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SとMは反発しあう

はっと目が覚めると隣にいたはずの彼女はいない。

布団から起き上がり洗面所を覗くと上半身裸の彼女が歯磨きをしている。

背中ごしに抱きつこうか。

一瞬考えるが躊躇して辞めてしまう。



もう5年半も一緒だけど、長くなればなるほどどうしたらいいか分からなくなっていた。



躊躇わずに抱きしめていたら何か変わっていただろうか。




体の相性って大事だという。
男同士の飲み会でも話題にならないような下世話な話。
でもその事実を彼女と会うたびに強く感じるようになっていた。


もう一年くらいは彼女と最後までできていない。途中で痛いと言われて断念する。
そのうち、「仕方ないよね」「体が全てじゃないよ」「次は大丈夫」とか形だけ慰め合いながら一緒に寝るのが儀式のようになっていた。


🟰🟰🟰


彼女は芯のある女性だった。
男に決して寄りかからない。
大学院を修学してから、別の学科に再編入した事実からもよくわかる。

彼女は建築やアートに興味があって、私のいない世界に飛び出して行った。

そんなコントロールできないところや、自分の色を強く出すところが好きだったのは間違いない。

私より先に東京に行って、アートの世界を1人闊歩していた彼女。

たまに京都から遊びに行っても、「今日は知り合いのキュレーターに挨拶しに行くから一緒に来る?」なんて平気で言う。

そりゃあなたに会いに東京まで来たんだから付いて行くよ、としぶしぶ従って、誰も知り合いのいない世界を彼女の付属物のように付いて回り、愛想笑いと世間話をする。

彼女と談笑する見ず知らずのおっさんや学生達に、「あなた達よりも俺の方が彼女のことを知っているし彼氏なんですよ」と心の中で虚勢を張り、その裏で激しく嫉妬する。

それでも1日の終わりに彼女と2人きりでお酒を飲みながら東京の上手い料理を味わう時間が嬉しかった。


ただ正直言って、その生活にも疲れていた。


私が彼女を真正面から見れば見るほど、彼女は目を逸らしていく。


そんな感覚があった。



🟰🟰🟰

二十代の5年半は長い。
あと数年で30歳になる。
この貴重な時間をどう考えているのか。
普通は女性の方が気にするのではないか?

当時の私は平気で普通は、と言えてしまうくらい見識が狭かった。

だから聞いてみた。

駐車場の車の中。
これから家に帰るというタイミング。

「そろそろ結婚とかどう思う?」


すると彼女は有り得ないと言わんばかりに笑いながらこう言った。


「えぇ。まだ考えなくていいんちゃう?私やっと仕事決まってこれから社会人やし、しばらくは仕事に専念したい。ほら、スポーツ選手みたいにとりあえずあと一年契約とかで付き合ってみてその間に考えたらいいんちゃう?」


その時私の中のMっ気もさすがに耐えきれず、何かが壊れる音がした。

これまでは多少ぞんざいに扱われることも喜びに変換して過ごしてきた。
でもいつからかそれもままならずMっ気を拗らせるようになっていた。

街中を歩くスピードも彼女の方が早い。
まるで私のことなんて気にしていないかのようだ。

だからわざとゆっくり歩いて距離を置いたりしたことも何度かある。

このままはぐれてしまって私がいなくなったその時、私のことを意識して後悔してほしい。

そんな考えに囚われるくらい重症だった。



そしてここにきて、付き合うことを『契約』と言い切る彼女を前にして心底悲しかった。


もう続けられない。無理だ。


そう思った。



今思えば、社会人一年目で世間知らずもいいとこの彼氏から、学生最後の年に結婚しないかと問われて、この人に付いていこうなんてメルヘンな頭の持ち主じゃなかったということはよくわかる。

あのまま結婚していたら、確かに良くなかっただろうとも思う。

それくらいに私は男として未熟で、未完成だった。

見抜かれていた。ただそれだけだ。
それでも待つと彼女なりに言ってくれていたのだ。



でも限界だった。
当時の私がそこまで理解できるほどの経験もなかった。


シンプルに拒絶されたように感じてしまった。


それから数ヶ月は壊れた気持ちを修復しようとしたけど、結局はこちらから幕を下ろすことになる。


四条大橋の公衆の面前で大声で好きと叫んだ恋は、電話越しであっけなく終わった。




「もう勝手に決めてしまったんならどうしようもないやんか。」



あっさり飲み込むかと思いきや、予想外に泣きじゃくる彼女に驚く。


そんな彼女の最後の言葉はいまだに耳にこびりつき、時たま私の胸を締め付ける。


それが彼女、Sちゃんとの結末だ。



🟰🟰🟰


「わたし、女の子でもイケると思う」
あっけらかんとフランス映画を観ながら笑った彼女のことを、このダイバーシティの街ロンドンでふと思い出した。



彼女の記憶を私はこのロンドンに置いて帰ることができるだろうか。





最後まで読んでくださりありがとうございます。
待っててくれた人がいるのかいないのか、マイトン恋愛編です。

Sちゃんとの恋の始まりはこちら↓↓

間をすっ飛ばして終わりを書いてしまいました。
時系列は気にせずまた気が向いたら書こうと思います。

良かったらスキやコメントいただけるととっても嬉しいです☺️


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