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考え始めるためのブックガイド①:マヤルカ古書店 なかむらあきこさん(京都市左京区)

京都のまちの人に、女性・ジェンダー・暴力の問題を考えるためのオススメの“本”をお聞きするコーナー「考え始めるためのブックガイド」。
第1回は、左京区一乗寺で「マヤルカ古書店」という古本屋を運営されているなかむらあきこさんです。古書の販売に加えて、小さな新刊コーナー「HERS BOOK STAND」――訳して「彼女たちの本棚」を設置し、フェミニズム、ジェンダー、多様な生き方をテーマにした書籍をセレクトされています。今回はなかむらさんに、「女性と女性の体」をテーマにした3冊を紹介するエッセイをお書きいただきました。

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 女性の権利を訴えるフェミニズム運動は、さまざまな事件やニュースをきっかけに日本でも年々大きく広く叫ばれるようになっています。女性たちが上げはじめた声によって、これまで気づかずにいた、もしくは慣らされていた女性の問題に、女性自身が気づきはじめた側面もあるのではないでしょうか。
 今回は、女性と女性の体を焦点に、さらにはそこから「暴力」についても考えられるような本を紹介できたらと思います。もしかしたらすでにそれらの問題の真っただ中におられる当事者には、辛い描写もあるかもしれません。私たち一人ひとりが自身の問題として考え、自分たちの大事にしたい権利と尊厳を、自分たちの手に取り戻していけたらと思います。

『少女のスカートはよくゆれる』
岡藤真依/太田出版/2019年

少女のスカートはよくゆれる

 
 本書は、漫画家でイラストレーターの岡藤真依さんが愛らしく切ないタッチで描く、「性」と向き合う少女たちの物語。
 幼い頃に体験した性被害のトラウマを引きずる少女、不自由な体だけど周りの友だちと同じように普通の恋に憧れる少女、女の子に恋をする女の子に、母親の束縛や生理、初潮の苦い思い出……。
 登場するのは、自身と愛する人との性に精一杯向き合う少女たち。目の前の問題に真剣に悩み、そして人生を自分らしく楽しもうとする彼女たちの姿は最高にチャーミングで、すべての女の子が幸せになりますようにと願わずにはいられません。

 漫画の冒頭では、性教育の授業の様子がしっかりと描かれます。しかし現実には、教育の現場での性教育とは名ばかりで、いざ性被害が報道されればどんな年齢であっても自己責任や親の責任、自分の体は自分で守るべきであるという暴力が押し付けられることも多いように思います。
 本来ならば、社会全体で守っていかなければならない弱者が、ささいな揚げ足をとられて責め立てられる冗談のような冷たい社会。果たしてそんな世の中で、少女たちは大人を信じ、自分の未来を描くことなんてできるのでしょうか。同じように、少女たちの性をないもの、けがらわしいもの、と蓋をしてしまうことも、彼女たちを性の搾取の危険にさらすことに繋がるのではないでしょうか。

 「先生も女に生まれてよかったっていまは思えへん けどいつか……死ぬまでにはよかったって思えるようにしたいな」という、保健室の先生のセリフが印象的なラストシーン。少女たちの笑顔はキラキラとした希望に満ち、自分の心と体は自分のものであるということ、そして子どもであっても大人であっても誰からも尊重されなければならないということを強く思います。

 “少女”として過ごす時間は永遠であるかのように緩慢でみずみずしく、そして少し残酷でもあります。
 好きな人に出会い恋をすることやセックスをすること、または誰かに恋をすることに違和感を持つ人が自分の気持ちを尊重し、周りに受け入れられること。そんな、当たり前のことを当たり前に大切にできる社会を作ることを、著者も真剣に考え抜いていることが伝わる、読むと勇気と希望が湧いてくるような作品です。

『青い眼がほしい』
トニ・モリスン/大社淑子訳/早川書房/2001年

青い目がほしい

 1993年にノーベル文学賞を受賞したトニ・モリスン。アフリカ系アメリカ人としての歴史的な運命や苦悩、そして希望を描いた作家として今も多くの人に支持されています。
 「小説は申し分なく政治的で、かつ確実に美しくなければならない」という彼女は、小説を単なるエンターテインメントではなく「政治的なもの」としても捉えていました。世界中で女性や人種の問題が叫ばれる今こそ、改めて読みたい作家の一人ではないでしょうか。

 『青い眼がほしい』は、そんなトニ・モリスンによる最初の小説で、代表作です。

 主人公のピコラは黒人の少女で、学校の友だちにいじめられ、町の白人たちにも疎まれています。両親は喧嘩ばかりしていて貧しく、母親のポーリーンでさえもピコラを醜いと罵ります(ポーリーン自身も、幼い頃の怪我のために足が不自由であったり、夫のチョリーとの結婚後に貧しさから前歯を失ったりするなど不遇を抱えているのです)。しかしピコラは、そんな世界も青い眼で見さえすればきっと美しいだろうと、青い眼や金髪、ピンクの肌に憧れます。
 その一方で、物語の語り手であり、ピコラの近所に暮らす黒人の少女であるクローディアは、「青い眼は美しい」という、周りの大人たちも共通して持っているであろう価値観を疑い、抗おうとします。
 なんとか希望を持って生きようとしていたピコラでしたが、母親や、出会った町の黒人、友人たちからの仕打ちで尊厳を傷つけられ、さらには父親であるチョリーからのレイプで妊娠してしまう……。
 不幸の連鎖に追い詰められたピコラの精神状態の描写は圧巻で胸に迫り、そんなピコラを救えなかったクローディアの冷静で残酷な言葉が読後もずっしりと心に残ります。

「わたしたちが彼女の上に投げ捨てて、彼女が吸収してしまったすべてのごみ。それから、最初は彼女のものだったのに、彼女がわたしたちにくれてしまったすべての美しさ。わたしたちはみんな―彼女を知っていたすべての人々は―彼女の上でからだを洗ったあと、とても健康になったような気がしたものだ」

 父親からの性被害をきっかけに狂気の世界から抜け出せなくなってしまったピコラを憐れむ気持ちと、そんなピコラを憐れむ自分たちの心の奥の優越感のようなどす黒い気持ち。私たちの体と心の権利を考えるとき、そこにあるのは強者と弱者という単純な構造だけではないのでしょう。複雑に絡みついた伝統や鬱屈したコンプレックス、経済状況などからも、人々の差別意識や蔑視の価値観が作られることがあるのです。

 誰もが平等で幸せに暮らす権利をあきらめないこと。無垢であるものが無垢である自由を守ること。そして、誰もが声を挙げられる状況にあるわけではないこと。取りこぼさず、考え続けていかなければならない問題であると前向きに強く思えるような一冊です。

 
『彼女の体とその他の断片』
カルメン・マリア・マチャド/小澤英実・小澤身和子・岸本佐知子・松田青子訳/エトセトラブックス/2020年

彼女の体とその他の断片

 首に巻かれたリボンに決して触れさせない女性となんとか触れようとする夫や息子を描いた『夫の縫い目』、異性、同性、さまざまな人とのセックスをリスト化する『リスト』、女の子の体が透明になってしまう謎の病気が蔓延する世界を描いた『本物の女には体がある』、大人になってから食事をたくさん食べられなくなる手術を受ける姉妹と娘の確執を描く『八口食べる』、子どもの頃のトラウマと創作の狂気と違和感を徹底的に描いた『レジデント』など、収録されるのは、「体」をテーマに綴られた八篇の作品。 

 小説は政治的で美しくなければならないと言ったトニ・モリスンと同じく、本書の著者であるカルメン・マリア・マチャドは、「女性や非白人やクィアな人々にとって、書くことはそれ自体政治的なアクティヴィズムだ」という信念を掲げています。1986年生まれ、南米にルーツを持つ、今作がデビュー作である注目の作家。女性であること、マイノリティであることと向き合ったリアルな質感と、自身も愛読者であるというガルシア・マルケスの影響も感じるようなマジックリアリズム的なストーリー展開が読者をぐいぐいと物語の奥深くへ引き込みます。

 本書は短篇集ですが、ホラーであったりSFであったり静かな狂気であったり、様々な角度から価値観が揺さぶられる作品の連続。悪夢のように現れる幽霊を受け入れようとしたり、透明になってしまった少女たちの心に寄り添い、解放したいと願ったり、たとえ面倒くさいと思われようと自分が受け入れられていない状況に怒りを表明したり、主人公たちは、不可解で理不尽な状況の中、なんとか主体的に対処しようと試みます。
 心地よさや喜びなどのプラスの感覚だけでなく、違和感や不快であるといったマイナスの感じ方も、生きていく上で決して無視することのできない大切な感情です。しかし、尊厳が損なわれる、自分の心がないがしろにされるような経験が続くと、自分の体が自分のものではなくなるような気持ちになることや、自分が傷つくことに対して鈍感になってしまうことがあります。
時に不快でざらざらと心に波風が立つような、自分と他者の「体」を思う物語にじっくりと浸ることで、改めて自分の体や気持ちを取り戻し、現在、過去、そしてこれからを生きる自分自身と向き合えるような一冊です。

 本書を刊行したエトセトラブックスは、まだ伝えられていない女性の声を届ける出版社として、フェミニズムにまつわる様々な本を出している出版社です。今年の5月に出された雑誌『エトセトラVOL.3』では、美容ライターの長田杏奈さんを編集長に「私の私による私のための身体」という、消費の対象や誰かの所有物ではなく、自分たちの身体を自分たちのものとして様々な角度から一つ一つ丁寧に考える、とても力強い特集をされています。

 社会における女性の権利を訴えることと、体を含め、自分たち自身のことを自分たちの言葉で語るということ。心と体のどちらも欠けてはいけない、どちらも大切に考え続けていきたいフェミニズムだと思います。

マヤルカ古書店 店主 なかむらあきこ
編集者、ライター、図書館司書などを経て、2013年より西陣にてマヤルカ古書店をオープン。2017年に現在の一乗寺に店舗を移転しました。古書の販売のほか、店舗二階でフェミニズムを中心とした新刊コーナー「HERS BOOK STAND」、ギャラリーの運営を行っています。
http://mayaruka.com/
〇各書籍の取り扱いに関してはマヤルカ古書店までお問い合わせください。


*書籍はウィングス京都図書情報室でも閲覧可能です。(『少女のスカートはよくゆれる』『彼女の体とその他の断片』は近日配架予定)


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