大学入試を総合型選抜にすると富裕層に有利か?
日本の大学入試を従来の筆記試験ではなく、米国のような課外活動などを含めた総合型選抜にした方が良いのではないか?と言った意見を多く見るようになりました。一方でそうした選抜では経済的に恵まれた層、社会資本に恵まれた層がより有利になってしまうのではないか?という懸念も聞かれます。日本に住んでいる方には、教育の機会格差が大きい社会というのはちょっと想像するのが難しいと思いますので、米国の現状から考えた日本に総合型選抜を導入した場合の未来図をご紹介したいと思います。
総合型選抜にするとまず最初に、親戚に有名大の研究者がいるとか、政治家にコネがあるとか、知識階級につながりのある子供が目立つ課外活動をできるようになって有利になります。コネを使って直接の実績を出さなくても、子供の頃から偉い大人と話す場数を踏んでアドバイスをもらえるというのはそれだけでかなりのアドバンテージがあります。同様に裕福でキャリア経験のある高学歴専業主婦がいる家庭なども手間をかけられる点で優位性があると言えるでしょう。
次に塾や教育コンサルティング会社が現れて、受験の仲介やアドバイスをするようになります。そうなると親自身にそれほどのコネや能力がなくても、お金さえかければそれを買うことができるということですね。日本には今でも進学塾があり、中学受験や大学受験で大手の塾に通えば年間100万円前後の学費がかかる訳ですが、総合型選抜となると教育熱心層の課金額は現在の比ではなくなります。そもそもペーパーテスト対策にかかる金額などたかが知れています。一方でスポーツや楽器でセミプロレベルのスキルを身につけるためにコーチにつくとか、ボランティア団体を立ち上げるなどとなれば、桁違いの費用がかかるのは想像に難くありませんね。米国のハイエンドのコンサルティングでは、中学1年生から長期的な視野に立って課外活動のプランを立案するなど総合的なサービスを提供することで、6年間の総額で75万ドル(約1.1億円)の費用を徴収する例もあります。
こうした高額のコーチングを受けない家庭においても、出願書類の作成にコンサルタントを雇うケースが多く見られます。学力試験と違い出願書類でのアピールの仕方が大きく合否に影響する米国の総合型選抜においては、書類作成にあたってのアドバイスは重要だからです。こうした対策の費用は1時間で150-200ドル(2.2~3万円)、ハイエンドのサービスでは同1,000ドル(15万円)程度に達します。
Xでは「私立学校で受験に関する支援を受ければ良い」というご意見も見ました。確かに日本はある程度の大都市圏に住んでいれば子供が気軽に私立に通えるという大変恵まれた環境です。しかし、これも時間をかけて大きく変わっていくでしょう。そもそも日本の私立学校の格安な学費は、高校がほぼ大学受験のペーパーテスト対策だけをすれば済み、その結果1クラスの人数を増やすことができて人件費を下げられるからこそ可能なことなのです。日本の私立高校が、総合型選抜になっても大量の生徒を一流大に送る米国の私立プレップスクールのような学校になるには、個々の生徒の課外活動をサポートする教員、キャリア設計の相談に乗る多くのカウンセラー、個々の生徒に対応した少人数で多様な学級編成などが必要になり、現在の数倍の費用がかかります。このようなサービスを提供する米国の通学制私立高校の学費は年間4~5万ドル(約600-750万円)ほどです。物価や人件費の差などを考慮しても、日本であればおそらく現在数多くある名門私立中高のうち一部がこの形態に転換し、生徒一人あたり年間200~300万円の学費をとって主に富裕層の子が通う学校になるでしょう。
こうした教育環境が良いか悪いかについてはここでは述べません。良い教育にはそもそもお金がかかるものですし、このような教育にも長所があるでしょう。本当のエリートが日本に育てば、社会全体にも良い影響が期待できるかも知れません。一方で、現在はある程度確保されている日本の受験制度の機会平等は、大きく失われれることになりそうです。