社会保障制度のデジタルトランスフォーメーション:サービスデザインとデータに基づくプロファイリングによるアクセシビリティ向上と個別化支援の実現可能性について


1. はじめに

1.1 研究の背景と目的

日本の社会保障制度は憲法第25条に基づき、生存権を保障するために整備されている。しかしながら、それを必要とする人々が適切にアクセスできていない現状がある。Abe(2003)によれば、日本の生活保護制度の捕捉率は約10%または5%と推定され、これは世界的に見ても低い水準である。程度は異なるが、本来利用できる人が制度を利用していないという事実は他の制度でも見られる。
Currie(2006)はアメリカとイギリスにおける社会福祉プログラムの低い利用率の要因として、「情報の不足、手続きの複雑さ、スティグマ」を挙げている。さらに、Ko and Moffitt(2022)は給付の利用率に影響を与える要因として、スティグマ、情報不足に加え、「給付を受けることでもたらされる金銭的またはその他の利益が、申請や給付の受給に伴う手間やコストに見合わないと認識している場合」、「申請書の提出、収入や家族構成の証明書類の提出、移動、面談に必要な時間や費用」を挙げている。
近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進により、これらの課題解決が期待されている。しかしながら、単なるデジタル化では根本的な解決には至らない。Mergel et al. (2019) は、公共部門におけるデジタルトランスフォーメーションを「従来のデジタル化の取り組みを超えて、政府の中核的なプロセスとサービスを包括的に見直す努力」と定義している。
重要なのは制度利用者が直面する具体的な障壁やニーズの理解に基づく利用者中心のアプローチである。利用者中心のアプローチでは、サービス提供者が利用者の視点からサービスを設計し、提供することを重視する。これにより、情報提供内容の改善、手続きの簡素化、スティグマの軽減が図られるならば、利用率の向上が期待できる。
また、データ活用の重要性も増している。日本の「特定公的給付」では、データ活用が具体的な成果を上げている。特定公的給付とは、自治体がマイナンバーを用いて支給要件を確認し、対象者に郵便で通知する仕組みである。これは、2021年に施行された「公金受取口座登録法」により可能となった。現在は災害や感染症の発生時等に支給される16の給付(2024年7月時点)がプッシュ型で提供され、一部の市民からの申請を不要にした。
本研究では、これらの背景を踏まえ、ユーザー体験を中心に据えたサービスデザインと、データに基づくプロファイリングの二つの概念に注目し、デジタルトランスフォーメーションによって社会保障制度のアクセシビリティ向上と個別化支援の実現可能性を検討することを目的とする。

1.2 研究の方法と意義

本研究では、事例分析と文献調査を主な方法として用いる。まず、日本の社会保障制度利用における現状と課題を整理し、サービスデザインとプロファイリングの概念を説明する。次に、これらの概念を適用した国内外の事例を分析し、その効果と課題を整理する。さらに、これらの知見を統合し、日本における社会保障制度給付におけるデジタルトランスフォーメーションに向けた提言を行う。

本研究の意義は、データやテクノロジー等の活用とサービスデザインの主概念である人間中心設計によるデジタルトランスフォーメーションによる、誰ひとり取り残さない社会保障制度給付の実現可能性を示すことにある。これにより、すべての人々の生存権保障と尊厳ある生活の実現に寄与することを目指す。

1.3 論文の構成

本論文は以下の構成で展開される。第2章では日本の社会保障制度の現状と課題を分析し、第3章ではサービスデザインとデータに基づくプロファイリングというアプローチを紹介する。第4章ではデジタルトランスフォーメーションによる統合的アプローチについて論じ、第5章で社会保障制度のDXに向けた具体的な提言を行う。最後に第6章で本研究の結論と今後の展望を示す。

2. 日本の社会保障制度の現状と課題

2.1 社会保障制度の概要と近年の政策動向

日本の社会保障制度は、社会保険、公的扶助、社会福祉、公衆衛生の4つの柱で構成されている。社会保険には年金や医療保険が含まれ、公的扶助の代表例は生活保護制度である。社会福祉は児童、高齢者、障害者向けのサービスを提供し、公衆衛生は感染症対策や健康増進施策を担う。

近年の政策動向としては、2015年に施行された生活困窮者自立支援法が挙げられる。この法律は、生活保護に至る前の段階での自立支援策を強化することを目的としており、自立相談支援事業、就労準備支援事業、家計改善支援事業などを通じて、経済的困窮者に対する包括的な支援を提供する。従来の縦割り行政の枠を超えて、地域の様々な社会資源を活用した支援を行う点が特徴的である。この法律の施行により、生活保護受給者の増加抑制、早期介入による貧困の連鎖の防止、そして地域社会との繋がりの強化による社会的包摂の促進が期待されている。

2021年には、社会福祉法の改正により重層的支援体制整備事業が開始された。この事業は、市町村において、既存の相談支援等の取組を活かしつつ、地域住民の複雑化・複合化した支援ニーズに対応する包括的な支援体制を構築することを目指している。具体的には、属性を問わない相談支援、社会とのつながりを回復するための参加支援、地域社会からの孤立を防ぐための地域づくり事業を一体的に実施する。この取り組みは、高齢者、障害者、子ども、生活困窮者など、対象者を限定しない包括的な支援体制の構築を目指している。これにより、複合的な問題を抱える世帯への切れ目のない支援の実現、地域コミュニティの活性化と互助の促進、そして行政の縦割りを超えた効率的な支援体制の構築が期待されている。

2023年には、子どもに関する政策を一元的に担当する新しい行政機関として、こども家庭庁が設置された。この新しい行政機関は、従来、文部科学省、厚生労働省、内閣府などに分散していた子どもに関する政策を統合し、子どもの最善の利益を第一に考えた政策立案と実行を目指している。こども家庭庁の主な所掌事務には、子ども及び子育て支援に関する基本的な政策の企画立案、児童虐待防止対策、子どもの貧困対策、青少年健全育成施策などが含まれる。この新しい行政機関の設置は、少子化対策と子どもの権利保障を国の最重要課題の一つとして位置づけたことを示しており、子どもに関する政策の一貫性と効率性の向上、子どもの権利保障の強化、省庁間の縦割りを超えた包括的な子ども支援の実現が期待されている。

2024年には、孤独・孤立対策推進法が成立した。この法律は、社会的孤立や孤独感の増加が社会問題化する中で、包括的な対策を推進することを目的としている。特に、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを契機に、孤独・孤立問題の深刻化が指摘されたことが背景にある。この法律は、孤独・孤立対策に関する基本理念の設定、国や地方公共団体の責務の明確化、孤独・孤立対策推進会議の設置、そして孤独・孤立対策の推進に関する基本的な計画の策定などを主な内容としている。イギリスの「孤独担当大臣」の設置など、世界的な孤独・孤立対策の流れを踏まえたものでもあり、社会的つながりの強化と地域コミュニティの活性化、メンタルヘルス問題の予防と早期対応、多様な主体(行政、民間団体、NPOなど)の協働による包括的な支援体制の構築が期待されている。

これらの政策の共通点は、問題が複雑化・複合化する中で、単一の制度や組織では対応が困難になっているという認識のもと、他機関が連携し、分野横断的なアプローチを志向していることである。

また、行政のデジタル化における大きな動向として、2021年にデジタル庁が発足した。デジタル庁は、日本のデジタル社会実現の司令塔として位置づけられており、社会保障分野においても、マイナンバー制度の活用拡大やオンライン申請の推進など、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進している。


2.2 相談支援の現場から見える社会保障制度のアクセスを阻む現状

筆者は日頃、ソーシャルワーカーとして相談支援に従事している。相談支援の現場から見える制度へのアクセスを阻む現状について、以下に詳述する。
まず、情報の分散と情報理解の困難が挙げられる。日本にはすべての社会保障制度の情報を一箇所にまとめた媒体がなく、自治体のウェブサイトや配布物の情報も包括的なものでなく、障害者、子育て、高齢者、などの属性で分類・作成されていることが多い。そのため市民が自らのニーズにあった情報を探すことを困難にしている。

また、難解な表現やお役所言葉の使用が基本であり、市民にとって理解しづらいものとなっている。
次に、縦割り行政による利用者の負担が問題となっている。自治体の各制度の窓口は縦割りで運営されており、市民は複数の窓口を渡り歩く必要があるという問題が存在する。コミュニケーション手段も限定的で、来所や電話相談が主であり、オンライン相談を採用している自治体は少ない。これらの要因は、利用者の時間的・精神的負担を増大させている。
さらに、ユーザー視点の欠如も顕著である。例えば、ひとり親家庭への経済支援制度である児童扶養手当は年に1回の現況届の提出と行政担当者との面談を必要とするが、この時期が学校の夏休みと重なり、子どもの世話と仕事の両立で忙しい時期にわざわざ役所に出向かなければならないという問題がある。この例は、現行の社会保障制度が、サービスを提供する側の論理で設計されており、実際に利用する市民の視点や生活実態が十分に考慮されていないことを示している。
最後に、スティグマの問題も重要な障壁となっている。多くの利用者が、社会保障制度を利用することに対して恥ずかしさや後ろめたさを感じており、これが制度へのアクセスを妨げている。生活保護制度では、「働く能力があるのに怠けている」といった偏見や差別的な目線を恐れて、申請をためらう人も多い。就学援助制度という学用品等の費用を支援する制度において、利用基準があるにもかかわらず、申請書記載欄にて『援助を必要とする理由については、「母子家庭のため」や「生活が苦しいため」ではなく具体的な理由が分るように詳しく記入してください。』などと迫る自治体もある。スティグマは、社会全体の意識にも深く根ざしており、解決が難しい問題となっている。
これらの問題は、現行の社会保障制度が主にサービス提供者の論理で設計されており、実際の利用者の視点や生活実態が十分に考慮されていないことを示している。また、スティグマの問題も含め、制度利用に対する心理的な障壁にも十分な配慮がなされていない。結果として、本来支援を必要とする人々が、適切な制度やサービスにアクセスできていない状況が生じている。

2.3 日本の社会保障制度給付におけるデジタル化の現状と課題

日本政府が進める制度給付のデジタルトランスフォーメーション(DX)施策の中で特に注目すべき取り組みとして、マイナポータルが挙げられる。マイナポータルは、行政手続きの検索、オンライン申請、個人情報管理を可能にする国民一人ひとりのポータルサイトである。しかしながら、現状では様々な課題が存在している。
まず、マイナポータルの機能の限定性が挙げられる。検索できる制度の数や対応する自治体、手続きが限定的であり、十分な普及に至っていない。2023年3月31日現在、子育て・介護関係の合計26手続きをマイナポータルでオンライン申請できる自治体の割合は65%にとどまっている。また、自治体が優先的にオンライン化を推進すべき手続き(58手続き)のオンライン利用状況は、2020年時点で52.8%となっており、その普及にはまだ課題が残されている。

次に、特定公的給付の限定性が挙げられる。前述した「特定公的給付」においては、災害や感染症の発生時に支給される16の給付に限定されており、多くの社会保障制度給付においては、依然として申請主義をとっており、プッシュ型の給付対象は限定されている。

さらに、マイナンバーの信頼性に関する課題も存在する。マイナンバーとは、日本政府が2015年に導入した個人識別番号システムである。税、社会保障、災害対策などの行政手続きを効率化し、公平・公正な社会を実現することを目的としている。しかし、新聞社が行った世論調査によればマイナンバーを信頼すると答える国民は約5割にとどまっている。国民の信頼度を向上させ、その活用によって可能になることへの理解を促進することが、社会保障制度のデジタル化を進める上で重要な課題となっている。

最後に、利用者視点の欠如という問題が依然として残されている。マイナポータルやその他のデジタルサービスにおいても、難解なお役所言葉などが残存しており、利用者にとって分かりやすい表現への改善が必要とされている。

これらの問題は、単なるデジタル化では解決が困難であり、社会保障制度給付のすべてのプロセスにおいて、人間中心設計による改善が必要であることを示している。デジタル化は多くの可能性を秘めているが、それだけでは不十分であり、むしろ既存の問題を増幅させる可能性さえある。したがって、社会保障制度給付におけるデジタルトランスフォーメーションを進めるにあたっては、単なる技術の導入ではなく、利用者の視点に立った情報提供の在り方、手続きの簡素化、スティグマの軽減など、多角的なアプローチが求められる。

さらに、デジタル化によって生じる新たな問題、例えばデジタルデバイドの拡大や個人情報保護の問題にも十分な注意を払う必要がある。高齢者や障害者、デジタル機器の利用に不慣れな人々が取り残されないよう、デジタルと対面のハイブリッドな支援体制の構築も重要な課題となるだろう。

次章では、サービスデザインとデータに基づくプロファイリングについて詳しく見ていく。これらの概念は、利用者中心の視点を取り入れつつ、デジタル技術の利点を最大限に活用することで、社会保障制度のアクセシビリティ向上と個別化支援の実現に寄与する可能性を持っていると考えられる。


3. サービスデザインとデータに基づくプロファイリング

3.1 サービスデザインの概念と手法


サービスデザインは、サービスをユーザーの視点から捉え、その体験全体を設計する手法である。このアプローチは、利用者がサービスを通じてどのような体験を得たいのかを深く理解し、その結果に基づいてサービス全体の設計を行うことを重視する。サービスデザインの主な手法には、以下のものがある。

ペルソナ設定:サービスの利用者像を作成し、その視点から制度を検証する。例えば、「子育て中の母親」や「介護と仕事の両立に悩む中年男性」などのペルソナを設定し、それぞれのニーズや課題を深く理解することができる。

カスタマージャーニーマップ:利用者の制度利用プロセス全体を可視化し、問題点を特定する手法である。社会保障制度の場合、情報収集から申請、受給、その後の生活支援までの一連の流れを時系列で図示し、各段階での利用者の感情や直面する障壁を明確化することができる。

サービスブループリント:サービスの提供プロセスを可視化し、フロントステージとバックステージの連携を最適化する手法である。窓口での申請受付から審査、給付までの一連の流れを、利用者の行動、職員の対応、バックオフィスの処理に分けて図示することで、業務プロセスの効率化や利用者体験の向上につながる気づきを得ることができる。

Trischler & Trischler (2022) はサービスデザインにおけるデジタル活用について「デジタル技術がユーザーの価値創造プロセスを大きく変革する可能性を秘めている」と述べる。デジタル技術は、ユーザーとサービス提供者の関係性、サービスへのアクセス方法、情報収集方法などを一変させる可能性がある。特に社会保障制度のような複雑な利用申請のプロセスにおいて、デジタル技術の活用は利用者の体験を大幅に改善し、制度へのアクセシビリティを向上させる可能性を持っている。


 3.2 公共領域におけるサービスデザインの適用事例と効果

サービスデザインの概念と手法が公共領域でどのように適用され、どのような効果をもたらしているのだろうか。

サービスデザインの適用事例として、イギリスのGOV.UK、オーストラリアのmyGov、フィンランドのKela等が挙げられる。これらの事例は、ユーザー中心のアプローチがどのように効果的なデジタルサービスを実現するかを示している。

GOV.UKは、イギリス政府が2012年に立ち上げた統合型政府ポータルサイトである。政府の全ての情報とサービスを一元化し、市民にとって使いやすいインターフェースを提供することを目的としている。モバイルファーストのデザインアプローチを採用し、ユーザーの行動分析に基づく継続的な改善を行っている。週に100万回以上のアクセスがあり、そのうち60%以上がモバイルからとなっている。ライティングの原則に基づき、コンテンツの文章においてもユーザー中心が貫かれており、読む側の理解を助けている。

オーストラリアのmyGovは、2013年に導入された連邦政府の統合型オンラインサービスプラットフォームである。市民が複数の政府サービスに単一のログインでアクセスできるようにすることを目的としている。運用開始から約10年で国最大の認証済みデジタルプラットフォームに成長し、15の主要な政府デジタルサービスを統合している。アクティブアカウント数は2017年6月の1170万から2022年9月には2500万に増加し、年間成長率は16.8%に達している。モバイル利用も約60%を占め、477,000人以上が専用のモバイルアプリを利用している。経済的効果も大きく、Enhanced myGovプログラムの完全実施により、10年間で32億ドルを超える便益が見込まれている。

フィンランドのKela.fiは、フィンランド社会保険機構(Kela)が運営する公式ウェブサイトであり、国民向けの包括的な社会保障情報とオンラインサービスを提供するプラットフォームである。年金、健康保険、失業給付、家族給付など、幅広い社会保障サービスに関する情報提供と申請受付を行っている。年間約6000万人が訪問し、ライフイベントに基づいた情報提供とより明確なユーザーガイダンスを目指し、特にモバイル利用者に配慮したデザインを採用している。

これらの事例から、成功の鍵となる要素として以下が挙げられる。

  • ユーザー行動の分析と継続的な改善プロセス

  • モバイル対応の重要性(全ての事例で50-60%以上がモバイルアクセス)

  • 統合されたサービス提供プラットフォームの構築

  • ユーザー参加型の開発プロセスの採用

  • アクセシビリティとユーザビリティの向上への注力

これらの要素は、利用率向上、ユーザー満足度の増加、行政コストの削減につながっている。同時に、デジタルトランスフォーメーションが継続的なプロセスであることも示している。ユーザビリティの更なる向上、サポート体制の強化など、常に新たな課題を発見し、その改善のプロセスを回している。

サービスデザインに基づくポータルサイトや電子申請の整備は、情報の分散や手続きの負荷の軽減といった観点から、社会保障制度へのアクセスを改善させる可能性が大いにあると言える。しかし、それだけでは「誰一人取り残さない」という目標に対しては不十分である。例えば、自身のニーズに自覚的でない人々、制度の存在を知らない人々、あるいはポータルサイトの存在自体を知らない人々にとっては、いくらサービスが改善されても、そもそもアクセスする機会を持たない可能性がある。また、デジタルリテラシーの低い高齢者や障害者、インターネット環境が整っていない人など、デジタル化の恩恵を受けにくい人も存在する。

3.3 データに基づくプロファイリングの概念と手法

この問題に対して有効であると考えられるのが、データに基づくプロファイリングである。

データに基づくプロファイリングは、個人や集団の特性、行動パターン、ニーズを分析し、それに基づいて適切なサービスや支援を提供する手法である。

プロファイリングの主な手法には、統計的分析、機械学習、テキストマイニングなどがある。統計的分析では、年齢、収入、家族構成などの属性と制度利用率の関係を分析し、支援が必要な層を特定することができる。機械学習では、過去の支援実績データを基に、効果的な支援パターンを自動的に抽出することが可能となる。テキストマイニングでは、相談記録等から、頻出する課題やニーズを抽出し、活用することができる。

個人情報保護に十分配慮しつつ、様々なデータを統合・分析することで、個々の市民の状況やニーズに対する適切な給付や支援をプロアクティブに提供することが可能になる。


3.4 社会保障制度給付や相談支援におけるデータに基づくプロファイリングの現状

EU一般データ保護規則(GDPR)第4条4項に規定されている定義によると、プロファイリングは自動的な形式の処理を伴い、個人データに対して実施され、自然人に関する個人的側面を評価する処理を指す。


EU各国の社会保障制度では、このプロファイリングの概念に基づいた様々な取り組みが行われている。フランスの家族手当金庫(CAF)では、Oracle Intelligent Advisorを導入し、住宅手当や活動手当を請求する市民1800万人の給付金額の自動計算を行っている。このシステムには、オンラインでの請求時に見積額を自動計算して表示するシミュレーション機能も備わっている。

エストニアの失業保険基金では、失業手当に関する多くの意思決定が完全に自動化されている。システムは申請者に関する情報を他の様々なデータベースから取得し、受給資格や給付金額を自動的に決定する。さらに、OTTという相談員向け意思決定支援ツールも使用されており、失業者の就職可能性をスコア化してプロファイリングを行っている。

スウェーデンのトレレボリ市では、市民からの生計補助の申請処理を自動化するAIシステムを導入している。このシステムは、オンラインで入力されたデータを関連機関のデータベースと照合し、資格や給付金額を自動決定する。

フィンランドの社会保険庁(Kela)では、ルーチン的な事務について人間の関与しない完全自動意思決定を行っている。これには就学支援金の給付や、親の最新の収入情報に基づく学生の就学支援金給付金額の見直しなどが含まれる。

このようなEU各国の取り組みは、社会保障制度の効率化や個別化されたサービス提供を目指す世界的な潮流の一部である。日本も、独自の文脈や法制度に適合させながら、社会保障領域におけるデータ活用とプロファイリングの導入を進めている。その結果、プロファイリングの手法は、日本の社会保障領域においても徐々に活用されつつある。日本の社会保障領域におけるデータに基づくプロファイリングは、主に以下の5つの分野で進展が見られる。


  1. プッシュ型の情報発信

  2. プッシュ型の給付

  3. 自殺等ハイリスク者の特定とアウトリーチ

  4. 児童虐待対応における虐待リスク等の判定

  5. 子ども支援に関するデータ連携

これらの分野における具体的な取り組みを順に記す。

1.プッシュ型の情報発信
千葉市の「あなたが使える制度お知らせサービス」は、市民一人ひとりに合わせた行政サービスの情報をLINEやメールで提供している。この取り組みは、市が保有する住民情報を活用し、受給対象となる可能性のある方に直接情報を届けるものである。
また、国と携帯キャリア各社が協力して行った取り組みでは、携帯電話の料金支払いが遅れた人に対して、孤独・孤立対策ウェブサイト「あなたはひとりじゃない」を紹介するSMSを送信している。これは、経済的困難のサインを捉えた情報提供の試みと言える。

2.プッシュ型の給付
前述した通り2021年の「公金受取口座登録法」制定以降、「特定公的給付」として指定された給付については、自治体がマイナンバーを活用して支給要件を確認し、対象者に直接お知らせを送ることが可能になった。これにより、コロナ禍以降に実施された子育て世帯や生活困窮者を対象とした16の給付について、プッシュ型の情報発信や給付が行われている。

3.自殺等ハイリスク者の特定とアウトリーチ
厚生労働省やNPO団体がGoogleと連携し、自殺関連キーワードの検索時に相談窓口の情報を表示する取り組みを行っている。これは、検索連動広告を活用し、自殺ハイリスクの高い個人を特定し、適切な支援につなげる試みである。この取り組みは、自殺ハイリスク者へのアウトリーチ以外にも、妊産婦、DV被害、依存症(薬物、ギャンブル、アルコール)、うつ病、性的マイノリティ、虐待(被虐待)に対しても行われ、実績をあげている。

4.児童虐待対応における虐待リスク等の判定
児童虐待対応の分野において、AIの活用が始まっている。三重県では2020年7月より、AIを活用した虐待対応支援システムの運用を開始した。このシステムは、産業技術総合研究所と共同開発された「AiCAN」と呼ばれるタブレットアプリとデータ分析用AIを含む業務支援システムである。AiCANに児童の情報などを入力すると、AIが過去のデータに基づいた予測・シミュレーションを行い、「虐待の危険度」「再発率」「一時保護の必要性」などの解析結果を表示する。東京都江戸川区でも、2021年9月から児童相談所「はあとポート」においてAIを活用した業務の効率化を試行している。具体的には、「通話音声分析・モニタリングシステム」を導入し、通話音声のリアルタイムでのテキスト化や、特定のキーワード検出時のアラート表示などの機能を実装している。

5.子ども支援に関するデータ連携
こども家庭庁は、2023年度より、こどもに関する各種データの連携による支援実証事業を複数の自治体で実施している。この実証事業の目的は、こどもに関する様々なデータを連携・活用することで、支援を必要とするこどもを早期に発見し、適切な支援につなげることである。

例えば尼崎市では、福祉系システムである「子ども育ち支援システム」と教育系システムのデータを連携・統合した「新統合システム」を構築している。このシステムでは、0歳から18歳までのこどもを対象に、統合したデータを基に支援が必要である可能性について判定を行い、プッシュ型支援を届けるための実証を進めている。具体的には、住民記録情報、保健衛生情報、税務情報、生活保護情報、障害福祉情報、学校情報など、多岐にわたるデータを活用している。これらの実証事業を通じて、データ連携による支援の可能性と課題が明らかになりつつある。例えば、多様なデータを統合することで支援の必要性をより正確に判断できる可能性がある一方で、個人情報保護やデータの正確性の担保、関係機関間の連携体制の構築など、解決すべき課題も浮き彫りになっている。

以上のように日本国内においてデータに基づくプロファイリングの活用事例は少しずつではあるが出てきている。これらの取り組みにより、個別化された情報提供、申請不要の現金給付、ハイリスク者や要支援者の特定とアウトリーチの実施、業務効率化、支援業務に従事する職員の質の均一化などの効果が期待されている。一方で、データに基づくプロファイリングの活用には様々な課題も存在する。次節では、これらの課題について詳細に検討する。


3.5 データに基づくプロファイリングにおける課題

データに基づくプロファイリングは、社会保障制度の効率化や個別化されたサービス提供を可能にする一方で、重要な倫理的・法的課題を提起している。これらの課題は、主にEU諸国での事例から明らかになった具体的な問題と、より一般的な倫理的懸念に分類できる。

3.5.1 EU諸国の事例から見る具体的な課題
プロファイリングにおける課題としては、まず透明性の欠如が挙げられる。例えば、オランダのSyRIシステムでは、リスクモデルやリスク指標が公開されておらず、データ主体に通知する義務も含まれていなかった。このため、ハーグ地方裁判所は2020年2月に、SyRIの使用が欧州人権条約第8条に違反しているとの判決を下した。


プライバシーと個人データ保護の問題も深刻である。オランダの税・関税局の事例では、育児手当の申請評価に当たって、2014年1月から2020年6月まで、必要のない二重国籍データを保有していたことがデータ保護監督機関によって指摘された。

自動システムが特定のグループに対して差別的な結果をもたらす可能性も懸念されている。オーストリアの雇用機会支援システム(AMAS)では、女性や移民に対して自動的に低い評価が与えられる可能性が科学者らによって指摘された。


人間の監督が不十分であることも問題視されている。ポーランドの失業者プロファイリングシステムでは、システムによる自動分類の1%未満しか担当者による再分類がなされていなかったことが報告されている。


法的な観点からは、フィンランドの国税庁の自動税額決定システムについて、2019年11月に議会副オンブズパーソンが、その法的根拠が憲法の要件を満たしていないとする決定を下した。


システムが使用するデータの正確性や最新性の問題も指摘されている。オランダの不正行為シグナル登録システム(FSV)では、不正確で古い情報が含まれていたことが問題視され、2022年4月にデータ保護監督機関から370万ユーロの制裁金が科された。


3.5.2 データに基づくプロファイリングの倫理的課題
データに基づくプロファイリングは、個別化された情報提供や効率的な支援の実現など、多くの利点を提供する一方で、重要な倫理的課題も提起している。プライバシー保護、差別や偏見の助長、透明性と説明責任の確保、データの質と代表性の問題など、これらの課題は慎重な検討を要する。
3.5.3 差別の問題:Favaretto et al. (2019)の研究を中心に
これらの課題を包括的に分析した重要な研究として、Favaretto et al. (2019)が挙げられる。この研究は、ビッグデータと差別に関する文献レビューであり、2010年から2017年までに発表された61の学術論文を分析している。その包括性と最新性から、ビッグデータ技術がもたらす差別のリスクと、それに対する解決策を理解する上で重要な知見を提供している。この研究では、データマイニング技術が引き起こす可能性のある差別について、以下の具体的事例を挙げている:


  1. 人種差別:米国では、再犯リスクを評価するために使用されるシステム技術が黒人に対して差別的であることが判明した。この事例は、データマイニング技術が意図せずとも、過去に差別を受けてきたグループに対して不公平な結果をもたらす可能性があることを示している。

  2. 経済的差別:英国では、勾留決定に使用されるアルゴリズムが低所得者を差別していることが発見された。この事例は、アルゴリズムが社会経済的な要因に基づいて差別を生み出す可能性があることを示している。

  3. デジタルデバイドによる差別:米国ボストンの「Street Bump App」は、市民が道路の陥没箇所を報告するために開発されたが、スマートフォンの使用に依存しているため、高齢者や経済的に恵まれない市民が多い地域と、若いスマートフォン所有者が多い裕福な地域との間の社会的格差を拡大するリスクがある。この事例は、データマイニング技術がデジタルデバイドを悪化させ、特定のグループを社会サービスや機会から排除する可能性があることを示している。

これらの事例は、データマイニング技術が、意図的かどうかにかかわらず、差別を永続化または悪化させる可能性があることを示している。Favaretto et al.は、この問題に関連して二つの重要な課題を指摘している。まず、透明性と説明責任の確保について、「アルゴリズムによる意思決定はブラックボックスシステムとして描かれており、アルゴリズムの入力と出力は見えるが、内部プロセスは不明のままである」と述べている。次に、データの質と代表性の問題について、「データ収集のバイアスは、データセット内の特定のグループや保護されたクラスの過小表現として現れる可能性があり、これは不公平または不平等な扱いをもたらす可能性がある」と警告している。

アルゴリズムによる意思決定は、客観性と人間の主観性の両面を持つ複雑な問題である。データマイニング技術は、人間の差別や偏見を軽減し、意思決定の公平性を向上させる可能性を持つ一方で、アルゴリズム自体が完全に中立的ではなく、設計者やトレーニングデータの偏見を反映する可能性がある。

3.5.4 課題への対応と今後の方向性
社会保障制度におけるプロファイリングの活用は、効率的なサービス提供や支援の個別化に大きく寄与する可能性がある一方で、個人の権利やプライバシーの保護とのバランスが重要な課題となる。差別的な結果を防ぐためには、アルゴリズムの設計と実装、およびデータセット内の潜在的なバイアスへの対処が不可欠である。

このため、技術的解決策と人間中心の解決策を組み合わせたアプローチが必要となる。具体的には、人間の専門家による継続的な監視、倫理的考察の実施、アルゴリズムの慎重な設計と実装、そしてデータセット内の潜在的な偏見の認識と是正が含まれる。

まとめると、データに基づくプロファイリングの実践においては、その利点を活かしつつ、倫理的問題に十分に注意を払う必要がある。既存の差別や偏見を強化せず、新たな差別や偏見を生み出すことのない、人間中心のアプローチに基づく適切な対策を講じることが不可欠である。このバランスを取ることが、公平で効果的なデータ利用の鍵となり、各国の社会保障制度の発展に寄与するだろう。

4. デジタルトランスフォーメーションによる統合的アプローチ

これまでの章では、日本の社会保障制度が直面する課題、特に制度へのアクセスを阻む要因について検討してきた。また、これらの課題に対する解決策として、サービスデザインとデータに基づくプロファイリングという二つの重要なアプローチを考察した。しかし、これらのアプローチを個別に適用するだけでは「誰一人取り残さない」という目標に対しては不十分である。
本章では、デジタルトランスフォーメーション(DX)による統合的アプローチに焦点を当てる。このアプローチは、単なる技術の導入ではなく、制度設計の基本的な考え方から、サービス提供の方法、そして利用者とのインタラクションに至るまで、社会保障システム全体を再構築する試みである。以下では、このアプローチがもたらす具体的な利点と、その実現に向けた課題について詳細に検討する。


4.1 DXによる統合的アプローチの利点

デジタルトランスフォーメーション(DX)は、単なる業務のデジタル化を超えて、デジタル技術を活用して組織やサービスの在り方を根本から変革することを意味する。社会保障分野におけるDXは、前章で述べたサービスデザインとデータに基づくプロファイリングを統合し、より効果的で利用者本位の制度を実現する可能性を有している。DXによる統合的アプローチには、以下のような利点がある。


  1. シームレスな支援体制:ポータルサイト等を通して複数の制度やサービスを横断的に連携させ、包括的な支援を提供することが可能となる。例えば、子育て支援と就労支援、経済的支援の情報提供や利用手続きを一元化することで、市民の負担軽減と支援の効果向上につながる。これは、第2章で述べた縦割り行政の問題を解決し、利用者の利便性を大幅に向上させる。

  2. 予測的・予防的アプローチ:データ分析により、問題が深刻化する前に早期介入が可能となる。例えば、学校での出席状況や成績データ、家庭環境に関する情報を統合分析することで、児童虐待や不登校のリスクを早期に発見し、適切な支援につなげることができる。これは、第3章で述べたプロファイリングの技術を活用しつつ、その倫理的課題に十分配慮した形での実装例となる。

  3. 個別化された支援:個人のニーズや状況に応じたカスタマイズされた支援の提供が可能となる。例えば、高齢者の健康データと生活習慣データを組み合わせて分析し、個々人に最適化された介護予防プログラムを提供することができる。これは、第3章で論じたデータに基づくプロファイリングの利点を最大限に活用した例である。

  4. 利用者体験の向上:直感的で使いやすいインターフェースにより、制度利用のハードルが低下する。多言語対応のAIチャットボットを活用した24時間対応の相談窓口や、音声認識技術を用いた申請支援システムなど、多様な利用者のニーズに応える技術の導入が可能となる。これは、第2章で指摘した情報の分散と理解の困難さという課題に対する解決策となる。

  5. 行政の効率化:データ連携による重複業務の削減、AI活用による定型業務の自動化が可能となる。例えば、OCRとAIを組み合わせた申請書類の自動チェックシステムによる審査業務の効率化や、RPA(Robotic Process Automation)による定型的な事務作業の自動化など、行政コストの削減と業務の質の向上につながる。これにより、人的リソースをより複雑で高度な判断を要する業務に振り向けることが可能となる。

  6. エビデンスに基づく政策立案:大規模なデータ分析により、政策の効果を客観的に評価し、迅速なフィードバックと改善が可能となる。例えば、各種給付金の支給と受給者の生活状況の変化を継続的に分析することで、より効果的な支援策の立案につなげることができる。これは、第3章で論じたデータ活用の利点を政策レベルで実現する例である。

  7. ユーザー中心のサービス再設計:DXは、サービスデザインの原則を全面的に適用する機会を提供する。これにより、従来の行政中心のプロセスから、真にユーザー中心のサービス設計へと移行することが可能になる。例えば、ユーザージャーニーマッピングやペルソナ設定といったサービスデザインの手法を用いて、社会保障サービスの全体的な利用体験を最適化できる。これは、制度へのアクセシビリティを向上させ、第2章で指摘したユーザー視点の欠如という問題に直接対応する。

以下は、前述した利点が社会実装された社会の一場面のイメージである。

203×年、東京都在住の佐藤家族の日常
佐藤美咲(35歳)は、夫の健太(38歳)、娘の結菜(8歳)、そして認知症の兆候が見られる母親の幸子(68歳)と暮らしている。ある日、美咲がスマートフォンの通知を確認すると、次のようなメッセージが表示された。
「美咲さん、お母様の幸子さんの最近の行動パターンに変化が見られます。認知症の進行の可能性があります。詳細な健康チェックをお勧めします。」
この通知は、幸子の健康データと生活習慣データを分析する個別化された健康管理システムからのものであった。美咲は即座に行動を起こした。
彼女は「みんなの社会保障」ポータルにアクセスし、母親の状況を入力した。すると、認知症の早期診断プログラム、介護サービス、そして家族向けのサポートプログラムについての情報が一括で表示された。さらに、美咲の就労状況と家族構成を考慮し、仕事と介護の両立支援サービスも推奨された。
美咲は音声認識技術を使って、必要なサービスの申請を行った。AIアシスタントが丁寧に手順を説明し、必要書類はシステムが自動的に収集・提出した。数分後、申請は完了し、処理状況をリアルタイムで確認できるようになった。
同時に、結菜の学校からも通知が届いた。最近の出席状況と成績データの分析から、不登校のリスクが検出されたのである。学校と連携した早期支援プログラムが提案され、美咲は心理カウンセラーとのオンライン相談を予約した。
夫の健太も、自身の仕事と家族の状況の変化を「みんなの社会保障」ポータルに入力した。すると、家族全体のニーズを考慮した包括的な支援プランが提示された。育児・介護休暇の取得方法、経済的支援制度、さらには家族のストレス軽減のためのカウンセリングサービスまでが一覧で確認できた。
数日後、美咲は行政からの連絡を受けた。彼女の家族の状況と地域全体のデータ分析に基づき、新たな家族支援政策が立案されたとのことであった。美咲は政策立案過程に市民として参加する機会を得て、自身の経験を共有した。
この一連の出来事を通じて、佐藤家族は包括的かつ個別化された支援を、極めて効率的かつユーザーフレンドリーな方法で受けることができた。社会保障制度のデジタルトランスフォーメーションにより、彼らの生活の質は大きく向上し、社会全体もより効果的な支援体制を構築できるようになったのである。


 4.2 日本における適用上の課題と対策

DXによる統合的アプローチは、その理論的枠組みにおいて普遍的な要素を含んでいるものの、実際の適用に当たっては各国の固有の文脈を十分に考慮する必要がある。社会保障制度の歴史的発展、行政システムの構造、法制度の枠組み、デジタルインフラの整備状況、そして国民のデジタル技術に対する態度や受容性など、様々な要因が各国で異なっている。

例えば、エストニアのような電子政府の先進国と、デジタル化に慎重な姿勢を示す国では、DXの推進速度や方法論が大きく異なる可能性がある。また、プライバシーに対する文化的感覚の違いや、行政に対する信頼度の差異も、データ連携やAI活用の受容性に影響を与えるだろう。したがって、DXによる統合的アプローチの適用は、各国の現状を分析し、その社会的、文化的、技術的な特性に適合させる形で慎重に進めていく必要がある。このような観点から、日本における適用上の課題と対策について以下に詳述する。

 4.2.1 デジタルデバイドとプライバシー保護
デジタルデバイドの問題では、高齢者や障害者など、デジタル技術の利用に困難を感じる層が取り残される懸念がある。この課題に対しては、デジタルとアナログのハイブリッド支援(オンライン申請と窓口申請の両立など)、デジタルリテラシー向上支援(高齢者向けのスマートフォン教室の開催など)、支援者によるデジタル支援(社会福祉士やケアマネージャーによるデジタルサービス利用支援)などの対策が考えられる。

プライバシー保護の面では、個人情報の利活用に対する懸念が強く、データ連携やAI活用に対する抵抗感が大きい。この課題に対しては、透明性の確保(データ利用ダッシュボードの提供など)、同意取得プロセスの最適化(わかりやすい説明と段階的な同意取得)、意図せぬ利用を拒否できる権利の明確化、データガバナンス体制の構築(データ倫理委員会の設置など)といった対策が必要となるだろう。

 4.2.2 行政の縦割り構造と法制度の整備
行政の縦割り構造により、省庁間、自治体間のデータ連携や業務統合が困難で、包括的な支援の実現を阻害している。この課題に対しては、データ標準化とAPI連携の推進(社会保障分野における共通語彙基盤の整備など)などの対策が考えられる。

法制度面では、個人情報保護法の見直し(社会保障分野におけるデータ利活用の範囲明確化)、マイナンバー制度の活用範囲拡大(教育、就労支援分野での活用など)、デジタル手続法の拡充(社会保障関連手続き全てのオンライン化義務付けなど)といった対策が必要となるだろう。
 4.2.3 人材育成と組織文化の変革
デジタル技術を活用できる行政職員が不足しており、DX推進の障壁となっている。総務省の令和5年度AI導入状況調査によると、約44.9%の自治体が「取り組むための人材がいない又は不足している」と回答し、31.6%が「AIの技術を理解することが難しい」と報告している。この課題に対しては、広域自治体単位でのデジタル人材の採用・育成(データサイエンティスト、UXデザイナーの採用など)、基礎自治体への派遣の仕組み、職員向けDX研修の実施(e-ラーニングプログラムの提供など)などの対策が考えられる。

これらの課題と対策を踏まえ、次章では日本の社会保障制度のデジタルトランスフォーメーションに向けた具体的な提言を行う。


 5. 日本の社会保障制度給付のDXに向けた提言

5.1 マイナポータルの機能拡張

マイナポータルにおいて全ての社会保障制度給付について電子申請を可能にすべきである。直感的なUI/UXデザインを採用し、マイナポータル上にAIチャットボットによる24時間対応の相談窓口を備え、個別対応を行う。これにより、制度の認知度向上と利用率の改善、申請手続きの簡素化による行政コストの削減、申請プロセスに対面接触を必要としないことでスティグマの軽減などの効果も期待される。実現に向けては、まずは特定の自治体において、サービスデザイン手法を用いたユーザー調査とプロトタイピング、段階的な機能拡充と継続的な改善プロセスの確立、市民参加型のベータテストの実施を行う等の実証実験を行う。


 5.2 データ連携基盤の整備とAI活用の推進

省庁間、自治体間のデータ連携を可能にする共通APIの整備を提言する。また、機械学習モデルを用いた予測的支援システムの開発や各種現金給付制度の申請・審査・給付の自動化ツールの導入も推奨する。

これらの取り組みにより、プッシュ型の給付の拡大、包括的で切れ目のない支援の実現、早期介入による問題の重症化予防、エビデンスに基づく政策立案の促進などの効果が期待される。実現に向けては、データ標準化ガイドラインの策定、AI倫理ガイドラインの整備や第三者評価制度の確立などが必要となる。


5.3デジタル・アナログのハイブリッド支援体制の構築

デジタルとアナログのチャネルを統合したオムニチャネル支援の推進を提言する。具体的には、コミュニティベースのデジタル推進委員と社会福祉協議会に所属するコミュニティソーシャルワーカーとの連携、自治体におけるリモート窓口とリアル窓口の連携システムの推進などが考えられる。後者については一部自治体で、商業施設等での設置やリモート窓口の機器を大型車両に搭載した事例などがある。

ハイブリッド支援体制により、デジタルデバイドの解消、地域コミュニティの活性化、柔軟で効率的な支援体制の実現などの効果が期待される。実現に向けては、自治体職員向けのデジタル対応研修プログラムの開発、地域のNPOや民間企業と連携したデジタルサポート体制の構築、自治体のリモートワーク環境の整備による窓口のバーチャル化推進などが必要となるだろう。


 6. 結論

 6.1 研究成果

本研究では、サービスデザインとデータに基づくプロファイリングの概念を軸に、主に日本における社会保障制度給付におけるデジタルトランスフォーメーションの可能性を探った。分析の結果、以下の点が明らかになった。

1. 現行の社会保障制度には、情報の分散、複雑性や縦割り構造に起因するアクセシビリティの問題が存在する。
2. サービスデザイン手法の適用により、利用者視点に立った制度設計が可能となる。
3. データに基づくプロファイリングにより、個別化された支援や予防的アプローチの実現可能性が高まる。
4. これらのアプローチを統合したDXにより、包括的で効果的な社会保障制度給付プロセスの構築が期待できる。
5. 日本の文脈に適用する際には、デジタルデバイド、プライバシー保護、行政の縦割り構造などの課題に対処する必要がある。

これらの知見を踏まえ、本研究では具体的な提言として、(1)マイナポータルの機能拡大、(2)データ連携基盤の整備とAI活用の推進、(3)デジタル・アナログのハイブリッド支援体制の構築を提示した。


6.2 今後の課題と展望

本研究の意義は、データやAI等のデジタル技術の活用とサービスデザインによる人間中心設計の融合による、利用者本位の社会保障制度給付プロセスの実現可能性の一旦を示したことにあると考える。本研究を踏まえ、社会保障制度給付のデジタルトランスフォーメーションに関する今後の研究課題と展望として、以下の点が挙げられる。


  1. 国際比較研究の実施: 各国の社会保障DXの取り組みを比較分析し、文化的・制度的背景の違いが及ぼす影響や、普遍的に適用可能な要素の抽出を行う研究が必要である。


  1. サービスデザインとデータプロファイリングの統合モデルの理論的精緻化: 本研究で提案したアプローチの理論的基盤をさらに強化し、社会保障制度特有の要素を組み込んだ統合モデルの構築が必要である。

  2. 倫理的・法的課題に関する学際的研究: データ利活用とプライバシー保護のバランス、AI活用の公平性など、DXに伴う倫理的・法的課題について、社会学、法学、倫理学などの分野と連携した学際的研究が重要である。

今後は、これらの課題に取り組むことを通して、理論と実践の両面から研究を進めていくことが重要であると考える。これにより、社会保障制度のデジタルトランスフォーメーションに関する研究のさらなる発展と、誰一人取り残さない、包摂的な社会の実現への貢献を探っていきたい。


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