田町くんのこと

 田町くんの家は緩い坂道の途中にあった。
 坂に建てられたお宅は、家の中も傾いているんだろうか。ぼくはその家の前を通るたびに、そんなことを考えていた。
 初めて田町くんの家に遊びにいったときにぼくは田町くんに聞いたのだった。どうして坂の上にあるのに、家はまっすぐになっているの。田町くんは教えてくれた。「コンクリートで土台を作って平らになるようにしてるんだよ」。
 田町くんには兄弟がいない。リビングに通されたぼくは、部屋の中をぐるっと見た。棚に置かれた写真立てには田町くんの両親と映る田町くんの姿があった。リビングに散らばった荷物は田町くんが読みそうな本と田町くんが遊びそうなおもちゃだった。
 田町君は冷蔵庫から取り出したお茶をコップに注いでくれた。冷たくておいしかったが、うちで飲むお茶とは味が違った。味の良しあしはわからなくて、ただ違うということだけが印象に残った。
 飲み終わったコップを流しにおいて、二階の田町くんの部屋に案内された。家には他にだれかいないの、と聞いたら、両親は共働きなんだと答えた。
 田町くんの部屋は妙に片付いていた。机の上になにも置いてなかったり、ベッドがしわなくベッドメイクされていたり、生活感がなさそうな片付きっぷりにすこし居心地が悪くなった。
 いつもは乱暴なことだってするのに、その日は落ち着いた遊びをした。田町くんの本棚のマンガを読んだり、ちょっとおしゃべりしたり。
 夕方のチャイムが鳴って、ぼくは田町くんの家を出た。
 帰り道の途中でほっと一息つくと、それまでずっと息をしていなかったような気持になった。
 田町くんの家にいる田町くんは、なんだかぼくの知っている田町くんとは違う人のような気がした。

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