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洋上風力の風車サイズと風車単体の騒音の関係

前回の記事で、洋上風力の風車サイズと離岸距離の関係を取り上げました。

風車サイズと離岸距離の関係が適正かどうか判断するにあたって、以下の2点を挙げました。

  • 景観面:発電事業者が適切なフォトモンタージュを地元の方と早めに共有すること

  • 騒音面:発電事業者が陸地での騒音レベルをシミュレーションし、その結果を含む環境アセスを環境省が確認し、地元に開示すること

騒音面については、やり残し、というか、やりかけになっていたことがあります。それは、前回の記事を書くときに見つけた「エストニアの騒音モデリング調査レポート(以下、エストニア・レポート)」から得た知見です。

洋上風車の単体の騒音レベル

前述のエストニア・レポートで得た知見とは、洋上風車の単体の騒音データです。この調査では、①7MW風車×156基、②7MW風車×37基+12MW風車×70基(計107基)、③15MW風車×73基、④20MW風車×55基の4ケースについて、陸地での低周波音の影響を予測しています。

このレポートに、SG(シーメンスガメサ)7MW風車、GE12MW風車、Vestas(ベスタス)15MW風車の騒音データが載っています。ただし、20MW風車は現存しないため、その騒音データはVestas15MW風車の+9.6dB(デシベル)増しとかなりコンサバに想定されています。

ここで、かなりコンサバと書いたのには、根拠があります。このレポートに示された通り、SG7MW風車、GE12MW風車、Vestas15MW風車の騒音レベルに大差がないからです。

測定した全周波数帯域全体における騒音レベル(A特性)は、7MW風車:115dB、12MW風車:115dB、15MW風車:118dBです。ただし、7MW風車と12MW風車の測定風速が10m/sであるのに対し、15MW風車だけ11m/sと若干風速が速いです。風速が速いほど騒音も大きくなりますから、かなり近い値と見てよいでしょう。

周波数別に見てみると、人間が最も敏感に聞こえる1kHzでは、7MW風車:100dB後半、12MW風車:110dB前半、15MW風車:110dB前後です。低周波の100Hzでは、7MW風車:90dB後半、12MW風車:95dB前後、15MW風車:100dB前後です。いわゆる超低周波の10Hzでは、7MW風車:50dB後半、12MW風車:50dB後半、15MW風車:55dB前後です。(音圧レベルを「前半」「後半」「前後」と書いたのは、グラフから読み取っていて、数字を特定できないためです。)

周波数別に見ても、やはり7MW、12MW、15MWの風車の間で、騒音レベルにあまり大きな差はありません。正直、これは、かなり意外でした。

洋上風車と陸上風車の単体の騒音レベルの違い

次に、陸上風車との差異を見てみましょう。風力業界の中の人の過去案件値ではありますが、現行の3~4MW風車単体の騒音レベル(A特性)は、風速10m/sの場合、全周波数帯域全体で100dB後半、1kHzで100dB前後、100Hzで90dB前後、10Hzで45dB前後といったところです。これらの数値から、陸上風車と洋上風車にはだいたい5dB程度の差があるといえます。

この差分から、「洋上風力の離岸距離が、陸上風力の居住地域からの離隔距離と同じでよいの?」という疑問には、環境アセスで騒音シミュレーションの結果が明らかになるまで確かめられないということになります。

騒音シミュレーションには何が必要か?

発電事業者は、以下のようなデータから、風力発電所から居住地域に到達する騒音レベルをシミュレーションして、環境アセス(配慮書以降)に含めます。

  1. 風車単体の騒音データ(オクターブ・バンド・パワー・レベル)

  2. 風力発電所内の風車配置と居住地域の位置関係

  3. 風況データ(風向と風速の組み合わせ)

エストニア・レポートでも、これらのデータを使って、①7MW風車×156基、②7MW風車×37基+12MW風車×70基(計107基)、③15MW風車×73基、④20MW風車×55基の4ケースについて、陸地での低周波音の影響を予測したはずです。

反対派の騒音シミュレーション結果の読み方

前回の記事で紹介した草島議員の質問状にも、騒音シミュレーション結果がついていました。しかし、そこには風車数の事実誤認がありました。その事実誤認に基づくシミュレーションですから、その結果も誤りです。

もう一つ、気がかりなのは、「正しい風車単体の騒音データ(オクターブ・バンド・パワー・レベル)が使われたのか」です。草島議員の質問状には、どんな風車騒音データを使ったかが示されていません。本当に地元のために活動しているなら、正しいデータで正しくやり直すのが、地元の方への誠意ある対応でしょう。

正しいデータ

  1. 風車単体の騒音データ:エストニア・レポート

  2. 風車配置:遊佐町役場のフォトモンタージュ資料

正しいデータで正しくやり直すことは、誤ったデータでシミュレーションして名前を公開された専門家の名誉にも関わると思います。

環境省への期待

前回と今回の記事を通じて、専門知識を有しない一般の方の事実誤認、さらにそれにもとづくシミュレーションなどにより、誤りが流布されるおそれがあることが明らかになりました。

とはいえ、浅海域を使うには離岸距離を近くせざるをえないという日本特有の事情を考えれば、地元の方が懸念されるのは当然のことで、監督官庁も発電事業者も離岸距離の近さへの配慮がもっとあるべきだと思います。

離岸距離が近ければ、それだけ風車単体の騒音影響度は上がるはずです。よって、日本の環境省こそ、エストニア・レポートと同様の騒音モデリング調査を発電事業者に急がせる必要があります。また、経済産業省・国土交通省は、今後のセントラル方式の調査に騒音モデリング調査を追加することも必要でしょう。

まとめ

  • 7MW~15MWの洋上風車の間で単体の騒音特性に大きな差がない

  • 陸上風車より洋上風車のほうが単体の騒音はだいたい5dB程度大きい

  • 洋上風力の離岸距離が、陸上風力の居住地域からの離隔距離と同じでよいかどうかは、環境アセスで騒音シミュレーションの結果が明らかになるまで確かめられない

  • 草島議員の問題提起そのものは納得でき、かつ、専門家にシミュレーションを依頼した点も評価できる

  • しかし、事実誤認は訂正し、正しいデータで正しくやり直すべき

  • 離岸距離が近い日本だからこそ、環境省は、エストニア・レポートと同様の騒音モデリング調査が重要

  • 経済産業省・国土交通省は、今後のセントラル方式の調査に騒音モデリング調査を追加することも必要


雑学

騒音レベルの「A特性」とは、人間の周波数別の感度に合わせた音圧レベルの補正値です。測定値そのままの音圧レベル「Z特性」を「A特性」に補正するのは、風力に限らずあらゆる騒音調査において一般的です。ただし、超低周波音については、超低周波音の伝わり方・感じ方を考慮した「G特性」に補正します。前述のエストニア・レポートでも、陸地のおける低周波音の音圧レベルをG特性値で評価しています。

雑学からの脱線その1

エストニア・レポートを読んで、改めて思ったのは、離岸距離が近い日本で、プロトタイプ認証も取れていない風車を選んでよいのかということです。というのは、風車メーカーは、プロトタイプ(実証機)を運転して騒音レベルを実測するからです。

つまり、プロトタイプがなければ、騒音レベルもわかりません。騒音データのない風車は環境アセスを通せないはずなので、歯止めはかかるでしょう。

しかし、環境省に準備書を突き返されるまで気づかないような発電事業者も問題だし、そういう風車の選定に疑義を示さない技術デューデリジェンスでプロジェクト・ファイナンスを通す金融機関も問題だし、そもそもそんな発電事業者が選ばれてしまう入札制度、つまり、環境省と経済産業省・国土交通省の連携のなさも問題です。

雑学からの脱線その2

風力業界の中の人は、風車のスウィツシュ音を体感していますが、どんな音を低周波音というのか体感的な理解がありません。ましてや超低周波音は、可聴範囲外の音ですから、なおさらです。

環境省が実施した「風力発電等による低周波音・騒音の長期健康影響に関する疫学研究」などの文献で知識としての理解に留まります。

前回の記事をきっかけに、離岸距離が近い日本の洋上風力において、環境省の果たす役割は、(失礼ながら)経済産業省・国土交通省並みに重要と再認識しました。環境省さん、ごめんなさい。

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