#07 自分のHISTORY~1992年音楽と美容について
皆さん、こんにちは。
ビューティークリエイティブエバンジェリスト(美容家)、美容師、ヘアメイクアップアーティスト、の柳 延人(やなぎ のぶと)です。
今回は、#06に続き、日本の職人技術を再認識した、1992年の音楽と美容について書きました。
1.HISTORY
貿易管理制度について、化粧品輸入事業を行う場合、化粧品製造販売許可を受けていれば良い事を後に知るのだが、この時は知る余地もなかった。
当時、舞台の仕事でウィッグの発注を受けていたのだが、中国にある日本の大手かつらメーカー工場の下請け工場に発注する事で、かなりコストが抑えられるので、うちの会社から、かなりの数の発注をかけていた(現在、写真のようなクオリティーの高いウィッグも中国で作られています)。
出典:http://kathelyn.jp.ecplaza.net/6.asp
発注方法は、手書きのデザイン画と発注書を郵送、先方に届いたら国際電話が入り確認、送金を行い、確認後に製作という流れだった。
輸入を行なっていたウィッグは、雑貨扱いなので、特に受け取りに問題がなかったのだが、この時、ウィッグの髪をブラシでとかすために付けるためのオイルをプラスでオーダーした時、税関に引っかかってしまい、品物が届かなかった。
受け取り方法を考えてみるものの、良法が思いつかず、急いでいた事もあり、とりあえず知人に紹介された、輸入代行たる会社を頼ってみることにした。
ウィッグたちは、本番を控える舞台で使用する小道具なので、物が届かないと取引が成立しないばかりか、本業であるヘアメイク事業も欠陥者扱いとなってしまうので、かなり焦っていたが、事態はさらに最悪となったのだった。
輸入代行の会社は、マンションの一室で行なっているような会社で、いわゆる倉庫を自社で持っておらず、貸し倉庫を使用していて、届いた品物を自ら取りに行かなければならなかった。
荷物が届いた連絡が入り、倉庫に取りに向かった。場所は、かなり地方だった。
到着した場所は、かなり大きな倉庫で、預かった伝票を元に、荷物を探してもらい、なんとか受け取ることに成功して持ち帰ることができた。
余計な予算はかかったものの、無事受け取れて一安心、、と思ったのも束の間、、
段ボールを開けて中身を見ると、そこにはウィッグ用のオイルがギッシリ💦
肝心のウィッグが入っていない、、、(;゜゜)
伝票を確認し、すぐに電話をした。電話に出たのは中国人で、日本語は皆無💦
日本語ができるスタッフに電話を代わって欲しい事が、どう話してもうまく伝えられず、イライラ、、
やっと代わってもらった日本語のできるスタッフに状況を話すと、
スタッフ:『今回は、ウィッグ頼まれていない』
柳:『発注書とデザイン画送ったよね?』
スタッフ:『確認の電話の時、オイルをお願いしますと言った』
柳:『いや、オイルも一緒にお願いしますって言ったし、あくまでもウィッグありきでだよ!』
スタッフ:『でも、今回は作ってない』
柳:『送金したよね?』
スタッフ:『だから、代金の分、オイルを送った』
一向に引かない中国側のスタッフ、我慢の限界、、、
そして僕はとうとうキレてしまった、、『てめ〜!・・・・・・・』
結末はというと、、、
訴訟起こすと言われ、悪かったと誤ったが、もう二度とうちからの仕事は受けないとの宣告、、先方と分かち合う事はできませんでした。。。
さらに、オーダーしたウィッグは、僕の手元にやってきませんでした。。。
『短気は損気』
身に沁みました。´д` ;´д` ;´д` ;
生きた心地がしない、、、
どうしたら良いのか、、、
舞台の本番まで、約2週間、、、
そんな時、呑み仲間から、日本の老舗のかつら屋なら、なんとかしてくれるんじゃない?とアドバイスをもらった。
偏屈な職人が多いので、見向きもしなかった日本のかつら業者だったが、技術は本物なのは間違いない。
しかし、短期間でクライアントを納得させるウィッグを作るため、背に腹は変えられない。。
そして、日本の老舗かつら業者にお願いした。
初めは、憮然とした態度で対応されるも、
必死の交渉の末、なんとか受けてもらえることになった。
約一週間後、だいたい出来たとの連絡が入り、早速ウィッグを見に行った
すばらしいーーーーー
日本のかつら技術は、群を抜いていた。
海外の技術は目じゃない。
日本の職人は凄い。
出典:http://www.taiyokatsura.jp/taiyokatsura2.html#女形
僕は心の中で、日本のかつら職人の方々に、ごめんなさいと詫びた。
そして、調子に乗っていた自分を責めた。
仕事的には大きな赤字になったが、この時を境に僕は、海外からの輸入事業をやめた。
そして、改めて思った。
日本の技術は素晴らしい!
日本の技術で事業を営もう!
会社2年目にして、日本の会社である事にこだわりを持つ事を決意した。
そして1992年、
この年に所帯を持つ事になる。
人生を決断したこの年、飛躍のきっかけがやってくるのだった。
2.MUSIC JAM
ここでは、僕の記事の内容の年代に流行っていた洋楽の中から、柳レコメンド曲を僕なりのライナーノーツとしてご紹介していきたいと思います。
僕が、日本の職人技術を再認識した1992年、この年の僕のレコメンド曲は、ホイットニー・ヒューストンのオールウェイズラブユーです。
ホイットニー自身が、映画「ボディガード」に出演し、サントラ売上は4000万枚を超えるという快挙でした。
実はこの曲、シンガーソングライターであるドリー・パートンが作詞作曲しレコーディングしたカントリーの楽曲で、ドリー自身の27曲目のシングルであり、カヴァー曲なのですが、意外に知られていません。
今でも、結婚式で使われることが多く、ウェディングソングの代表曲としても、レコメンド致します。
そして、1992年のビルボード年間シングル・チャートはこちら
1. エンド・オブ・ザ・ロード / ボーイズIIメン
2. ベイビー・ゴット・バック / サー・ミックス・ア・ロット
3. ジャンプ / クリス・クロス
4. セイヴ・ザ・ベスト・フォー・ラスト / ヴァネッサ・ウィリアムス
5. ベイビー・ベイビー・ベイビー / TLC
6. ティアーズ・イン・ヘヴン / エリック・クラプトン
7. マイ・ラヴィン / アン・ヴォーグ
8. アンダー・ザ・ブリッジ / レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
9. オール・フォー・ラヴ / カラー・ミー・バッド
10. ジャスト・アナザー・デイ / ジョン・セカダ
11. アイ・ラヴ・ユア・スマイル / シャニース
12. トゥ・ビー・ウィズ・ユー / ミスター・ビッグ
13. アイム・トゥー・セクシー / ライト・セッド・フレッド
14. ブラック・オア・ホワイト / マイケル・ジャクソン
15. エイキィ・ブレイキィ・ハート / ビリー・レイ・サイラス
16. アイル・ビー・ゼア / マライア・キャリー
17. ノーヴェンバー・レイン / ガンズ・アンド・ローゼズ
18. ライフ・イズ・ア・ハイウェイ / トム・コクラン
19. リメンバー・ザ・タイム / マイケル・ジャクソン
20. ファイナリー / シー・シー・ペニストン
3.BEAUTY
ここでは、僕の記事の内容の年代に流行っていたビューティーに纏わる内容をご紹介していきたいと思います。
1992年は、バブル崩壊の兆しから、美容室・理容室の利用者が減り、手軽なホームカラーのカラーリンスが市場が急成長した年です。
美容院の出費を抑えようとする傾向から、ホームケアで手軽でできるカラーリンス利用者が増えました。
カラーリンス(カラートリートメント、カラーバター、パーマネントカラー)は、テクニックいらず、ダメージレスで、現代でもヘビーユーザーが多い商品です。
白髪量がまだ多くない30 ~ 40代も、しっかり染めよりぼかす人が増え、白髪世代は、しっかり染めるより自然に隠す(ぼかす)方が親和性が高いこと、また、白髪染めは年配の人、白髪量が多い人が使う最終手段で、できれば使いたくないと考えている方へのアプローチが成功した事が、白髪市場でも伸びた理由だと言われています。
ちなみに僕の美容室IBIZAでは、マニックパニックやカラーバターを中心とした、パーマネントカラーがとても人気です。
タイトル写真出典
http://www.taiyokatsura.jp/taiyokatsura2.html#女形
http://yogaku-yosho-yoga.blog.jp/archives/8955252.html
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