あらた君と天使ちゃん第四話

地球が天国からだいぶ離れた所へ堕ちてしまったとして、俺がどうにか出来るわけではない。
俺は、その堕ちた地球の中で暮らしているのだ。

午前中に病院へ行って、すぐ済んでしまった。
午後、仕事をしても良かったが、1日休みを取っていた。せっかくなので、働き詰めの体を癒すことにした。
誰もいないサウナは気を使わなくていい。
けれど、隣に天使ちゃんはいる。
ずっと同じキトンを着て、安っぽいヅラのような髪と、輪っかは現在だが、汗一つかかないで、涼しい顔をしている。
「暑くないのか?」
「ええ」
「天国にサウナはあるわけ?」
「人間たちが確か作っていたような…」
「天国の話をしてるんだけど」
「いやいや、天国は、私たち天使が住む場所と、あなた方が死んでから行く場所とで分かれているんです」
「でも、天国って何もないんだろ?」
「私たち天使が住んでいる場には基本何もありません。まぁ、仕事場はありますが。けれど人間の作る天国には、この地球のようなものがあります。それぞれにここにいた時代に培ってきたものを、作っています」
「仕事してんの? 天国でも?」
「いいえ。彼らは趣味です。好きでしていることです。何もしないで日がな一日寝ている人間もいますよ。かたや家を作っている職人もいる。何をするにも自由なのです」
「なんかいいな。天国って」
「ええ。期限もないですしね。お金も必要がない。ただただ好きなことをしています」
「俺も天国行きてえなぁ」
「まだまだあらたさんは生きますからね」
「もういいよ。こんな人生」
俺は俯いた。汗がダラダラと流れる。
「ダメですよ。下手に死んだって天国へ行けるとは限りません。また輪廻転生をして一からやり残している辛いことをするハメになりますよ。それに、魂だけがこの地球に残ってしまったら目も当てられません。誰からも気づいてもらえず、死ぬ前に苦しかったままの状態は残ります。けれど体はないので、変化はなく、延々と辛い状況のままここにいなければならない。それでいいんですか?」
サウナにいると言うのに、何だかゾッとした。
「それって幽霊みたいなこと?」
「はい。自ら上がること、すなわち成仏ですね。することは出来るのです。が、今世でのことに囚われて、死んだのにまだその苦しみが追ってくるという幻想を抱いて、自分で苦しんでいる。ループから抜け出せない。といった魂は多いものです。生きていれば解消する機会も訪れますが、肉体がなくなってはそのままです」
「生きてた方がいいのか…」
「そりゃそうです」
汗が止まらない。けれど心地がいい。
「輪廻転生って、聞いたことあるけど……」
「輪廻転生はほぼ全ての人々が行います。が、しかし内容が違ってくるのです。ゲームと同じですよ。途中でゲームオーバーになればまた一からか、そこから始まるでしょう? クリアしなければ先へは進めない。それと同じです」
「天国の人間たちは?」
「全てのゲームをクリアした状態です」
「ふぅん」
限界か着て、サウナから出た。水風呂に入り、その後整える。

体が軽くなった状態で、店を出た。
まだ明るいが、後は夕飯でも買って帰るだけだ。
「あっ! あらたさん、ちょっと待っていてください」
天使ちゃんはそういうと、俺の肩を叩いたて神社の方へ向かった。
また変なものが見える。
天使ちゃんが入って行ったのは、近所の小さな神社だった。着いていくと鳥居の前で、向こうからカラスが飛んできた。
天使ちゃんがカラスに言った。
「久しぶりだね。彼女は元気?」
すると、カラスはぴょんぴょんと跳ねてぐるっと回った。足を見たら三つある。
「……」
「そうです。あの子は八咫烏です。さぁ、ついて行きましょう」
「ああ」
住宅街にひっそりと佇む神社だ。
階段を上ると何だか賑やかだ。
行事でもしているのだろうか。
境内に出ると、教科書で見たような弥生時代の格好をした男性が沢山いる。
行ったり来たりして、忙しない。
一人の男性が天使ちゃんに気がついた。
「ああ! お久しゅうございます!」
「お久しぶりですねー!」
天使ちゃんは片足あげてキャッキャしている。
男性が振り返って叫んだ。
「アマテラス様ー! 来客です!」
アマテラス様??
俺が心の中で思うと、天使ちゃんが言った。
「そうです。ここは、天照大御神を祀っている神社です」
そう言うと、向こうの方から光が近づいてくる。けれど眩しさを感じない。何故だろう。
「私がフィルターをかけておきました。そのままの、あらたさんの目でしたら直ぐに潰れてしまいますからね」
天使ちゃんが出す光より強かった。
だんだん近づいてくると、人の形が浮かび上がってきた。
天女のような服を着た、黒髪の綺麗な女性だった。
こう言っては何だが、ヤマユリより綺麗だった。
天照大御神は、天使ちゃんに微笑んでいる。天使ちゃんは言った。
「アマちゃん! 久しぶりー」
「ア…アマちゃん?」
神様をあだ名で呼んでるぞ。俺は何だかハラハラした。けれど天照大御神は気にするでもなく柔らかいトーンで話した。
「まぁ、お待ちしておりました。この世へ来ているのは感じていましたから。遊びに来られるんじゃないかと思っていました」
「相変わらず綺麗よねぇ。眩しいわぁ」
神様も人間と変わらないのだろうか。
久々に会った旧友に、両手でハイタッチして喜んでいる。
この世のJ Kと変わらないほどのキャピキャピ感だ。
けれど何故か違和感があった。
天使ちゃんは、服装から言って西洋絵画に出てきそうな風貌だ。
けれど、友達だと言う相手は天照大御神。これは日本の神様ではないのか??
絵画でも、一緒にいる所は見たことがない。
俺の心の中を察したのか、天照大御神がこちらを見た。
「神々は皆んな仲良しですよ」
「あ…はぁ」
「そうよぉ。宗派は色々と地球では分かれているけれど、本当のところ、皆んな同じなのよねぇ! どれが偉いとか、どれが先だとか、それは人間の考え方! 我々からしたら皆同じで、ただ派生していっただけのこと」
「ねぇ!」
二人同時に『ねぇ』と声を出した。
「しばらくはここに?」
天照大御神が天使ちゃんに言う。
天使ちゃんは、コソコソと耳打ちした。
俺に聞かれたくないのか。
「うふふ。そう」
天照大御神も微笑む。
神様方の会話を聞いていると、後ろから子供達の声がした。
「まぁ、また遊びに来たのね」
「遊びですか?」
俺は天照大御神に聞いた。子供は10人くらいいた。
「そうです。いっつもこの子達は、ここで鬼ごっこをするんです」
「可愛いわねぇ。ちょっとの時間だったけど、会えて良かったわ!」
天使ちゃんが言った。
「ええ。今度はゆっくり来て下さいな。おもてなしいたします」
「まぁ! それは嬉しいわ。楽しみにしてる! じゃあまたねー」
そう言うと二人は手を振った。
俺らは神社を後にした。
階段を降りると、さっきの子供達の数名が、勢いよく階段を降りて来る。
降り切ったところで勢い余ったのか、一人の女の子がこけてしまった。
妖精やら、守護霊のお爺さんやら、妖怪やら、子供達やらが彼女の元へ集まった。
「大丈夫ー?」
子供達の声がする。
俺はその子の近くに行って、立ち上がらせた。
女の子は反ベソをかいている。
「痛い? 大丈夫? ああ、でも大丈夫だよ。擦り傷だからね」
女の子は膝に擦り傷をしていた。
痛みを我慢してるのか、コクンと頷くだけだった。
子供達は、『階段の駆け降り禁止ねー!』
『じゃあ神社の中だけな』と、それぞれでルールを決めて再び女の子を連れて階段を登っていった。
この世の見えないもの達もバラバラと、解散した。
「おい」
「あぁ、はいはい」
天使ちゃんは俺の肩を軽く叩いた。
変なものや神様は見えなくなった。
「良かったですね。女の子。つまづく程度で」
「まぁ。それより衝撃だったよ…。神様をマジマジと見たの」
「そうですか」
天使ちゃんはニコニコしている。
「友達と会えて良かったな」
「ええ! 皆それぞれに忙しいですからね」
「忙しいって言うのは、地球を拾い上げることか?」
「はい! そうです。我々は皆そのために動いている。先程あらたさんは『俺がどうにか出来るわけではない』と思っていたようですが、それは違います」
「え?」
「あらたさんにも、出来ることであり、この世に生まれた全ての生命が出来ることです。そして是非ともそれを行って欲しい」
「だって、そんなこと言われてもなぁ。清く正しく美しくってやつ?」
「そうです」
「それでいたとして、皆んながそんな感じでいい奴になったとしてどうなるんだよ?」
「私たちは上から引っ張り上げています。あなた方人間は、この地球の中から押してほしいのです」
「押すってどうやってよ?」
何となく空を見上げる。手を伸ばしたところで……だ。
「清く正しく美しく、あろうとし、そうやって意識して生きていれば自然といい事や良いものが寄ってきて、自分らしくいられることに繋がっていくと言うことになるのです。自分らしくいられると言うことは、個人から光を放つことになります。それが地球を引き上げるためには必要なことなのです」
「自分らしくねぇ」
「そうです。個人個人、心の底から幸せだと感じることで、光を個々に放ちます。闇の重力に負けないで欲しいのです。そしたら地球は引き上がっていく。天国の光が届いているところまで来れば、後は我々がやれますが、それまでは何分遠いもので……。お手伝いをしてほしい。それがよく言う次元が上がるという事なのです。次元をあげることは、個人個人が幸せになることです。あらたさんは出会ったことがありませんか? ムカつくほど幸せ自慢したり、本当に幸せなんだなーこの人。と思うような人が」
「まぁ……インフルエンサーとか?」
「そうです。そうです。美人な女性が奥さんで、毎日美味しそうな手料理をアップして、可愛いお子さんに囲まれて誕生日をお祝いしたり。幸せそうですよね?」
「……まぁな」
マッチングすら上手くいかなかった人間に対して言うことか?
「あとは、自分の好きなことを発信して発展して。自分と変わらないような見た目の人だったのに、徐々にブランド品を身につけていったり、自宅が大きくなっていったり、海外ロケし始めたり」
何だか聞いていて虚しくなってきた。
しがない工場勤務を大学卒業と同時に9年やって来て、ブランド品を買った試しがないし、海外にも行ったことはない。毎日生活するだけで四苦八苦だ。
真面目に勤務して、苦労しながら仕事して、色んなところからのクレームで萎縮し、それでも欲しいものは手に入らない。
楽しみはせいぜい、仕事終わりのビールくらいだ。
「彼らのように、本来の自分を取り戻し、人生を輝かせるには、清く正しく美しくの他にもう一つあります」
「えっ? 何それ?」
「目の前に幸せが来たら、遠慮しないことです。萎縮しないこと。カッコ悪かろうが、手にしていいのです」
「遠慮かぁ」
「何処かで考えませんか? 先ほどのような、家族自慢や、他人のキャリアアップのようなチャンスが訪れたとして。こんなんじゃイキってるって思われるかな? とか、幸せ自慢してる奴を散々文句言ってきて、自分がなるのもな。とか。幸せを何の迷いもなく手に取る図々しいやつってどうなの? とか。自分に出来るのか? とか」
「……」
「いいのですよ。図々しくて」
「人を傷つけてもか?」
「何故傷つくのです?」
「図々しいって、例えば寝取るとかさ」
「そう来ましたか。何でも物事は状況によりますが、残念ながら寝取ることになっても不倫同士が本当の愛であることもあります。が、その場合は自ずとタイミングが訪れますし、自然と上手くいくように天からの計らいがあるものです。例えばバレずに相手が自然と離婚をするとかね」 
「そんな上手くいくかぁ?」
「設定した正しい道にいて、清く正しく美しく生きていれば自然となります。そこで掴めるか否かです。そこで、周りからどう思われるだろうとか、元旦那に引け目を感じるとか。せっかく我々が行きやすいように道を記しているのに、違う方へ行っては、また一から幸せを作り直さなければなりません」
「そうか……」
「略奪婚とは、極端な例になりましたが、まぁそのくらいの気概を持ち合わせていた方が、幸せだって手にしやすい。という事です」
「気概ねぇ。でも、それはエゴじゃないわけ?」
「エゴは自分本位なだけのことを言います。先ほどの例で言えば、まだ相手は離婚もしていない。相手の事情もある。けれどそれを慮らず、相手を離婚するよう画策し、好きであるはずのその女性の気持ちや状況も考えず強引である事だったりします。もしエゴでないならば、まず彼女の気持ちや周りを考えます。嫌な家族のことも考えるでしょう。慰謝料のことだって頭によぎるでしょう。お子さんがいるなら、どうするのか、自分のところへ一緒に来た時に、ちゃんと愛せるか。その上で自分の気持ちはどうなのかを考えることができるのです」
「うーん……」
「まぁ何にせよ。正しい道であるならば自然と道が開けると言うこともあります。がむしゃらにもがいても強制終了がかかったならば、本来の設定とは違うという事です」
「がむしゃらにもがいている事が正しい事もあるんだろ?」
「そうです」
「どうやって見極めんだよ」
「第六感ですね」
「はぁ? 霊感かよ?」
「霊感なんていう、特殊なことでなくてもいいのです。自分の直感を信じるだけでいい。何か嫌な予感がするな。と思えばそれをやらない。など、そう言った小さな直感の積み重ねで我々のメッセージも受け取れるようになってきます」
「メッセージって?」
「私は今、直接あらたさんにお話ししていますが、見えない人はピンと来た誰かの言葉、文言などを信じるのが近道です。我々は本来この様にお話しする事が出来ない。あなた方には聞こえないのです。ラジオの周波数が合わなければノイズでしょう? それと同じです。ですから、ピントが合うまでは、誰かに代弁してもらったりしています」
「代弁ねぇ」
「そうです。あらたさんにもこれまであったはずですよ? 誰にも話したことのない考え事を、見ず知らずの誰かのたわいの無い一言が耳に入り、スルスルと解けていくような感覚が」
「本当にたまにな。でも、大体はそういうのってはずれるじゃん」
「雑念などが混じっているからでしょう。先ほど話したような、これはいけないんじゃないだろうか。などの思考による雑念でわからなくなってしまう。でも、繰り返し自分の中にある直感に耳を傾け続けていけば、良し悪しがわかって来るものです。何事もこの世は鍛錬でしょう? アップルパイを初心者がお店級の美味しいものにするには、鍛錬が必要でしょう? それと同じ事です」
「アップルパイ……好きだな…。でもそれで幸せになれると?」
「はい。成長にも繋がります。個人個人が光を出すのは難しいことをこなさなければならない訳ではありません。大金による募金をして名誉ある慈善事業をしなければならないわけでも無いし、ビッグネームのインフルエンサーになって、国中の人々を動かすような影響力を持たなければならないわけでも無い。小さな幸せや嬉しい事でいいのです。美味しいものを我慢せず食べた。とか、今日は笑ったとか、やれなかった事がちょっとだけ出来るようになったとか。それでいいのです」
「でも、俺は大きな幸せは欲しいなぁ」
「それなら尚更、小さな幸せを感じ取ったり、自分で幸せになっていいと、実行し、慣れていく事です。そうすれば1000年に一度の大きな幸せがやって来た時に怯まずに手に入れる事ができますよ」
「そっか…そうかもしれないな…」
今までの俺は、大人としての常識や義務をこなしてきた。もしかしたら、もう少し自分のことを甘やかしてもいいのかもしれない。
空を見た。綺麗なグラデーションの夕焼けだった。
「綺麗ですねー。だから私は地球が好きなのです」
天使ちゃんは、友達の太陽が照らす夕焼け空を見ながら言った。


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