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生きてる時間で出来る事。

盛夫の朝の備忘録#656

おはようございます😊

昨日は、朝から松合の「まっちゃ朝市」に母が出店するので出店と撤収を手伝って、帰ってからガレージで木工作業して、昼から買い物に出て、帰宅してから夕方から家族と団欒し、球磨焼酎を飲みながら相撲を見て夕食を食べて、ご機嫌で寝た。

良い1日であり、有意義な1日でしたが、暇なわけではありませんでした。

何を言いたいかと言えば、今日は、あえて母以外の人との約束をしない日にしてたわけです。

先週は、不知火花火大会や森林浴リトリートなどのイベントや「1日もりお利用権」の活動が連続してて、充実してたのですが、ここでまた予定を詰めて走ってしまうとヤバいなと直感的に感じていたわけです。

自分のペースで積み重ねる。

これが今年の私のテーマでもあり、反省点を活かした私の改善方法なのです。

走り過ぎる癖が私にはあります。

この事は、今年の上半期の反省点でした。

頼まれると断れない。
困っているのを見ると手を差し伸べたい。
その為に、私はいつも抱え過ぎてパンクしてしまいます。

昨日は、藤崎宮のお祭りでしたが、かつて参加してた団体から役員のお誘いがありましたが、お断りさせて頂きました。

何故お断りさせて頂いたかは、今年の上半期の出来事が、大きく関わっています。

かつて、この備忘録でも書きましたが、5月に2年振りに鬱症状が再発して、色々と多方面にご迷惑をおかけして、ズッコケた件が大きな理由の1つです。

1月から4月までの期間の間に色々と抱え過ぎて、パンクしてしまい、自分では収集がつかなくなり、まさかの2年振りの鬱症状という事態を招いてしまいました。

家族の助けと周りの皆さんのご配慮のおかげさまで、なんとか体調は回復出来ましたが、その時の影響は、まだ尾を引いている事も多々あります。

こうして、私が元氣になって投稿すればするほど、納得いかない人がいる事も存じております。

実は、私自身がそうした人達に対して、どうすれば良いのかわかっていません。

私が鬱症状でズッコケて、迷惑をおかけして、謝罪して、回復したからと言っても、お相手の人達からすれば、私がご迷惑をおかけして、傷つけた事には変わりなく、お相手からすれば、納得出来ないのも承知しています。

罪を背負う。
関係回復が出来ない人が存在する。

私は、許されざる者として、烙印を押されてしまったわけです。
信頼を失い、関係を切られてしまった事で、互いに傷つきました。

その烙印のおかげで、私は学び、その後に先輩からの連絡に対しても、団体からのお誘いをお断りさせて頂きました。

烙印を押される事で、背負える量というのを学び、自分の癖を管理する事を心掛ける様になりました。

今の私には、自分の可処分時間がほぼないのです。

だから、あえてどの集団にも参加しないし、スポットでの支援しか今の私には出来ないのです。

今の私は、経済的に自立する事が第一条件なのです。

ですが、経済的自立も大事なんですが、皆さんとの関わりも継続していきたい。

そこで、皆さんとの関わりを継続しながら、経済的に自立を図る事を目的として、考えたアイデアが私と繋がりのある皆さんのお手伝いを行う「1日もりお利用権」という活動になりました。

「1日もりお利用権」の活動も自立の為の手段であるのですが、皆さんとの関わりを継続する為に私になりに考えたアイデアでもあります。

どうすれば、皆さんとの関わりを継続出来るか?

今年の1月の時点で、何処かに就職してしまったら、皆さんとの関わりが薄れるのは、目に見えていました。

時間は有限であり、企業に労働で時間を割けば、恕庵や他との関わりが確実に薄れるのは、直ぐにわかりました。

なんとかして、恕庵や皆さんとの関わりを継続しながら、経済的に自立出来ないものか?

それが、私の今年の上半期のテーマでした。

でしたが、、、
結果は、抱え過ぎてしまい5月にズッコケてしまいました😅

本当にご迷惑をおかけした皆様申し訳ございませんでした。

その後は、各方面に謝罪の連絡を入れていきましたが、信用を失い烙印を押された事には変わりありませんでした。

最も失いたくない事を、私は自ら招いて失ってしまいました。

失って烙印を押されても、まだ私には生きている時間があり、生きていかなければならない苦悩はありました。

それでも生きている。
烙印を受け入れて、私は振り切る事にしました。

そして、下半期のテーマは、抱え込み過ぎない事にしました。

自分の器の量を常に観察し、コントロールする事で、再発を防ぐ取組みをしています。

「1日もりお利用権」の活動報告や日常を投稿する事で、私の所在と状態を明らかにして、今の私の状況を見せる事で、もう一度信頼の積み重ねを始めています。

今の私は、順調に回復すると共に、皆さんに対する感謝の想いを伝える事を積み重ねている感覚がありますが、それが何になるかはわかっていません。

ただただ、今は感謝の想いを伝える事を続けています。

感謝の種に氣付く事が出来たのは、そうした感謝の想いを伝える事を積み重ねを続けてきた事で得られました。

だから、私は感謝の想いの記録を残して、感謝の想いの効果を伝えています。

表現力が陳腐なのは、わかっていますし、時に誤解を招く事も承知していますが、それが常に私のその時の表現能力の実力なので仕方ありません。

私は、文豪でもなく何者でもないから、文章の表現能力は、まだまだ低いです。

ですが、書かなければ能力は向上しないので、こうして私の本音をいつも書いています。

書く事で私は、自分の状態を伝え、私の想いを皆さんに晒しています。

正解なんてわかりませんが、今の私出来る事は全てやっています。

だから、今の私には、自分以外の誰かの都合に合わせる可処分時間がないのです。

私は、私の為に生きる為に努力を積み重ねています。
私の為に生きる事で、社会に貢献出来る生き方を模索しています。

私は、まだまだ未熟ですが、死ぬまで人生の打席に立って生きます。

積み重ねる事で、何を得られるかを記録し、記録を残す事で何が伝わるかは、正直わかりません😅

その価値に氣付く事が出来るのは、私自身ではないです。

死ぬまで書き続ける事で、私が死んだ後の人達に価値を見定める事を託します。

この備忘録は、結構、壮大な実験でもあります😊

結果的に、私に出来る事を積み重ねる事で、1,000年の森の礎が出来れば良いなと想っています。

最後まで読んで頂きありがとうございました😊

皆さんに感謝しています😊
皆さん御自愛ください😊
良い1日を😊

日日是好日😊
2023年9月18日(月)
長月、白露、玄鳥去。
松合より😊

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