コラム②:人工知能開発のための著作物利用はキャッシュと同格である~権利制限の活用例(第1層から第2層まで)
この記事は自分のサイト記事の転載です
はじめに
「著作物を無断で利用するな」という意見を耳にしたことがあります。
もちろん、著作権法の原則では著作物利用には著作権者の許諾が必要です。
ただし、その例外も存在して著作権者に無許諾で著作物利用しても法的に認められるケースが存在します。
それが権利制限。著作権法では第五款著作権の制限に該当し第30条以下が該当します。
中山著作権法では権利制限規定について
としており、著作権という強すぎる独占権に対してその権利を制限するために権利制限が存在するのだと述べています。
この記事では権利制限規定が社会にどう活用されているのか具体的な著作物利用を挙げて列挙しました。
この記事で取り扱うのはひとまずデジタル化・ネットワーク化に対応した柔軟な権利制限第1層から第2層までです。
今後は第3層を取り扱う記事も予定しています。
柔軟な権利制限規定
IoT・ビッグデータ・人工知能(AI)等の技術革新による「第4次産業革命」のイノベーション創出のために大量の情報を集積させ解析し価値を見出すニーズが高まりました。
しかし従来の著作権法では大量の情報が著作物で合った場合いちいち著作権者に許諾を取らなければいけないので扱う情報に限界があります。そのためこれらの著作物利用のニーズへの対応のためにも「柔軟な権利制限規定」のための法整備が行われました。
その結果権利制限規定にアメリカのフェアユース規定のような包括的な権利制限ではなく
明確でかつ柔軟性のバランスを兼ね備えた「多層的」な権利制限を定めることが適切であるという判断がなされました。
そのために、平成30年の著作権法改正時に権利制限規定を権利者に及びうる不利益に応じて3層に分けました。
第1層は権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型
第2層は権利者に与える不利益が軽微な行為類型
第3層は著作物の市場と衝突する場合があるが公益的政策実現のために著作物の利用の促進が期待される行為類型
人工知能開発の根拠である法30条の4(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)は権利制限規定第1層権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型に分類されます。
第1層には他にも法47条の4(電子計算機における著作物の利用に付随する利用等)が存在しますこれはキャッシュやバックアップなどの根拠になっている条文です。
これからこの3つの条文(30条の4、47条の4、47条の5)の活用例を具体的に挙げていきます。
権利制限の活用例
第1層 権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型(30条の4、47条の4)
法第 30 条の4(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
人工知能開発
情報解析を用いた機械学習による人工知能開発のための著作物利用は著作権法30条の4の代表的な活用方法です。
具体的に人工知能の開発のための人工知能の学習用データの収集,人工知能の開発目的の第三者への学習用データの提供行為、学習用データを人工知能開発のために入力する行為、学習用データを人工知能開発に適した形に加工する行為などといった著作物の利用行為主に複製が含まれます。
機械学習のための情報解析に関しては
ということが認められています
リバースエンジニアリング
リバースエンジニアリングとは製品やシステムを解体し、その構造、機能、動作原理を解析するプロセスです。
ここでは調査解析目的でプログラムの著作物の利用を想定しています。
具体的な内容は
ことが文化庁に触れられています。
カメラやプリンターの開発
正確に言うと「美術品の複製に適したカメラやプリンターを開発するために美術品を試験的に複製する行為」が該当します。
3DCG映像の作成
具体的に言うと「特定の場所を撮影した写真などの著作物から当該場所の3DCG映像を作成するために著作物を複製する行為」です。
ただし、
テレビ番組の録画機器の開発
DVDでもブルーレイレコーダーでもいいです。
法47条の4(電子計算機における著作物の利用に付随する利用等)
キャッシュ(ウェブサイトの表示、スマホのアプリの動作)
ブラウザキャッシュは、インターネットブラウザがウェブサイトを表示する際に一時的にデータを保存するための仕組みです。
ブラウザはウェブサイトを訪れると、そのページの要素をキャッシュに保存します。
キャッシュに保存されたデータは、次回同じページを訪れた際にサーバーから再度ダウンロードする必要がなくなるため、ページの読み込みが速くなります。
キャッシュへの保存は著作権法上複製に該当します。そのためただウェブサイト表示しただけで著作物利用になり本来であれば複製権侵害にもなりうる行為です。
またブラウザだけではなくスマートフォンのアプリで動作する際に一時的にデータを保存するというキャッシュも該当します。
ミラーリング
ミラーリングは、データやシステムの完全なコピーを別のデバイスまたはサーバーに作成するプロセスです。主に、データのバックアップ、災害復旧、データ整合性の維持のために使用されます。ミラーリングは、データ損失のリスクを軽減します。一方のデバイスに問題が発生しても、もう一方に完全なコピーが存在するため、データを安全に保つことができます。データの複製が著作物利用に該当します。
動画共有サイト(Youtubeなど)でのファイルの送信
Youtubeなど動画共有サイトに動画などの著作物のアップロードを行う際に,ファイル形式を統一(複製)や各種ファイルの圧縮をする行為がこれに該当します。
スマホの乗り換え機種変更など
スマホの乗り換えや機種変更の際にデータを移す行為も該当します。
バックアップ
第2層 権利者に及び得る不利益が軽微な行為類型(47条の5)
法第 47 条の5(電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等)
検索エンジン
検索エンジンンなど「所在検索サービス」による著作物利用を認めています。
ウェブサイト検索、画像検索、楽曲検索、書籍検索、テレビやラジオ番組の検索など幅広い検索サービスでの著作物利用を想定しています。
コネクテッドカーサービス
コネクテッドカーサービスは、インターネットや他の通信ネットワークを介して車両が提供するデータを活用するサービスです。例えばGPSと車載センサーから得られるデータを基に、交通状況や最適なルートを提供します。この時、データの提供などに著作物のデータを複製などの利用行為が行われます。
推薦システム
推薦システムは動画サイトやSNS等でのユーザーの書き込んだ内容や閲覧している内容からユーザーの好みや行動履歴に基づいて、情報解析を行い、個々のユーザーに合った商品、サービス、情報などを提案するシステムです。
クリニカルデシジョンサポートシステム
クリニカルデシジョンサポートシステムとは患者の健康記録、臨床ガイドライン、医学的な知識ベースなどの情報を統合し解析することによって、個々の患者に最適な治療選択肢を提示するサービスです。
おわりに
生成AI開発のために著作物の利用をするなら著作権者に許諾を得て対価を支払え
といった言動を耳にしますが、なぜ権利制限第1層、権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型に該当する著作権法30条の4の2号情報解析に対して許諾や対価が必要なのでしょうか?
また著作権者に無許諾で勝手に著作物の利用をして申し訳無いとは思わないか
という言動も聞きます。
生成AI開発は特殊なケースですが、もし皆さんに分かりやすい例をお出ししますと同じ権利制限第1層には法47条の4電子計算機における著作物の利用に付随する利用等があります。これは前述の通りキャッシュやバックアップを法律で認める条文です。
ブラウザはサイトを表示するとそのサイトのデータを著作物も含めてキャッシュに保存します。これは著作権法上複製に該当し、本来であれば権利者に無許諾に行えば複製権侵害になります。同様にスマホアプリを動作した場合にもキャッシュへの保存が行われます。
それではみなさんにお聞きしますがサイトを表示する度、スマホアプリを起動する度キャッシュへ保存のため無断複製される著作物データに関して著作権者に許諾を取れとか対価を払えとか申し訳無いという気持ちになったことはありますか?
いちいちみんながそんなことしたら逆に著作権者に迷惑ですし、誰もが無意識にもしかしたら全く著作物利用について知らずにサイトやアプリを開いてキャッシュへ保存していると思います。もちろんこれらの行為は権利制限規定第1層権利者の利益を通常害さないと評価できる行為類型に該当する法47条の4で認められているので問題ありません。
生成AI開発のための非享受利用目的の情報解析もキャッシュへの保存と同じ権利制限規定第1層に位置していますので少なくとも著作権法上では著作物利用に関しての意識はウェブサイトの表示やアプリの動作と変わりがありません。
たまに生成AI開発のための著作物利用は二次創作と同格見たいな言動している人が見受けられますが、全く異なります。
二次創作は著作権者の利益を害し、根拠条文の無い権利侵害で成立していますが
生成AI開発は権利者の利益を通常害さないと評価できる権利制限第1層に該当する法30条の4を根拠に適法に著作物利用が行われています。
そのため生成AI開発と同じ格の相手は権利制限第1層に該当する法30条の4内の著作物利用や法47条の4で認められている著作物利用です。
つまり
人工知能開発のための著作物利用はキャッシュと同格です。
参考資料
中山信弘『著作権法(第4版)』有斐閣 (2023/10/31)
条解著作権法(小泉直樹他、弘文堂、2023年6月15日)
文化庁著作権課、令和元年10月24日、デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方(著作権法第30条の4,第47条の4及び第47条の5関係)
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