Vol.12 大切だったもの
〈プロフィール〉
名前:恭司(35)
職業:投資家、フリーランスコンサルタント、ワインバー経営
「恭司さん、今日も最高のワインをありがとうございました!」
西麻布交差点近くのマンションの一室にある看板のないワインバー。
僕は、本業であるコンサルタント業務の傍ら、このバーを経営している。
元々ワインを管理するために所有していたマンションを改装し、3年前にワインバーを始めた。
今では『ここに行けば良い状態の最高のワインが飲める』という口コミが広がり、芸能人のお忍びや経営者たちの会合にも使われるようになっている。
今日は経営者仲間の集いがここで開催され、世界に冠たるワインを開けた。
伝説の作り手、ルロワのコルトン・シャルルマーニュ、ロマネ・コンティ社の単独所有畑ラ・ターシュや、ドン・ペリニヨンの中でも熟成期間の長いレゼルヴ・ド・ラベイ。
今となっては、いくらお金を積んでも流通量が少なく、仕入れることすら難しいワインばかり。
「たくさんワインを飲まれている恭司さんでも、“いつか飲みたいワイン”ってあるんですか?」
カウンター越しから、ユリさんが聞いてきた。
彼女は、恋人とヴィンテージ・ポートをじっくり楽しんでいるところだった。
「ありますよ。“いつか飲みたいワイン”が……」
目の前の幸せそうなカップルを見ているうちに、自分のかつての記憶が急に思い起こされた。
「この話は長くなりますけど、いいですか?」と断ってから僕は、語り始めた。
彼女との出会いは、もう15年以上前になる。
美雨とは、上智大学在学中に出会った。
僕が、たまたま学部の課題書を探しに図書館を訪れたときに、本を探していた彼女を見て一目惚れをする。
170センチ近い高身長で、胸の下まで伸びたサラサラの黒髪が印象的な女性だった。そして、誰とも群れないという確固たるオーラを放っていた。
それから僕は『今日も会えるかな』という気持ちで、自己啓発書やビジネス書を借りに図書館に出向くようになる。
とうとう、貸し出しカウンターで彼女と横並びになった時に、意を決して、僕は自分から話しかけた。
「よく会うね」
しかし、その時の彼女の反応はとても冷たいものだった。
僕が持つ本の表紙を一瞥し「私、ビジネス書はほとんど読まないの」と言い、借りた本をさっとカバンに入れて帰ってしまった。
普通はそこで拒否されたと思って、引き下がるのが普通だろう。
でも、僕は、美雨のことが知りたくて、カウンターに置かれていた彼女が返し終わったばかりの本を借りることにした。
その本は、フランス語で書かれた原書の『Le Petit Prince』(星の王子さま)だった。
僕は、読めないので日本語版も一緒に借りた。そして後日、美雨に話しかけた。
「『星の王子さま』って面白いね」
「内藤濯訳を読んだの?河野万里子訳の方が初めはいいんじゃない?」
その言葉を聞いて、僕は、すぐに河野万里子訳を読み、彼女に報告をした。
訳者の違いで文章の印象が変わることに驚いたことを覚えている。
「で、私と仲良くなりたいの?」
「うん」
僕が即答すると、彼女が笑った。そして、僕らはついにお茶をすることになった。
なぜ美雨が僕に気を許してくれたのか、今となっては理解に苦しむが…。
「なんだか恭司って、真っすぐで、憎めないのよね」
その言葉を褒め言葉と受け止めて、アプローチをし続けた。
根負けをした彼女と付き合えることになった。
そのときは、もし“幸せ”に絶対量があるなら、僕の人生の幸せを使い果たしてしまうのではないかと思うくらいだった。
…そして僕は、その幸せを、本当に数年で使い果たしてしまう。
美雨は、卒業後、フランスの大学院への進学を決めた。
寂しかったが、留学後彼女は、日本に戻ってくる予定だったから、僕は待っていた。しかし、彼女は、そのままフランスに残り、政府関係の通訳の仕事をすることになる。
僕に相談はなく、美雨から就職が決まったという報告の手紙が届いただけ。
『僕のことは、何も考えてくれないんだね』と僕が返事を出したのが、彼女との最後のやり取りだ。
美雨の両親はODAの仕事をしていたので、幼い頃から海外を転々とする生活だったようだ。だから、彼女は日本での就職や生活をイメージできなかったのかもしれない。
僕は、大学を卒業後は、金融機関に勤めた。仕事は激務だったが、美雨のことを忘れるにはちょうどよかった。いつの間にかトップ営業マンとなっていた。
そして皮肉にも、乾いた心を癒してくれたのは、近付いてくる不特定多数の女性でもなく、美雨が教えてくれたワインだった。
大学時代僕らは一緒によくワインを飲んだ。
レストランでボトルで5,000円もしないワインを飲むこともあれば、ワイン好きの彼女の父親が気を利かせて、上質なワインを飲ませてくれることもあった。
だから、一足先に就職をし、美雨が恋しかった僕は、会社帰りによくワインバーやショップに立ち寄るようになって、ワインの魅力にさらに深くはまっていったのだ。
そんなときワインショップで『シャトー・マレスコ・サン=テグジュペリ』というフランス、ボルドー地方の赤ワインに出会う。
『星の王子さま』の作者のサン=テグジュペリの曾祖父にあたる人が作っていたワインだ。
美雨の帰国後に、一緒に飲みたくて、僕はそのワインを購入した。
◆
「ということで、僕が“いつか飲みたいワイン”は、『シャトー・マレスコ・サン=テグジュペリ』です。
今もセラーで眠っているので、正確に言うと、いつか“彼女と飲みたいワイン”ですね」
数百万を超えるワインや、貴重といわれるワインはたくさんあるが、僕にとっては、もっとも貴重な1本だ。
バーカウンター越しに質問をした、画家のユリさんは、涙目になっていた。
「誰にでも、物語があるんですね…。また絵が描きたくなっちゃいました」
連れの悟さんとユリさんは、このワインバーで出会った2人だ。
昔は来るたびに違う女性を連れていた悟さんは、今ではすっかりユリさんに惚れ込み、天然な彼女のペースに翻弄されている。
「今日もご馳走さまでした」
2人が帰り、ふとワインセラーの1番端にある『シャトー・マレスコ・サン=テグジュペリ』を取り出した瞬間…。
― カラン。
店のドアベルがなる音がした。
― 今日はもう予約が入っていない。ユリさんたちが戻ってきたのか…?
振り向くとそこには…。
「だいぶ前に日本に帰ってきてたの。恭司がここでお店をやってるって人から聞いて…。入っても大丈夫?」
そこには、美雨が立っていたのだ。
紺色のワンピースからのぞく手足は、20代の女性の曲線とは違う輝きがある。目の横にできるうっすらした笑い皺に、洗練された女性の色気さえ感じさせる。
最後に会ってから10年近くの年月が経過しているが、美雨は変わらず美しかった。
結局のところ、この女性に今も昔も惚れているのだと、嫌でも思わされた。
僕は「一緒に飲みたいワインがある」と伝えて、美雨をカウンターに座らせる。
― もしも、このワインが美味しければ、何か起こるのだろうか…。
僕は、『シャトー・マレスコ・サン=テグジュペリ』ワインのコルクをゆっくり抜く。
しかし、コルクの匂いを嗅いだ瞬間、悟った。「現実はいつだって残酷だ」と。
天然のコルクで栓をされているワインは、100本に1本ほどの割合で“ブショネ”と言われるコルクが細菌に侵される現象が起こる。
ブショネのワインは、まるで使い古した雑巾のような香りがするので、とても飲めたものではなくなるのだ。
まさに、このワインはブショネのワインだった。
「…どうしたの?」
問いかける美雨に、笑いながら僕は正直に答える。
「…ブショネだったよ。実は、このワイン、美雨と飲むために昔買ったんだ」
照れ隠しに話す言葉が、自分でも止められない。
「バカだよな、俺、このワインが素晴らしかったら、もしかしたら美雨とまたやり直せるんじゃないかなんて思ってたんだ」
僕は、つい正直に話してしまう。すると、美雨も笑った。
「バカね、こんな私を…。私、7年前にフランス人と結婚したのよ」
美雨の話を聞けば聞くほど、自分が余計に恥ずかしくなる。
― さあ、お互いの幸せを願って、シャンパーニュでも開けるか…。
しかし、彼女は、深呼吸をして話を続けた。
「でもね、『君の心は僕にはないね』って夫に言われて、1年も経たずに離婚したの。私は、恭司のことが本当に好きだったのに、バカなことしたなって改めて気がついたわ。
それから仕事しかしてなかった…」
すると、なんと彼女もカバンから『シャトー・マレスコ・サン=テグジュペリ』を出した。
「いつか笑って恭司と飲めるかな、なんて期待して、昔パリの酒屋さんで買ったのよ。私のほうがバカね」
― 今なら『星の王子さま』の良さが昔よりもわかる気がする。
星の王子さまにとっての“薔薇”が、いつだって僕にとっては“美雨”だったのだ。
「じゃあ、もしもこのワインがおいしかったら、何かを期待していいってこと?」
美雨の言葉を聞きながら、僕は改めてワインのコルクを抜いて、恐る恐る状態をチェックする。
大切なものは目には見えないと、星の王子さまは教えてくれた。
その答えは、時として1杯のワイングラスの中に隠れているのかもしれない。
僕らの生まれ年の『シャトー・マレスコ・サン=テグジュペリ』は、小説のように美しく長い余韻を持つワインだった。
◆今宵の1本
シャトー・マレスコ・サン=テグジュペリ
(Chateau Malescot Saint Exupery)
フランス ボルドー地方 マルゴー地区
カベルネソーヴィニヨン中心のブレンドワイン。
所有畑は24haと小さいながらも、メドックの格付け第3級で、シャトー・マルゴーと隣接しているという恵まれたテロワールを持つ。
近年は化学物質や農薬を極限まで抑える製法を取り入れたワイン造りを進め、さらに国際的な評価も高まっている。
『星の王子さま』作者であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの曾祖父がシャトーを所有した際に、現在のシャトー名となった。
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