あらた君と天使ちゃん第三話

ー全てが幸せになり、もちろん自分も幸せを手に入れる。そう言った意識をしなければ幸せだって始りません。ですから、ちょっとずつでもいいのです。なるべくでいいのです。思える時でいいのです。清く正しく美しく。今日の一瞬だけ思えた。だっていいのです。そう意識することから始まり、広がっていく。

ー私たちが落としてしまった、沼の上に佇むボールを拾い上げたいのです。

拾い上げたいボールとは何なのだろう。
病院の待合室に座っていた。
天使ちゃんは天国に戻った。
仕事をしているらしい。どうやら天国でトラブルが起きたようだった。だから今、ここにはいない。
天国でも仕事があって、トラブルもあるんだな。もしかしたら天国も、地球と変わりはしないのかもしれない。

よく、前世だの今世の使命だの、あの世には三途の川があるだの、テレビで目にしたり、そう言った話をしているユーチューバーを見たり聞いたりしたことはあったが、そんなに気にしたことはなかった。
そんなこと、考えたってわからない。
天使ちゃんが現れたことだってわからないのだ。
それより、ちゃんと生きていけるかどうかが地球では大事なことではないのか?

「日乗あらたさん」
看護師さんに呼ばれて診察室に入った。これから検査の結果を聞くのだ。
スツールに腰掛ける。
「日乗さん、MRIの結果ですが、大丈夫ですよ。何ら問題はありません」
「ああ、そうですか…」
天使ちゃんが見えて、他にも余計なものも見えるようになって、天使ちゃんは俺の前に現れる設定をしたから問題はないと言ったが、そんなものは信用できない。
だから、今日は仕事を休んで検査に来たのだ。頭が重いという理由を付けたが、それは嘘だった。検査をしておきたいという理由だけだ。
「頭が重いなら頭痛薬を出しますが」
「あっ、いや大丈夫です」
俺は逃げるようにそそくさと診察室から出た。

病院を出ると天使ちゃんがいつものように手を後ろにしてニコニコしながら立っていた。
「ほぉーらね? 元気だったでしょ?」
「トラブったのはどうしたんだよ」
「解決しましたよ。人間を作る臓器や皮膚工場などがあるのですがね。皮膚工場の生産がどうにも追いつかないため、私も駆り出されたのです」
「天国も地球みたいなとこなんだな」
「まぁ、それはそうです。我々世界の縮図ですからね。地球は」
「ふぅーん。じゃあパワハラとかもあんの?」 
「パワハラはありません」
「年功序列は?」
「年功序列はありますが、皆尊敬しあっているので仲のいい兄弟のようなものです。地球ほど、日本ほどの年功序列に対しての強い意識はありません」
「生意気な奴とかいないの?」
「いませんねぇ」
「じゃあ喧嘩とか争い事はないんだな」
「そうですね。あまりないのですが、一回だけありました」
「へぇ。やっぱり喧嘩するんじゃん」
「ええ。ミカエルとルシファーの喧嘩は、今思い出すだけでも心が痛みます」
「ミカエル? ルシファー? ゲームかなんかのやつだっけ?」
「ゲームや漫画は我々の記録を模して作品にされているだけです」
「えっ、じゃあ本当なの? よくゲームや漫画で対戦してるけど」
「ええ。聖書にも記載されていますからね。まぁ聖書も人間の都合のいいように改竄されてしまいましたが…」
「えっ、そうなんだ」
色んな情報がありすぎて、何から聞けばいいのかわからなくなる。
俺らは駅まで歩いていた。
天使ちゃんも今日は俺の横でゆったりと歩いている。
「ルシファーは堕天使になってしまいましたが、根はいいやつなんです。彼も人間のことを思って主張したが、それがミスだった」
「ミス?」
「アダムとイブのお話は知りませんか?」
「まぁ、何となくは…」
そう言った途端、街中を歩いていたのが自然豊かな景色に一変した。
植物や花が咲き、色とりどりの蝶がたくさん飛んでいる。
うさぎが跳ねて、鹿が川の水を飲む。
今までいた人も店も雑音すら全くない。
「また…なんかやったろ?」
「これは、アダムとイブがまだ純真だった頃の地球です」
「えっ? あっ、そうなの。昔にタイムスリップしたわけ?」
「いいえ。投影です。進化させたプロゼクションマッピングの原理を駆使して、バーチャル世界を創り出したのです」
「天国って、すげー技術あんだな」
本当にその場にいるようだった。
壁に写し出しているのではなく、空間そのものが彩られているからだ。
周りには植物が咲いている。色とりどりの花があり、まっすぐな小道を歩いている。絵本で見るような花園といった雰囲気だ。
歩いていると向こうから巨大な何かがこちらへ来た。
よく見ると、巨大な人間だった。建物くらいの大きさはある。
「うわあああぁ。何これ」
「これがアダムです」
「はい?」
「身長は40メートルほどです。この世で言えば大体10階建てマンションほどでしょうか」
その後ろからまた巨大な人間が来た。今度は金色の長い髪をしている。
「あれがイブです」
「こんな大きいのかよ」
アダムとイブは、俺の前で屈むと優しい笑みを浮かべた。西洋画を見たことがあったが、微笑みかけるようなイメージはなかった。
「これは、地球が出来て、彼らが住み始めて間もない頃、子天使たちが遊びに行った時を再現したものです」
二人の笑顔はとても幸せそうだった。
「我々が地球とアダムとイブを作りました。これらを作るのに、我々は試行錯誤しました。だからこそ、この世界が出来上がったことにとても喜びました。とても美しく完璧に出来た。そう思っていました」
すると、場面が切り替わった。
白いキトンを見に纏った二人の2、30代の男性が言い争っている。その周りで、4、5歳くらいの小さい子供が二人の意見を交互に聞きながら困惑している。
『彼らにも知恵を与えてやった方がいい』
『いいや、彼らにはまだ早い。知恵はまだ彼らには使いこなせない』
その様子を天使ちゃんは解説した。
「ここは、我々が住む天国です。知恵を与えよ。と言っている方がルシファーで、まだ早いと言っているのがミカエルです。周りにいる子供たちは、地球制作を手伝っている子供たちです」
子供の天使の中に混ざって俺も二人の意見を間近で聞いているようだった。
俺は疑問に思って、天使ちゃんに聞いた。
「あれ? でもルシファーって悪魔じゃないの?」
「今はそうですが、以前は天使でした。私とも仲のいい友人でした」
隣にいる天使ちゃんを見た。
初めて見せた悲しげで寂しげな表情をしていた。
ルシファーが続ける。
『そんなことはない。彼らにも教えてやるべきだ。そうすれば自分達でも色んなものを生み出せるようになるだろう? 豊とはそういうことだろう』
『いいや。必要はない。見てみろ。彼らはこれだけでも十分に幸せそうじゃないか』
天使ちゃんが続けた。
「この頃の地球は、天国のように天候に左右されることはありません。天国の光が届くような近くにあったからです。環境は温暖で、食べ物、飲み物も不必要です。睡眠もしません。ただ愛する人と自然豊かな環境で、動物や人間、皆が仲良く暮らす。そんなスタイルだったのです」
退屈そうだとも思ったが、先程見たアダムとイブは不満など何も無さそうだった。
「そうです。アダムとイブ。彼らはあの頃の世界に不満は無かったのです。退屈と言う概念がないからです」
二人の天使の喧嘩はヒートアップしていた。
北風と太陽の物語のように、どちらの言い分も全うだった。
どちらも正しいように思える。
しかし、意見はミカエルの考えに決着した。
天使ちゃんは言う。
「地球制作の主体になっていたのはミカエルです。その思いもひと塩だったのでしょう。彼の方がルシファーを言い負かしました」
ルシファーは、怒りのままその場を後にした。
「地球への方針は知恵を与えない。ということに決まったのです」
「えっ? でも、今の俺らには知恵というか…あるよな?」
「はい」
今度は上から地球の中を俯瞰して見ていた。
人の動きをドローンから撮影した様な、そんな感じだ。
「天国から地球や、そこで活動する人間たちは我々には、このように映っています」
子供の天使が地球を見下ろしていたら、何かに気づいた。
『あれ? あれってルシファー?』
仕事をしていた子供の天使たちがワラワラと地球を見出した。
『ヤバいかも! ミカエル呼んでくる』
そう言って、一人の子供天使がミカエルを呼びに行った。
緊張感が走る。
地球では、アダムとイブが蛇に驚いた様子だった。
「蛇?」
俺は天使ちゃんに聞いた。
「はい。ミカエルは先手を打っていました。アダムとイブには、ルシファーの言うことは聞かぬ様諭していました。それを知っていたルシファーは、蛇に扮して彼らの前に現れたのです」
喉が鳴った。ミカエルはまだ来ない。
その瞬間俺らは、地球にいた。
アダムとイブが蛇と化したルシファーと対面している。
アダムとイブは蛇に驚いている。
蛇は言った。
『怖がることはない。俺はお前たちの味方だよ。これから、危険なことや、困難に君たちはぶつかることもあるだろう。その時は禁断の実を食べるといい』
そう言って、蛇はリンゴの木を這って行った。
『これは、とても美味しい実だよ。それに困難だって解決できるんだ』
二人は顔を見合わせる。
イブは困難よりも何よりもリンゴが美味しそうだと思った様だった。感覚は子供のようだ。
手にとって齧った。
その瞬間、俺たちはまた天国へ戻った。
地球は天国の近くに浮いている様な状態だったが、糸が切れたように地球が落下した。
まるで高いビルからソフトボールを落とした様だ。
ミカエルが来た。
『しまった!』
ミカエルや大人の天使たち、子供の天使たち、皆んなが慌て出した。
ボールは落下すれば地面へ辿り着くまで止まらない。
地球は面白いほど下へ下へ真っ直ぐに堕ちていく。
俺は青ざめた。
地球はどうなるんだ。
どうして堕ちているんだ。
天使ちゃんが言った。
「知恵を与えたために堕ちたのです」
「へ?」
「ミカエルの見解が正しかったと言うことです。知恵がつくと言うことは欲も出てくる。この世界では物足りない。もっともっと自分達を満足させる物が欲しい。そう言った思考になり、嘘もつけるようになるし、悪知恵もつき、際限がなくなる」
再び地球へ入って行った。
俺は驚いた。さっき見た地球では無かった。
木々は倒れ、いくつもの動物の死骸がグロテスクに横たわっている。
空は黒く曇り、山は燃えた跡がある。
「何だよ…これ」
「彼らがしたことです」
「アダムとイブ?」
「そして息子たち、アベルとカインもです」
俺は絶句した。人間が知恵を持っただけでこうなってしまうのか。
天使ちゃんは言う。
「今、現在のあらたさんが暮らしている環境で言えば、赤子に本物のナイフを渡したら、振り回して周りや自分を傷つけてしまうでしょう?それと同じことです」
俺は冷や汗が止まらなかった。
「いや、でもここまでじゃないだろう。ほとんどの今いる人間は知恵をいいように使ってるだろ」
俺は言ったが、天使ちゃんは動揺することなく淡々と話した。
「それはアダムとイブから始まり、色んな経験を経て成長した魂たちがいるからです。赤子でなくなり、小学生になってナイフの安全な使い方を学び、悪いことにも使えると学び、どちらが自分や周りにとっていいことか。と言うことを学んだから出来ることなのです」
続けて天使ちゃんが言う。
「彼らは知恵を使って、石で鋭利なものを作れるようになった。木や植物を伐採できることを学んだ。ウサギや鹿、人間も殺せることを学んだ。
それらを使って、自分が満足し、自分が快適でいられるように知恵を使った」
俺は返す言葉がなかった。
「彼らは精神性ではなく、物質主義に変化していった。知恵から派生した物質主義が、精神性より上回ってしまい、重くなってしまった。
物質は重いですからね。だから堕ちて行ってしまったのです」
地球はまだ堕ちて行く。
天国はどのくらい高いところにあるのだろう。
再び天国に戻った。
ミカエルたちはあくせくと何かを作っている。スモークがかっていてよく見えないが。透明な箱の中に手を入れて何かを掻き混ぜているようだ。
『地球がどんどん堕ちています! 早くしなければ私たちの手には届かないところへ消えてしまいますよ!』
子天使が言った。
『わかってるよ』
ミカエルは怒鳴るでもなく優しい口調ではあったが、真剣で強い声色だった。
子天使たちはミカエルを見守っているだけだった。
俺は言った。
「何してるの?」
「まぁ見ていればわかります」
天使ちゃんは手招きする。ミカエルの後ろから覗き込むようにと促す。
俺は言う通りにしてみた。
スモークがかった箱の中は、小さな宇宙があった。黒い闇に星が散りばめられている。
「何これ?」
「次は、下を見てください」
俺は雲の端から下を覗き込んだ。
そこにはさっきの箱の中の小さな宇宙がある。
黒い宇宙がじわじわと広がっていき、次から次へと惑星がポツポツ、ふと現れる。
天使ちゃんが隣にきた。
「ミカエルが箱の中で宇宙を作ると、あそこに現れのです」
「えっ! 宇宙ってこうやってできたの?」
「ええ」
俺ら人間にとっては未知な世界だが、天国から見たらあっけらかんと簡単に作り上げていた。
『間に合いません! このくらいでは支えられません!』
子天使が慌てている。
ミカエルは黙々と宇宙を広げて、惑星を次から次に出没させている。
宇宙を作るのに、皆んな慌てているようだった。何故だ?
『ここで食い止めなければ!!』
その間も長い距離を地球は落下していた。
際限のない底へと。
けれどその地球の中にはアダムとイブ、その息子たち、動物、植物、ルシファーもいる。
俺たちの住む地球はどうなって行くのだろう…。
みるみると宇宙が広がって行く。
「ホント、ミカエルは素晴らしいですねぇ」
周りは慌てていると言うのに、天使ちゃんは呑気だ。
ああ、そうだ。これはバーチャルなのだ。今現在、起こっていることではない。
「何が?」
「この宇宙、適当に惑星をポンポン置いているように見えますが、これは全て計算です。瞬時に計算しているのです」
「えっ!」
「算数ではありませんよ? とーっても長い数式です」
なぜか、やってもいない天使ちゃんが誇らしげだ。
宇宙、惑星、どんどんと広がって行く。
宇宙は、天国から見えなくなるくらい下だった。
雲の上から見ていると、下の方はズームになって行く感覚だった。アニメや映画で出てくるような星の中を駆けていくような、そんな感じ。
そして、間近で見ているような感覚になる。
天使ちゃんが言う。
「あとは、あらたさんが住む、天の川銀河ですね」
太陽、火星、水星、次々と出来上がる。ただここに、地球は無い。
『これが、間に合わなければ、助けられなくなります!!』
子天使たちは、ミカエルの周りをウロウロして、狼狽しているようだった。
ミカエルはびくともせず、集中している。
けれど、何のために宇宙を慌てて作っているのかわからない。
『あと、一つです!』
子天使が、興奮している。
天使ちゃんが言った。
「最後は月。これが出来るのが先か…地球が堕ちていくのが先か」
「はい?」
地球は、眩いほどの白い世界を抜け出すと、色とりどりの惑星が浮いている。その層を抜けた。その先は、乱気流のような荒い空間が現れ、そこを抜けるとミカエルが作ったばかりの宇宙が広がった。
真っ黒い宇宙の中を物凄いスピードで地球が入って行く。
『ああ! もう間に合わない』
子天使が目を瞑る。
最後の月が出来上がり、堕ちていた地球は天の川銀河で止まった。
止まったかと思うと、今度は横に回転を始めた。
『間に合いました!』
子天使たちが歓喜する。ミカエルは一つ、息を吐いた。
俺は天使ちゃんに聞いた。
「これって、どういうこと?」
「この宇宙は、細やかな網のようなものです」
「網?」
「はい。私たち天使が手の届かない底へ地球が落ちてしまう前に、防いだのです。まぁ例えて言うならば、沼にボールが落ちる前に細やかな網を張って防いだ状態。とでも言えばよろしいでしょうか」
「沼から拾うボールって、地球のことだったのか?」
「はい」
夢を見ていたような、非現実的な空間から、現実に戻った。
俺は知らぬ間に駅に着いていた。
「あれ?」
「到着しました」
「俺は、歩いてたのか?」
「はい」
「よく、誰ともぶつからず来られたな…俺、ヤバいやつになってなかったか?」
「大丈夫ですよ。周りからはただ歩いている人にしか見えていません」
十分に叫んだり、天使ちゃんに質問したりして、側から見たら大声で独り言を言っている奴みたいになっていたんじゃないだろうか…。
不安だ…。
「またもぅ、あらたさんは心配性ですねぇ。脳だって異常はなかったんでしょう? 私が嘘ついたことありますか?」
天使ちゃんは、この世の人間のように、順番を守って、改札から駅に入って行った。

#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門


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