新木場USEN STUDIO COASTへ愛と感謝をこめて

わたしが新木場スタジオコーストと言うライブハウスに初めて訪れたのは2009年の髭(HiGE)のワンマンツアーだった。彼らがまだロックンロールと五人の囚人だった頃。キラキラでギラギラでサイケデリックで狂っていてそれでいて優しい地獄みたいな髭ちゃんワールドでコーストの広い空間が色彩鮮やかに染まっていた夜のこと。きっとあの時もこのミラーボールはその瞬間を映し出していたんだろうなと、わたしはフロアに足を踏み入れると思わず高い高い天井を見上げた。

2022年、1月13日。USEN STUDIO COAST CLOSED EVENT THE BACK HORN「KYO-MEI LIVE」〜STUDIO COAST THE FINAL〜と少し長い名前のついたバックホーン新年一発目のライブは1月末をもって閉館が発表された新木場スタジオコーストでのクローズドイベントだった。数々のバンドのライブ、イベント、あるいはフェスで幾度となく通った馴染みのライブハウスの閉館はこれが初めてではない。Zepp Tokyoの閉館も記憶に新しい。だけどスタジオコーストが無くなってしまうと言う事実はわたしにとってとてつもなくショックで受け入れがたいことだった。
バックホーンのライブではもちろん、他のバンドでも、伝説となった音楽と人主催のフェスでも、ローディ峰さん主催の峰ロックフェスでも、今は観ることも無くなったあのバンドの10周年ツアーでも、新木場スタジオコーストと言う少し風変わりなライブハウスからわたしは数え切れないほどの思い出を貰っていた。
そして忘れてはならないバックホーンの自主企画イベント、マニアックヘブン。銀河遊牧民のわたしにとって新木場スタジオコーストの思い出は同時にマニアックヘブンの思い出でもある。ライブスペースだけではなく外の待機場所ではガチャガチャを回しメンバーの等身大パネルと記念写真を撮りオリジナルキャラクターのマニアッ君と戯れ、菅波栄純作のアテレコ漫画を見ては歴代のTシャツやグッズ、ジャケット等の原画、ライブ写真、アーティスト写真の数々が飾られたギャラリーを回り、とても個性的な味のするオリジナルカクテルを飲む…とにかくその日の新木場スタジオコーストでは1日中バックホーンの深い世界にどっぷりと浸ることが出来た。海の近くと言う立地から吹きすさぶ冷たい風に震えながらも半袖で待機していたあの頃の記憶も今となっては懐かしい。新木場駅からコーストへ向かう最後の道を歩きながら、そんなに遠い昔のことではないのにずいぶんとかけ離れた未来に来てしまった現実に少しばかり感傷的にもなる。

真夜中はクラブであるアゲハとしての顔を持つコーストの天井に吊るされた、あまりにも大きなスピーカーとミラーボールから視線を降ろすとライブハウスにしては珍しい板張りの床。そこには立ち位置指定の星のマークが描かれていた。ほんの数年前には無かった、必要の無かった物。それでも、1年前は座席が置かれていたことを思えば少しずつ少しずつ前に進んでいると信じたくなった。新木場スタジオコーストでライブをするのが夢だったと言うこの日の対バンであるペリカンファンクラブのアクトが終えると、いよいよTHE BACK HORNのここでの最後のライブが始まる。

心地よい緊張感の中客電が消え、いつものSEに乗せてステージに現れたメンバーの表情は気のせいかいつにも増して引き締って見えた。演者である彼らの方がわたし達以上にコーストへの想いが強いのは明らかだけど、同じような気持ちでこのライブに向かって行けることが何だか嬉しい。否応なしに期待が高まる中、山田将司の「こんばんは、THE BACK HORNです」と言う挨拶の後に演奏されたのは「その先へ」。2年前、ライブハウスからの配信ライブで1曲目に披露されたのも確かこの曲だった。冒頭から重厚で力強いギターリフに乗せてライブハウスへの熱い想いが歌われる印象的なアンセム。「始まりはいつだってここからさ」と叫ぶ山田さんの生声がフロアにはっきりと響き渡る。そして「あの夜ひとかけら 君のポケットに残されたちっぽけな希望が今も俺を支えてる」このフレーズが今、改めて深い意味を持ってわたしの胸を撃った。バックホーンの音楽に生かされている。そんな実感を得る夜を、この新木場スタジオコーストでも何度も何度も過ごしてきた。きっとそれは演奏している彼らも同じに違いない。わたし達は互いにその記憶を頼りに今日まで生きてきたしこれからもそうだと信じている。ちっぽけだって何だって、バックホーンがそう歌ってくれるならそれは揺るぎない事実なのだ。

続く最新曲の「希望を鳴らせ」ドラムのフィルインから自然と拳が突き上がる光景に早くも感極まってしまう。相変わらず声は出せないモッシュも無い制限だらけのこの状況でもわたしはここにいると証明するようにステージに向かって手を伸ばすファンの姿を、それに呼応するかの如く熱演を続けるバンドの姿を、新木場スタジオコーストの記憶にも刻まれていたら良い。「二度と戻らぬ場所も人も 零れ落ちた涙も交した言葉も笑顔も忘れはしないさ」まるで誓いのようにフロアに響く歌声を聴きながら強く願った。本当に本当に、このライブハウスは大事な場所だったんだよ。 だけど気を抜くとすぐに感傷的な気持ちに負けて今にも溢れそうになる涙は3曲目グローリアの高らかなバグパイプが鳴り響くと笑顔に変わった。ステージ前方ギリギリまで乗り出てギターを弾く栄純さんを、バスドラに合わせて手拍子を煽る岡峰さんを見ていたら自然と口角が上がってしまうのだからこの曲に込められた前向きなパワーはすごい。

ああ、これはもしかしたらバックホーンからコーストに向けたはなむけなのかもしれないな。そんな風に思わせてくれる本当に練に練ったセットリストで、メンバーそれぞれのパフォーマンスからも愛と感謝が存分に伝わってくるライブだった。もちろん寂しい気持ちも悲しい気持ちも消える訳じゃないけどバックホーンはそれも全部引っくるめてコーストとの最後の思い出を華やかで光に満ちた物で終えようとしているのだ。3曲を終えた後のMCでの松田さんの言葉からもそれが痛いほど伝わってきた。

希望を鳴らせのカップリングの変態曲である疾風怒濤、宗教感が強い心臓が止まるまでは、残酷なまでにひとの内面を抉ってくる悪人、と並ぶ彼らの持つダークな側面を全面に打ち出したゾーンではその圧倒的な世界観に引き込まれるオーディエンスの姿が実にバックホーンのライブらしい。疾風怒濤はマニアックヘブンで初披露されてからまだ2回目の演奏にも関わらず観客はこれが欲しかったと言わんばかりに拳を振り上げる。アウトロのギターとドラムのアドリブがとても印象的で、いつかこの曲のコーラスを思い切り歌える日が来ることを待ち遠しく思い切なくなった。

そしてコロナ禍で会えない絶望的な状況の中配信された瑠璃色のキャンバスを経て、ステージ上が凛とした空気感に包まれたかと思うと続いて演奏されたのは未来。ギュッとマイクスタンドを握り締め、ひたむきに歌う山田将司の伸びやかで儚さすら感じられる切ない歌声を聴いた瞬間、こみ上げて来る涙をわたしは今度こそ堪えることが出来なかった。どうしてバックホーンは、こんなにも欲しい言葉を欲しい時にくれるのだろう。悲しい別れを決して否定しないでいてくれるのだろう。大好きで大切な場所を失うこの悲しみに、きちんと向き合わせてくれてありがとう。コーストの為に思い切り泣かせてくれてありがとう。そんな風に思わずにいられなかった。

「さよなら今はまた会う日まで ここから向こうは何も無い真っ白な空白」

コーストもバックホーンもわたし達も、それぞれの未来に向けて歩いていく。でもちゃんとそこには同じ気持ちで過ごした記憶が確かに存在しているのだ。

ラストスパートは太陽の花、コバルトブルー、刃の怒涛のキラーチューン3曲。「愛しさも淡い夢もこの空に溶ければいい」いつもコバルトブルーのこのサビの歌詞で天井を見上げるのが癖だった。最後のコーストのミラーボールにあの光景は一体どんな風に映ったかな。どうか悲しみだけで染まっていないといい。今まであの場所で色んな想いを抱えて色んなライブを観たけれど、本当はそのどれもが大事な記憶なんだ。ありがとう新木場スタジオコースト。もう言いたいことはそれだけだよ。ありがとう。本当にありがとうね。

大熱狂の本編を終えアンコールで再びステージに立ったバックホーンもまたコーストの思い出と共に感謝の言葉を口にすると、バンドの最初期の曲、冬のミルクを演奏。「さよなら もう会わない気がするよ」これ以上ない別れの一節にまた涙が溢れる。一音一音、一言一言を噛み締めるようなパフォーマンスには名残惜しさが滲み出ていた。そしてライブは松田さんのカウントから無限の荒野で大団円を迎える。菅波栄純の「否、まだだここでは死ねねぇ!!」と言う魂の叫びが最後のコーストに響き渡るのが実に痛快だった。声は出せずとも、あの場にいた全員が間違いなく同じ言葉を叫んでいた筈。それぞれ大きく手を振りながら、深くお辞儀をしながら去っていくメンバーを惜しみない拍手で見送ると、イベンターの石川さんがステージに立ち挨拶をしてくれた。再び会場には暖かな拍手が鳴り響く。帰り際も館内を写真に収める人々の姿があちらこちらで見受けられた。本当に新木場スタジオコーストはたくさんのひとにとって大切で大好きな青春の場所だったのだとそんな光景からも伝わってきた。ライブの終盤、山田さんは言った。

「音楽って、記憶さえあれば場所も時間も存在も超えていける」

きっとわたしはこれからも、その先へを聴く度に、希望を鳴らせを聴く度に、コバルトブルーを聴く度に、そして未来を聴く度に新木場スタジオコーストと言うライブハウスを思い出すのだろう。忘れる訳がない。たくさんの思い出とたくさんの出会いを、本当にありがとう。いつまでも大好きだよ。そんなことを思いながら、最高のハコ、新木場スタジオコーストを後にした。

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