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洋上風力入札制度(公募占用指針)見直しの論点7選

2022年5月30日(月)に開かれた入札制度(公募占用指針)見直し会議の事業者ヒアリングの論点を7つ選んでまとめ、最後に「もし自分が事務局の担当者だったら」という観点で考察します。私が気になった論点は、以下の7点です。

  1. 早期運開(運転開始)インセンティブ

  2. 総取り規制

  3. コンソーシアム座組規制

  4. 価格と定性評価の配点バランス

  5. 事業実現性の配点バランス

  6. 選考結果の開示

  7. 選考委員の開示

1.早期運開インセンティブ

早期運開インセンティブにこだわっていたのは、JWPA(日本風力発電協会)ぐらいで、むしろ早期運開インセンティブのリスクを挙げる事業者が目立ちました。私が覚えている限り、事業者の皆さんが挙げた早期運開のインセンティブのリスクは、以下の3点です。

  1. 入札時点で予想していた以上の荒天

  2. ラウンド1・2事業者間のSEP船争奪戦への敗北

  3. ラウンド1の事業者の遅延による基地港湾(拠点港)の渋滞

事業者の多くは、早期運開インセンティブを入れるなら、上記による遅延をフォース・マジュールとして免責してほしいと要望していました。見直し会議の委員も事務局もフォース・マジュールは免責と捉えているようでした。

しかし、それならば、そもそも早期運開インセンティブ議論は破綻しています。なぜならば、特にリスク2とリスク3は、風力業界の多くの人たちが相当に高い確率で発生すると「予見」しているからです。予見しているなら、それはフォース・マジュールではありません。リスク2とリスク3がフォース・マジュールになるなら、事業者は、あえて「事業実現の迅速性」で高得点を取るためだけに、無茶な運開時期を申請するという無茶苦茶な戦略が正当化されてしまいます。以前の記事に書いた通り、早期運開インセンティブは全くの「茶番」です。

それでは、リスク2とリスク3が予見可能な理由についてまとめます。

リスク2は、カボタージュ規制によります。ざっくりいうと、日本国内の輸送・工事に従事する船は、日本船籍でなければいけないのです。そのため、「SEP船が足りなければ、海外から借りてくればよい」とはならず、海外船籍のSEP船を日本船籍に転籍させることが必要です。転籍には、法的な調整やら、権利関係の調整やら、クソ面倒くさい手続きが山ほどあります。日本船籍SEP船争奪戦に敗北した事業者やゼネコンが、海外SEP船を転籍させるというババ抜きは、ほぼ確実に起こる未来です。

リスク3は、基地港湾(拠点港)のキャパ不足によります。ラウンド1で、能代港が2028年末まで、秋田港が2030年末まで占用されたら、能代港を使う八峰町沖、日本海青森県沖、秋田港を使う潟上市沖、遊佐町沖、村上市胎内市沖など、ラウンド2に入るかもしれない最大5海域が影響を受けます。

基地港湾(拠点港)のイメージ

2.総取り規制

ラウンド1で同一事業者が全3海域を総取りしたことへの批判を受けて、入札制度見直し会議が検討してきた総取り規制については、事業者間で意見が割れました。

総取り規制に賛成する事業者は、「公共の海域を使って事業を行うからには独占があってはならない」という経産省の立場を支持するものです。これに対して、総取り規制に反対する事業者の言い分は、「海外では1海域だけで1GW規模だから総取り規制が成り立つ。1GW規模なら、海外風車メーカーの工場誘致などサプライチェーンをローカライズできるが、1ラウンド1GW未満の受注では、メーカーがサプライチェーンをローカライズすることはない」というものでした。

GEと東芝は、東芝による日本向け洋上風車生産に関する提携について公表しています。しかし、ラウンド1の風車を日本で作ることは決定していません。Vestasも「長崎でナセル組み立てを検討」というニュースが出ましたが、こちらも決定していません。上記の反対意見は、見直し会議の委員と経産省・国交省に「国内サプライチェーンづくりと総取り規制のどちらが大事なのか」を問う重要な意味を持つ発言です。

3.コンソーシアム座組規制

前回の見直し会議から唐突に盛り込まれた「同一ラウンドのコンソーシアムの構成員を変えてはならない」という規制案については、案の定、複数の事業者が反対しました。事業者からは「コンソーシアムは、公募占用指針が出る何年も前に組成しなければ、そもそも事業を計画できないので、このような規制は予見性がなく対応不可能」という至極まっとうな反論の余地ゼロの完ぺきな回答がありました。

4.価格と定性評価の配点バランス

前回の見直し会議では、「ラウンド1と同じく、価格点のトップスコアは満点に引き伸ばすが、定性評価点のトップスコアは満点に引き伸ばさずそのまま」という事務局案が提示されました。

これに対して、JWPAや他の事業者だけでなく、見直し会議の委員からも、「価格点のトップスコアを満点に引き伸ばすなら、定性評価点のトップスコアも満点に引き伸ばすべき」という意見が出されました。事業者からは、「価格点だけ満点に引き伸ばせば、ラウンド1と同じく価格で勝負したもの勝ちになり、今回の定性評価の見直しは意味をなさない」というこれまた正鵠を得た回答がありました。

この点について、事業者の意見はほぼまとまっているように見えますが、見直し会議の委員の間では意見が割れています。見直し会議では、「事業実現性や地元貢献が一定のレベルに達していれば、国民負担を減らすために価格優位で決めるべき」という価格優位派の委員が多いせいか、経産省・国交省は、ルール変更しないままにしていました。今回の事業者意見を踏まえて、今後の見直し会議で、価格・定性評価均等を再検討するのでしょうか。

5.事業実現性の配点バランス

事業実現性の配点バランス、つまり、建設を重視した配点にするか、建設・運転均等に配点するかについては、この会議の最後に、事務局から事業者に質問がありました。これについては、事業者間で意見が割れました。

建設・運転均等派は、「運転期間のほうが建設期間よりもはるかに長く、適切に運転・保守されないことによる事業リスクは、建設リスクと同等に評価すべき」という理由を挙げていました。これに対して、建設重視派は、「運転のほうが期間は長いが、建設のほうが事業リスクは大きい」ことを理由に挙げていました。

この意見対立は、日本の陸上風力経験者未経験者の対立のようにも思えます。日本の陸上風力経験者は、例えば、保守が不十分な風力発電所で台風通過中の乱流でブレードがボキボキにやられたというような事例をよく知っています。

6.選考結果の開示

ラウンド1の選考結果では、落札事業者、価格点、定性評価の合計点だけが公表され、落選事業者や定性評価の内訳は公表されませんでした。この見直し会議で、事業者の多くが、落選事業者名と定性評価の内訳の開示を求めていました。

7.選考委員の開示

この見直し会議では、今後もラウンド1と同様に選考委員は開示しない案を示しています。理由は、「事業者から委員への働きかけを避けるため」です。5月30日の見直し会議では、JWPAや事業者からも、委員名の開示を求める意見が出ました。「長期間にわたって公共の海域を占用する権利を与える重大な選考であり、公正を期すために委員名を開示すべき」というのが、その理由です。

もし私が事務局の担当者だったら

上記の7点だけでも、この見直し会議では、委員間の意見対立、委員と事業者の間の意見対立、事業者間の意見対立と様々な意見対立があります。その中で、「長期間にわたって公共の海域を占用する権利を与える重大な選考」の基準となる公募占用指針をどう決着させるかは、頭も胃も痛くなる仕事だと思います。

それだけに、事務局(経産省か国交省)の担当者が、建設を重視した配点にするか、建設・運転均等に配点するかについて、事業者に意見を求めたことに驚きました。私が担当者なら、意見が割れたら面倒なことは絶対に訊きませんが、彼は訊いたのです。

このことから、私は経産省・国交省への批判的なコメントをやめようと反省しました。(過去記事の批判的なコメントもおいおい訂正します。ごめんなさい。)

おそらく前述の論点は、委員の間でも意見が割れて結論が出ず、事務局が困って素直に事業者に訊いたのでしょう。こんなことを素直に聞いてしまうぐらいなので、事務局は至って真面目です。だとすると、ただ事務局に実務を知っている人がいなくて、入札制度の見直し案に委員の意見を素直に取り入れてしまった結果が、今の見直し案なのです。

ということで、また誰にも頼まれてもいないのに勝手に、「もし私が事務局の担当者だったら、どうまとめるか」を思考実験してみます。

論点1.早期運開インセンティブ

早期運開インセンティブは、この記事の冒頭の通り、結論が詰んでいます。問題は、これをリクエストしたのが、経産省のトップたる萩生田大臣であることです。そこで、以下の論点で経産省の内外で根回しするしかないでしょう。早期運開インセンティブは、何の解決にも、だれのためにもならないのですから。

  • 早期運開インセンティブを通すには、予見可能な遅延をフォース・マジュールとする抜け穴を用意しなくてはいけない

  • この抜け穴を使って事業迅速性のトップスコアを取った事業者が落札するようなことが起きれば、ラウンド2以降の混乱は必至

  • 2030年までに洋上風力5.7GWの目標達成には、SEP船に対するカボタージュ規制の緩和基地港湾の早期確保が必要

  • インセンティブぐらいでどうにかなる目標ではない

論点2.総取り規制

前述の通り、国内サプライチェーンづくりと総取り規制は両立しない可能性があります。だとしたら、「国内サプライチェーンづくりを妨げてまで、総取り規制しなくてはいけないのか」という問いを、見直し会議に上げたいところです。もともと総取り規制の批判は、ラウンド1で落選した事業者から出てきたわけですから、「彼らを助けるための総取り規制とサプライチェーンづくりのどちらを取るのか」とも言えます。「経済」と「産業」を推進する「」なら、ここは勝負どころです。

論点3.コンソーシアムの座組規制

これは撤回でしょう。座組規制が委員からの提案によるものであったとしても、この見直し会議の事業者の完ぺきな説明で納得したはずです。

論点4.価格点と定性評価点の配点バランス

これは、委員の多数が価格優位派、委員の少数と事業者が価格・定性評価均等派というなかなか着地の難しい論点です。この結論を出すためには、価格優位派の「事業実現性や地元貢献が一定のレベルに達していれば、国民負担を減らすために価格優位で決めるべき」という論拠の穴を考える必要があります。この論拠が正しく見えるのは、それなりに事業が実現し、それなりに地元に貢献している前提だからです。

価格優位論の穴は、事業実現性の配点不足のせいで、無理な価格で勝ちに行けるようなら、事業の実現が遅れて、エネルギー安全保障を犠牲にしうること(間接的な国民負担)です。

日本の風車の設計基準を作り上げてきたあの委員が、価格・定性評価均等派であることも、価格優位論の穴を裏付けているように思います。委員は言葉に出していませんが、「日本の設計基準をわかっていない事業者は、ウィンドファーム認証でつまずくから、価格優位にすれば、運開に影響する」と危惧しているのでしょう。

ウィンドファーム認証だけでなく、基地港湾不足、カボタージュ規制によるSEP船不足など、事業実現性の課題が民よりも官に多く、日本の洋上風力は公正な競争ができる状態になっていません。その状況で価格優位で評価するには無理があります。それが価格優位論の穴です。

経産省・国交省から言い出すのはなかなか勇気が要りますが、「官が公正な競争環境を整えるまでは、価格・定性評価均等にせざるをえない」というのが結論でしょう。

論点5.事業実現性の配点バランス

建設を重視した配点にするか、建設・運転均等に配点するかは、結論が出しづらい論点です。「運転期間のほうが建設期間よりもはるかに長く、適切に運転・保守されないことによる事業リスクは、建設リスクと同等に評価すべき」という均等配点派の意見も、「運転のほうが期間は長いが、建設のほうが事業リスクは大きい」という建設重視派の意見も、互いに正論だけに難しいです。

ここでは、これらの正論が崩れる条件に注目したいと思います。私は、次の2点を挙げます。

  1. 選考委員が運転計画を正しく評価できるかどうか

  2. 建設と運転の事業リスクを同等に見ることができるか

1点目については、O&M(運転・保守)を正しく評価するのは難しいと考えています。洋上風力のO&Mは、陸上風力よりもさらに難しいです。例えば、O&M作業船の基地港(建設基地港とは別)の整備計画、遠隔監視データに基づくO&M作業船の運航計画など、陸上風力にない要素が事業リスクに深くかかわってきます。維持管理の統一的解説を書いている人がいるぐらいなので、そのだれかが選考委員になれば、審査できるのかもしれません。不本意な理由ではありますが、建設・運転均等配点にすべきかは、O&Mを正しく評価できるかどうかにかかっています。

2点目については、前述の論点5の通り、ウィンドファーム認証、基地港湾不足、カボタージュ規制によるSEP船不足など、建設の課題が民よりも官に多く、建設の事業リスクは高いです。これに対して、O&Mは、O&M基地港整備以外に官に起因する課題が多いとは言えません。建設における官の課題を解決するまでは、建設重視派の正論を崩しがたいです。

論点5は、すっきりしない書き方で、ごめんなさい。私自身は建設・運転均等配点派なのに、上記の2点の理由、しかもどちらも不本意な理由で、「建設重視やむなし」というモヤモヤした結論になってしまいました。読者の皆さん、もっとすっきりした案があれば、コメント欄で教えてください。

論点6.選考結果の開示

落選事業者や項目別の得点内訳も開示でしょう。ただし、これとセットで問題になるのが「論点7.選考委員の開示」です。

論点7.選考委員の開示

これは開示できないでしょう。開示のメリットとデメリットを比べたら、デメリットのほうが大きいからです。選考委員の条件には、「入札に参加したどの事業者の仕事も請けていないこと」があったはずです。どの事業者の仕事もしていないなら、日本で風力発電がらみの仕事をしていない人か、ウィンドファーム認証や専門家会議など第三者側の人でしょう。前者なら、風力の素人です。後者は学識経験者で、入札資料を読み込む時間は取れないはずです。そのため、多くの選考委員は前者でしょう。

そんな状況で、(特に前者の)委員名を開示したら、どうなるでしょうか。風力業界では聞いたこともない団体や名前が出てきたら、「なんだよ!素人に審査をさせたのか?」と炎上するに決まっています。

そう考えると、そもそも今回の入札制度の定性評価のルール見直しは「やりすぎ」であることがわかります。どの事業者とも仕事をしていない風力のプロは学識経験者の先生ぐらいしかいないので、風力の素人に近いような人でも審査できるようなルールにしないと、そもそも運用できないのです。

選考委員を開示できない代わりに、今回盛り込みすぎた入札制度の見直し案のどの項目が、見直し会議のどの委員のものか開示して、関係者に勘弁していただきたい(お茶を濁したい)ところです。

読者の皆さんへ

上記の7つの論点(のいずれか)について、「もし私が事務局の担当者だったら」という観点で、よりよい落としどころを思いついたら、コメント欄で教えてください。こういう前向きな思考実験をおもしろがってくださる方が増えれば、何らかの形で日本の風力政策に役立つのではないかと思います。

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