終わりのない冒険

 友達が一本のゲームソフトを持って遊びにやって来た。
 彼の持ってきたゲームタイトルは有名なシリーズの少し前の作品で、僕も発売当時に遊んだことがあるものだった。
「どうしてそんなの持ってきたんだよ」と僕はきいた。
「やりたくなったんだ」彼は答えた。
「昔、一度やったことがあるんだけど、ストーリーがどんなだったか思い出せないんだ。俺の家にこのゲームを遊べるゲーム機がないからお前のとこでやらせてくれよ」
 僕は承諾した。僕もこのゲームの記憶はあいまいで、結末がどうなるのか大きなところは覚えているのに細部が思い出せない。これまで意識していなかったが、こうして目の前にそのゲームがあると結末がどうなるのか気になって仕方がなかった。
 こうして僕らの数年ぶりの旅が始まった。

 ゲーム序盤の冒険はまだ記憶に残っている場面が多かった。欠けたピースを埋めるように、記憶から抜け落ちていたエピソードを補完していくのが楽しかった。友達はじっくりと探索をするプレイスタイルで、昔の僕が見落としていたアイテムを見つけたりして新たな発見があるのも面白かった。
 中盤になるとキャラの育成方針を話し合ったり、友達が疲れはじめると僕がコントローラーを握って彼が後ろから見たり、選択肢のあるイベントではどっちにするかでもめたり。そんな冒険を何時間も続けていると、とうとう最後のダンジョンにたどり着いた。
 いったん休憩してからラスボスに挑もうと彼が提案したので、近所の定食屋に入って夕飯を食べた。お互いに食べ終わり、じゃあ戻ろっかと僕が言うと、彼はもう少しゆっくりしていこうと粘った。
「どうしたの?」
「じつはさ、俺、ゲームのエンディング前って苦手なんだ」
「え?」
「これで冒険が終わるんだって思うと、やる気がなくなるんだ。やるせないっていうのかな。ゲームの世界を救って平和になったって、自分の世界は変わらないっていう現実に直面するのがいやなんだ」
 僕もそれはわかる気がした。
「じゃあ、続きをするのはやめとく?」
「いや、最後までやりたい。今度はエンディングを迎えたい」
 彼は立ち上がり、勘定を払いにレジへ向かった。僕もその後に続いた。

 最後のダンジョンは流石に難関だった。これまで育ててきたキャラでも太刀打ちできず、一つ手前のダンジョンでレベル上げをした。装備もいいものにして、戦略も練った。
 最後の戦闘の準備をしているなか、僕はさっきの彼の言葉が頭から離れなかった。これで冒険が終わる。ゲームのキャラをこれまで育ててきたのは、ラスボスを倒すためだった。ラスボスを倒したとたんにこのキャラの成長の意味が失われてしまうのか。僕も彼と同じようにゲームの虚無を覚えだした。
 ラスボスの部屋に到達した。最後の戦いというだけあって苦戦を強いられた。ボスの攻撃パターンを覚え、回復アイテムを惜しみなく使い、満身創痍でギリギリの立ち回りを繰り返した。そしてついに、主人公の最後の一太刀が決まり、ラスボスは倒れた。
 長いエンディングのあと、スタッフロールが流れはじめた。
「終わったな」彼が呟く。
「うん」
 真っ黒な画面に味気なく並ぶ製作スタッフの名前を、僕らは黙って見守った。
 最後のディレクターの名前まで流れたところで、画面は明るくなり、主人公の姿が映された。
「あれ。これどうなってんだ」彼が言う。
 そうだ。思い出した。
「このゲーム、ここが終わりじゃないんだ。エンディングのあともまだ冒険が残ってる」
「そうなのか」
「うん、最初のまちでゲームデータのダウンロードができるんだ。そこで追加イベントや本当のエンディングに挑めるようになる」
 僕たちは最初のまちへ移動した。手順通りに追加データのダウンロードを選択し、新しい冒険が始まるのを待った。
 しかし、画面には無機質な文字で「このサービスは終了しました」という文字列だけが浮かんでいた。
「古いゲームだから、続きのストーリーの配信は終わってる。もう遊べなくなってるんだ」
「そうなのか」
「せっかくだからストーリー全部見てみたかったのに」僕はがっかりした。あいまいにでも、まだこの先があったという記憶があるぶん、冒険が未完成という思いが強かった。
「と、いうことは」彼が言った。
「このゲームは、ずっとエンディング前で止まるゲームってことか」
「そうともいえる」
「そうかそうか」
「どんな気分がする?」
「エンディングを迎えられる状況であえて避けるのと、迎えるのを拒まれるのとでは、全然違うもんだな」

 その日は彼は僕の部屋で寝て、朝になると帰っていった。コンビニまで見送りに行って、そこで別れた。じゃあなと去っていく世界を救った勇者の背中は寂しそうに見えた。


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