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ねこの思い出

子供の頃、年末年始は祖父母の家で過ごすのが慣例で、毎年とても楽しみだった。見たこと無い写真や絵の入った本のたくさんある、ちいさな縁側の一部が祖父の書斎になってる的なスペースがあって、祖父を追い出してずっとそこで本を眺めて過ごしていた。
どの時期にも家猫が必ず1匹いて、歓迎されていたかはよくわからないけど、出迎えてくれたものだった。
最後の家猫だった子は、秋にお寺からもらわれてきたので「アキちゃん」と呼ばれていた。あまりすり寄ってくる感じではなくて、タンスの上や食器棚の上からチラチラ見ている、そんな距離感の子だった。
ある年、祖母の家についてすぐ風邪をひいてしまったようで、私以外はみんなでかけて私はひとり家で留守番することになった。とにかく体調が悪くて、ずっと布団で寝ていた。
うとうとして、ふと脇におもさを感じるとアキちゃんが丸くなって寝ていた。体調は最悪だったが、なんだか嬉しくなりアキちゃんの背中を撫でてその体温を感じながらまたうとうとしていた。

結局、そのときは始終体調が悪かったのだが、祖父母の家を辞して、家に帰り着く頃には気づくとすっかり元気になっていた。親も首をひねっていたが「もしかして、アレルギーなのでは?」という話になり、血液検査を受けたところ、見事ネコとホコリの値が Max 振り切れてるという結果となった。なにかきっかけがあってネコアレルギーになってしまったのであった。
それ以降、祖父母の家に遊び行くときは、一人最寄り駅のビジホを取り、親戚が集まるときだけ家にお邪魔するという感じになった。
ネコのアキちゃん、近くにいるだけで息苦しくなったり、触ると肌がかゆくなったりという状態になってしまい、玄関まで迎えてくれたこともあったけど、全力で撫でてあげられないし、同じ空間にいるということが物理的にしんどくなってしまい本当に寂しかった。

それ以来家でも色々あり、あまり年末年始行かなくなってしまったのだが、アキちゃんが虹の橋を渡ってしまう直前、最後に顔は見ておきたいと思い会いに行った。祖母からはもうほとんど寝てばかりで食べたり飲んだりもしなくなった、と聞いていたので覚悟はしていたけど、設えてもらった寝床で静かに眠っている彼女の姿は、すっかりガリガリに痩せてしまい、声をかけても起きなくて、本当にもう長くないのだなと思って寂しくなってしまった。
そのあと、居間でお茶を頂きながらあれこれ祖母と親戚と話をしていたら、突然びっくりしたような声で「アキちゃん起きた!」
振り返ったら、風が吹いたら飛びそうなくらい小さくなってしまった猫が、ヨタヨタしながら静かに私の顔を見上げていた。

それから1週間立たずして、虹の橋を渡ったよ、という連絡があった。

あのとき挨拶来てくれたのは、お前最近顔見なかったけどどうよ?という感じだったのかな。知るべくもないけれど、ネコには不思議な力があるというのは強く信じている。

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