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江ノ島エスカーには乗れなかった

2024/08/20

やたらと天気が崩れがちな最近だったが、この日だけは一日中気持ちいいくらい真夏日で、夜は満月がとても綺麗に見える日だった。

その日は2ヶ月ちょっと前に突然振られた元彼氏から、置いて行った荷物を受け取るために会う日だった。

14時ごろ、元彼氏は申し訳なさそうな顔をしながら私の服が入った紙袋を持って集合場所に来た。
「ご飯でも行く?」と言うと、「荷物渡すだけでもいいけど…」と言われた。そっか、もう話したくないかって思ったけど、それが彼なりの謝罪というか配慮なのかなとも思った。今思えば付き合う前のデートで告白しようとしてくれてた日(後日談)の別れ際のときと同じ顔をしていた。




少しだけ話した後、再び、この後どうする?と聞いた。元彼氏は「◯◯ちゃんお昼食べてないかなと思って抜いてきた」と言った。言葉で言い表せないがこういうところが好きだった。

距離感を掴めないまま、近くのご飯屋を探した。上りのエレベーターは2人きりで無言だった。この商業施設のご飯屋はどこも行列で、他のところを探すことにした。エレベーターの2人きりの空間に気まずさを感じ、下りはエスカレーターを選んだ。エスカレーターでは後ろを向けなかった。

私が駅から商業施設の間にあった回転寿司を提案するとすぐ、歩いて3分にも満たない距離なのにネットで予約しようとしてくれた。





真夏の14時過ぎの回転寿司屋は空いていた。注文のタブレットで期間限定のおすすめのページからみていく。私はマグロ、ハマチ、と定番のネタをカートに入れていくなか彼の手はなかなか動かずにいた。サラダ巻きを探していた。彼が魚介があまり得意ではなかったことを私はすっかり忘れてしまっていた。彼の私に合わせようとする優しさが好きで自分が我慢すればいいという考えが少しだけ嫌だったことを思い出した。


互いに3枚ほどで食べる手が止まり、最近の話をした。
その中で、「夏っぽいこと、まだ何にもできてないんだよね」と彼は言った。私は気づいたときには「夏っぽいこと、しようよ!」と返していた。距離感を誤ったと思い、言った直後に内心焦って前を向くと「いいの?」とどこか切なげな表情をしている彼がいた。




花火、レンタル浴衣を着て納涼船、ナイトプール、私にとって、元恋人と行くにはハードルが高いものばかり彼は提案した。
なんとなく、イベントに出掛けるには気持ちの盛り上がりが足らない気がして、江ノ島はどうかと提案したところ食いついてくれた。

決まったらすぐに店を出て、10分後の電車には乗っていた。付き合う前のデートも、弾丸が多かった。さっきまで◯◯していたのに、もう◯◯にいる…っていう弾丸旅ならではの非現実感が嫌いじゃなかった。

付き合う前一緒に行った海
夜ご飯だけの約束のはずが一晩中ドライブし浜辺で朝を迎えた



電車で、江ノ島に着いたら行きたいところを調べていたら私のスマホを覗き込む気配がしたので一緒にみた。

軽く調べて、あとは行って流れに任せようとスマホを閉じた。途切れ途切れの会話をしていると、線路に支障物があると電車が10分ほど停車した。

静かな車内でサラリーマンが会社に事情を説明している。元彼氏はスマホを弄り出した。付き合っていた頃、デート中にスマホを弄る姿をあまり見たことがなかったので違和感があったが飲み込んだ。電車が動き出し、ふと私もスマホを取り出すと隣にいるはずの彼からのラインの通知があった。先ほど一緒に見ていた『江ノ島シーキャンドル』のチケットが送られてきていた。




16時過ぎ、片瀬江ノ島駅に着いた。
駅を出ると、青空と日に焼けたビーチ帰りの人々とアメリカンなハンバーガー屋が目に入り胸の高鳴りを感じた。アメリカンなハンバーガー屋で、彼が選んだのは私が迷っていたドリンクで、それとは別のドリンクの2つをテイクアウトし、交換しながら長い橋を渡った。強い日差しを右前から受けながら歩いた。右手で顔に当たる紫外線を防いでいると、左隣に歩いていた彼が私の右側に来てくれた。

海を見ながら、今すぐ飛び込みたい、と彼は言いつつ汗を流しながら歩いた。


彼が買ってくれたチケットは、江ノ島エスカー付きのチケットだった。『江ノ島エスカー』を2人ともよくわかっていなかったが、これを使うとシーキャンドルに行けるらしい。

彼は初めての江ノ島だった



神社を正面に坂を登っていく。突き当たり左に“江ノ島エスカー”の文字が見えたが、シーキャンドルに行くには早かったので、突き当たり右の、どこに繋がるのかわからない坂を登った。

引き返すにはもったいなさそうな坂を汗を垂らしながら進んでいき、おそらく合計で100段近い階段を上り下りした。

人の流れに乗って、気づいたら江ノ島の端まで歩いていた。私は江ノ島に3回ほど来たことがあるが、こんな風景があるなんて知らなかった。

すっかり夕日の時間



歩き疲れたので写真手前の大きい岩に座って休んだ。ここは海水浴場じゃなく、海には入れなかった。ずっと寸止めされてる!と彼は嘆いていた。

この時点で気づけば18時を回っており、今回の目的地であるシーキャンドルに向かうことにした。が、江ノ島エスカーとは真逆の方向まで来てしまったため、利用せずにシーキャンドルまで辿り着いてしまった。

シーキャンドルから見た東京 
スカイツリーを探したが、てっぺんの光しかみえなかった



お昼は結局お寿司を3皿ほどしか食べていなかったため、シーキャンドルでは2人ともお腹が空き、帰ることにした。地上に降り、しらすカレーパンとソフトクリームを買い、まるで某恋愛リアリティーショーの舞台かのような、ハンモックやオレンジ色の照明で照らされた南国風ベンチに座って小腹を満たした。


シーキャンドルを背に歩いた灯籠で照らされた道で、手を握られた。


すっかり暗くなり、あの長い橋を渡る頃には綺麗な満月が出ていた。

前日、SNSで「明日は満月だ」という投稿をみた



帰り道、アジカンのサーフ ブンガク カマクラの存在を教えて、3曲目の『江ノ島エスカー』を一緒に聴いた。彼は「今日1日が詰まってる感じがする」と言って電車の中で揺れていた。曲が終わり、4曲目の『腰越クライベイビー』が自動的に流れてきた。私はこの曲がアルバムの中で1番好きで、それだけ伝えて一緒に聴いた。

江ノ電沿いの駅名が取り入れられた、好きなアルバムのひとつ


その後も何曲か一緒に聴き、乗り換えのタイミングがきたのでイヤホンをしまった。なんだか胸がいっぱいになって、その後は互いの家の近くの方面でご飯でも食べて解散しようと話していたけれど、ここで切り上げた方が綺麗に別れられるんじゃないかとふと考え、「もう落ち着いちゃったし帰る?」と、言ってしまった。



彼は黙った。乗り換え先の次の電車は、予定より10分以上遅れてきたが、待っている間もずっと黙っていた。


お昼に集合した駅に着いた。持ってきてくれた荷物は駅のコインロッカーに預けていたためそれを受け取った。そこで、「◯◯ちゃんが良ければ一緒にご飯食べたいと思ってる」と伝えてくれた。言わせてしまったみたいで申し訳なく思ったが、素直な気持ちに照れ、それを隠すように「おなかすいた!」とふてくされたように言った。なんて子供っぽくてダサいんだろう。するとすかさず彼は私の手を引っ張ってくれた。


夜ご飯を食べる場所は、初めて2人で飲みに行った駅でお互い馴染み深く、「なんか安心するね」という彼の言葉には深く共感した。入ったお店は若い店員さんと若い客でにぎわう、今日の声のトーンでは口パクにしかならなそうなお店だった。

2人で生ビールを1瓶頼み、コップに注ぎあって乾杯した。一口目を飲み終えたが一気に流し込む彼を見て負けじと二口目を飲んだ。


互いに好きなものを頼み合いシェアしながら食べた。大きなテーブルで隣り合うような形で座るのだが、目の前にも、両斜め前にも男性2人組がおり、その中で「え?」「ん?」を挟みながらうまくいかない会話を続けた。だんだん周りの客も帰り始め、お酒も進み、会話がしやすくなった。すっかり雰囲気は付き合ってたときのようだった。どちらからともなく、1日触れてこなかったナイーブな話題を始めた。

その中で、彼は
「乗り換えのあの時から多分おかしかったと思うけど、僕なんかがこれ以上幸せになっていいのか考えてた」
とつぶやいた。
咄嗟に「いいに決まってるじゃん」と口から出たが、その後の会話は覚えていない。
ただ、どちらとも泣きそうになってきたところで「店で泣くのはやばいから」と言い、黙って残りのご飯をかきこんだ。

店を出て、目の前の初めて2人で飲んだ後に行った公園に向かった。

あの日2人で座ったベンチの近くには大量の大学生の団体がいたので、通り過ぎた。

1番奥のベンチに座った。話したいから、と公園に来たものの改まって何を話し始めればいいのかわからず、沈黙のまま時が過ぎた。

私は今日を振り返った感想を切り出した。お互い言葉を選ぶのに時間がかかるタイプであるため会話の間(ま)は分単位だったと思う。

私は話していると涙が出てきた。普段自分1人で留めておくような本音を人に言うとき、決まって涙が抑えられなくなる。相手を困らせてしまうため、そんな自分が情けなくて、それにも涙が出てくるので一度出始めると本当に止まらなくなる。ひどい泣き顔を見られたくなかったため、それから彼の表情を見ることはできなかった。1番奥の照明の当たりにくいベンチを選んでよかったと心から思った。

時間をかけながらゆっくりと本音を伝え合った。初めて人とここまで向き合ったと思う。

目の前の公園の時計は0時を回った。
ハンドタオルはびしょ濡れだった。付き合ってほしい、と言われた。私はそれに応えられなかった。初めから決めていたことを言った。これほど好きなのに応えられなかった。

家に帰ってスマホを見ると彼からラインが届いていた。



お礼の言葉に加え、『腰越クライベイビー』を聴いている、といったラインだった。

『江ノ島エスカー』じゃないことに、このときは疑問を覚えたが、時間が経ってから愛を感じた。


家に帰ってシャワーを浴びながら1人で泣いた。本当にこれでよかったのかわからなかった。思い出せば思い出すほどわからなくなった。

私は、「間違いなくこの夏一番の思い出になった」と返信をした。

この日を忘れたくないと強く思った。

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