」

 さっきまでと違う表情と言葉に対し、彼は不思議そうに私を見る。ただすぐ後に彼も微笑んで。

『そうだね。夏に食べるなんて、小さい頃は考えなかったかも。』

「んフフ。これはね、とても良いものだよ。」
 
 笑いながら食事が進む。こうして、私の人生は、今日良いものが3つ増えた。



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