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洋上風力の風車サイズと離岸距離の関係

当初はラウンド3の2海域の技術的な見どころをいくつか紹介しようかと思っていました。ところが、SNSで洋上風力の今後を左右しかねない話題を見かけて、このテーマに変更しました。

きっかけは、鶴岡市議会の草島議員のXへの投稿でした。一部事実誤認(後述)があるものの、大事なのは、「15MW風車の離岸距離が1kmでいいのか?」という問題提起です。「風車が大きくなれば、民家からの離隔距離も大きくとるべきでは?」というのは、自然な疑問だからです。

とはいえ、恥ずかしながら、風力業界の中の人も考えたことがありませんでした。しかし、言われてみれば、なぜこの疑問がラウンド3まで風力業界で話題にならなかったのかが、むしろ不思議なぐらいです。今回は、「この疑問への風力業界のあるべき対応」について考察したいと思います。

最初の問題提起:景観

2023年の草島議員から山形県への再質問状を紐解くと、風車サイズと離岸距離に対する最初の問題提起は、名古屋大学の宮脇勝准教授が2022年に都市計画学会で発表した『洋上風力発電施設の景観に関わる「海洋計画」と「離岸距離」に関する国際比較』という論文のようです。

この論文の大事なポイントは、「海外で離岸距離の短いものは、実証または比較的初期のもの」で、「海外では商用の洋上風車の離岸距離は日本より長い」という点です。日本でも景観の観点から望ましい洋上風車の離岸距離を検討すべきと提言しています。

この論文が風力業界で話題にならなかった(風力業界の中の人の認識)のは、都市計画学会という、ある意味、風力業界の外の世界だったからかもしれません。

もう一つの論点:騒音・低周波音

2023年の草島議員から山形県への再質問状のもう一つの論点として、騒音・低周波音が挙げられています。15MW風車×50基と事実誤認して騒音の影響を述べている点は間違いですが、「陸上風車よりもはるかに大きい洋上風車の離岸距離が1kmで騒音は大丈夫なの?」という疑問は、自然だと思います。

なお、事実誤認は、風車サイズと基数の関係です。正しくは、「遊佐沖洋上風力発電に係る環境アセスメント共同実施コンソーシアム」が環境影響評価(アセス)方法書で示した計画発電出力450MWから逆算すべきです。つまり、450MWの計画で15MW風車を採用するのであれば450MW÷15=30基です。50基になるのは9MW風車を採用した場合ということになります。

風車サイズと騒音レベルの関係

風力発電所は、総出力に合わせて、風車サイズと風車数を決めます。つまり、風車サイズを上げれば、それだけ風車数を減らせます。そのため、風力発電所から居住地区に届く騒音レベルは、単純に風車の単体サイズによって決まるものではないということになります。風車サイズを上げれば、陸地に届く騒音レベルも上がるとは限らないのです。

エストニアの気候省がHiiumaa風力発電所の騒音モデリング調査の報告書を公開しています。この調査では、①7MW風車×156基、②7MW風車×37基+12MW風車×70基(計107基)、③15MW風車×73基、④20MW風車×55基の4ケースについて、陸地での低周波音の影響を予測しています。

この調査結果を見ると、陸地における低周波音(G特性)レベルは、①>②>④>③となっており、単純に風車のサイズを上げたからといって、陸地での低周波音レベルも上がるわけではないことを示しています。

日本の洋上風力だけ離岸距離が近いのか?

前述の論文の事実関係をざっくり確認するのに、便利なウェブサイトがあります。それは、4C OffshoreのGlobal Offshore Renewable Mapです。世界中の洋上風力プロジェクトを地図にプロットしたもので、運転中(緑)、建設中(オレンジ)、計画中(ラベンダー)から中止(枠のみ)になったプロジェクトまで、ありとあらゆるものが網羅されています。

これでざっくり欧州、北米、南米、東アジアと見てみましょう。海外の洋上風力プロジェクトと比べると、たしかに日本のプロジェクトだけ、まるで接岸しているように見えます。

では、海外にも本当に15MW風車で離岸距離の近いプロジェクトはないのでしょうか。Global Offshore Renewable Mapで見ていくと、デンマークの小ベルト海峡にも洋上風力プロジェクトが計画されています。

出典:Global Offshore Renewable Map

上図の縮尺から見て、離岸距離は2~3kmに見えます。紫色は認可申請中を意味します。紫色と色なしのところがあるのは、色なし部分が中止されたことを意味します。

枠の内側をクリックすると、プロジェクトの概要が表示されます。紫色の部分は、認可申請中で、総出力165MW、風車数11基で計画されています。ということは、Capacityの数字をNum.Turbinesの数字で割れば、風車サイズがわかります。このプロジェクトは、165MW÷11=15MWの風車で計画されているようです。

出典:Global Offshore Renewable Map

このようにGlobal Offshore Renewable Mapで見ていくと、デンマークでは他にも同程度の離岸距離の計画があることがわかります。デンマーク以外にも、スペインの地中海沿岸、米国のメキシコ湾沿岸、ブラジルの大西洋沿岸などにも15MW風車で同程度の離岸距離の計画があることがわかります。

日本の洋上風力の離岸距離が近い理由

ここで「なぜ日本の洋上風力は離岸距離が近いのか?」について、背景を説明します。

最も大きな理由は、「日本の沿岸に風の強い遠浅な海がないこと」です。日本海だと、ざっくり言って、離岸距離1kmごとに水深が10m以上深くなるところばかりです。

モノパイル基礎の限界水深は、およそ40mです。仮に離岸距離3kmが義務づけられてしまったら、日本の沿岸にモノパイルの適地はなくなってしまうのではないでしょうか。

ジャケット基礎の限界水深は、およそ70mです。石狩湾や響灘などの港湾プロジェクトで、ジャケット基礎が採用されていて、技術的には確立されています。しかし、水深30m以深の工事は、それなりに大きく特殊な工事船舶を必要とし、港湾に比べるとはるかに難しくなります。

まずは浅海域から始めて、技術的な習熟度をステップアップしていくのが道理です。いきなり深海域から始めるのは、運転免許とりたててでF1に出るぐらい技術面でも安全面でも無謀で、国家事業ですべきではありません。そのため、初期のプロジェクトが浅海域に絞られるのは当然で、その点では海外も全く同じです。

海外の洋上風力が離岸距離を遠くできる理由

では、なぜ海外の洋上風力では離岸距離を大きくとれるのでしょうか?

欧州の場合、北海でどんなに離岸しても、せいぜい水深40m以内におさまるところが多いからです。これは台湾海峡(フォルモサ海峡)も同じです。だから、離岸距離を大きくとれるのです。

ちなみに、台湾海峡以外では、台湾の海も日本同様に、急に深くなります。そのため、Global Offshore Renewable Mapで台湾南部を見てみると、開発検討中(グレー)の海域で離岸距離の近いところがあります。

日本の国益を考えれば、浅海域をなるべく使おうとするのは当然です。
ただし、それには、離岸距離をとれないことへの配慮が必須です。

風車サイズと離岸距離はどうあるべきか?

風車サイズと離岸距離の関係を考える上で大きな論点は、「景観」と「騒音」です。

景観面の配慮

2023年の草島議員から山形県への再質問状では、風車の配置と寸法を反映したフォトモンタージュの公開を求めています。これも、普通の要求だと思います。というのは、発電事業者は環境アセス(準備書以降)にフォトモンタージュをつけるはずだからです。

専門知識のない一般の方によるフォトモンタージュは、事実を踏まえず、風車をギューギュー詰めに見せて、お住まいの方の不安を無駄にあおるものが多いです。そのため、専門知識のある発電事業者が早めにフォトモンタージュを作って、地元の皆さんにご覧いただいたほうがよいのです。

出典:Pixabay

ちなみに、2023年の草島議員から山形県への再質問状にもフォトモンタージュがついています。これは、前述の通り、15MW風車×50基という事実誤認によるものです。「遊佐沖洋上風力発電に係る環境アセスメント共同実施コンソーシアム」が環境影響評価(アセス)方法書で示した計画発電出力450MWから、15MW風車であれば30基、50基であれば9MW風車の風車になります。

その意味で、遊佐町役場が15MW風車を想定したフォトモンタージュを作成して公開したのはすばらしい対応です。適切に15MW風車で30基を想定したものであり、草島議員の事実誤認を正す回答になっています。

余談ですが、上図のような風車ギューギュー詰めの写真を見たら、疑ってください。現代の風車配置は、風車が近接しすぎることによる悪影響(ウェイクとブロッケージ効果)を考慮しています。上図のように、ギューギュー詰めにしたら、発電効率が悪すぎるのです。発電事業者がわざわざ自分の首を絞めるようなギューギュー詰めの計画をするはずがありません。それは、洋上風力よりも小さい風車を使う陸上風力でも同じです。

騒音面の配慮

騒音・低周波音の影響を避けるために、民家と風車の離隔距離を検討するのは、陸上風力では普通です。

発電事業者は、風車メーカーから、風車騒音に関する資料(オクターブ・バンド・パワー・レベル)を取り寄せて、風車の騒音レベルに見合った民家からの離隔距離を考慮しているはずです。想定騒音レベルに基づく離隔距離は、環境アセス(準備書以降)に求められるからです。

ラウンド1で13MW風車、ラウンド2で15MW風車を採用している事業者がいます。つまり、環境省は、13MW風車、15MW風車の環境アセスを通じて、それらの騒音レベルを把握しているはずです。ならば、環境省は、そこで得た知見を経済産業省・国土交通省に共有してほしいものです。

前述のエストニアの騒音モデリング調査の通り、単純に風車サイズから陸地での低周波音レベルが決まるわけではありません。しかし、エストニアと日本では離岸距離が違います。環境省は、離岸距離が近い日本でも同様なのかを確認・公表すべきです。この確認なしに、工事、運転と進んでしまったら、洋上風力が迷惑施設と化すリスクがあり、今後の再エネ政策のブレーキになってしまいます。そのほうがはるかに国益を損ねます。

日本の洋上風力のステップアップには、離岸距離が近い浅海域から始めざるをえないのですから、環境省にはこの確認を優先してほしいものです。

まとめ

  • 日本の洋上風力のステップアップには、離岸距離が近い浅海域から始めざるをえない(いきなり深海域で浮体式など無謀の極み)

  • 風車サイズとの離岸距離の関係は、景観と騒音から考慮すべき

  • 景観面は、発電事業者がフォトモンタージュを示す、または環境省が発電事業者の環境アセスの中のフォトモンタージュを示すことで対応すべき

  • 騒音面は、風車単体サイズでは決まるものではないが、離岸距離が近い場合でも同様なのかは、環境省が確認・公表すべき

    • それには、発電事業者が陸地での騒音レベルを予測し、その結果を環境アセスに含め、環境省が各海域の結果から確認

  • 風車サイズと離岸距離の関係は、離岸距離が近い日本ゆえの課題のため、環境省・経済産業省・国土交通省が優先的に確認すべき

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