姿紫曜

日々の出来事から感じた事、歴史から感じた事、学んだこと

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福井県大野市の田園風景

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    大津絵ってなんかいい。

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    小さな国宝:菩薩立像二体

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    椿山荘:夜の庭園

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    椿山荘、雲海、夜の庭園

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    椿山荘、雲海

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    東京:椿山荘、庭園

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    東京都:隅田川とスカイツリー

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    慶長大判:けいちょうおおばん

    慶長大判:けいちょうおおばん  江戸初期、慶長六年(一六〇一)から江戸幕府が発行し、全国に流通した長円形の金貨。表面に「拾両」と書かれているが、一枚は慶長小判の七両二分(七枚半)にあたる。 後代のものと比較して良質であるので珍重される。 徳川家康は幣制の確立を重視し、関ヶ原の戦の翌年にあたる慶長6年(1601)には慶長大判・小判・一分金・丁銀・豆板銀の金銀貨を鋳造した。 慶長大判の量目は天正大判と同じ44匁1分(165g)。 【慶長金銀】 1601年(慶長6)以降発行された金

    慶長大判:けいちょうおおばん

    相州貞宗:東京国立博物館所蔵

    「貞宗」は「五郎入道正宗」(ごろうにゅうどうまさむね)から「相州伝」(そうしゅうでん)を継承したため、「相州貞宗」(そうしゅうさだむね)と呼ばれ、通称は「彦四郎」(ひこしろう)と名乗っています。正宗門下に入り、養子となって師の鍛刀術を継承しました。最初は近江国(現在の滋賀県)で刀鍛冶の基本を学び、五郎入道正宗に弟子入り。 入門の経緯については、「鎌倉の鍛冶場を訪れて弟子入りを懇願した」とする説や、「五郎入道正宗が尾張国(現在の愛知県西部)に来ていた際、訪問して弟子入りを懇願し

    相州貞宗:東京国立博物館所蔵

    開基勝宝

    開基勝宝:奈良市伏見町出土  奈良時代・8世紀  日本で最初に作られた金貨。『続日本紀』天平宝字4年(760)3月16日の条に、そのころ私鋳銭(「和同開珎」の偽銭のこと)がはびこっているため、新たに「萬年通寶」銅銭、「太平元寶」銀銭、「開基勝寶」金銭を作り、萬年通寶10枚で太平元寶1枚に、太平元寶10枚で開基勝寶1枚にあてたと記される。表裏ともやや広く縁を作り、その内側に回読み式の文字で陽鋳し、裏は素文となる。 わが国最古の金貨。『続日本紀』天平宝字4年(760)3月16日条

    開基勝宝

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    国宝:硬玉棗玉:こうぎょくなつめだま

    国宝:硬玉棗玉:こうぎょくなつめだま

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    硬玉棗玉:こうぎょくなつめだま

    奈良県東大寺山古墳出土品  奈良盆地東縁の沖積地との比高差70mの低丘陵尾根上に位置する。 自然地形を利用した北向の前方後円墳で、全長約130m、後円部径約80m、前方部幅約50mである。昭和36・41(1961・66)年に発掘調査され、後円部葺石と円筒埴輪列のほか、靫形・甲冑形埴輪が確認された。 後円部粘土槨から碧玉製腕飾類(鍬形石・車輪石・石釧)・滑石製台付坩など、棺外から鉄剣・環頭(素環頭・青銅製環頭)大刀などの武器・武具類・革製漆塗楯などが多量に出土した。 古墳時代の

    硬玉棗玉:こうぎょくなつめだま