見出し画像

【読書録】よこどり 小説メガバンク人事抗争(小野一起)

著者は、共同通信社の記者として、メガバンク、官庁、日銀担当キャップを歴任。2014年に作家としてデビューしており、経済系ノンフィクションの著書を多く手掛けている。

本作は、タイトル通りメガバンクの人事抗争、権力闘争をテーマに、リズミカルに展開していく。メガバンクのトップと、そのトップに仕える広報部長を軸にそこに取り巻く人間関係、思惑がリアルに表現されており、手に汗握る展開にあっという間に読み終えてしまった。記者として間近に見てきたからこそ、「半沢直樹」のような大逆転劇ではなく、美談では済ませない迫力がある。

私は大手日本企業には勤めていたが、メガバンクには勤めたことはなく、メガバンクの権力者とはこうも権力を握れるものだろうかと驚きを隠せない。冒頭に主人公の社長が、「君の手柄は、すべて私の手柄にする」「それから、私の失敗は、すべて君のせいにする」と部下に言い放つ台詞には、絶対服従を意味し、牙をむくようなことがあると報復され、捨てられ、銀行員としての座を追われてしまうのだ。だから、感情を押し殺して必死に権力にアラインして過ごしていく。権力の世界に取りつかれてしまうと、何のために銀行員になったのか?を忘れてしまい、顧客が不在になり、家族のことすら忘れて、肘掛け椅子欲しさに何十年にもわたり、生きてしまうという悲しい行員の姿をよく描いていると思う。
本作では、メガバンクだけでなく、大手日本企業が成長することができず、世界に遅れを取ってしまったこの20~30年の本質がありありと描かれており、私たち世代でもその課題に直面している方は多く、痛快に映ったであろう。

本書のように、私たちもおかしいと感じながらも、変えることの個人としてのコストとベネフィットを天秤にかけ、変えることができずに、何時しか変えるという気持ちをもっていたことすら忘れ、長らく放置されることでの膿が蓄積してしまい、このコロナの時代にうまくシフトできず苦しんでいく大手企業は沢山出てくるであろう。これまで当たり前だったことがそうでなくなり、本当に必要な業務の見極めが急務であり、そのための最適な働き方の最適化が求められ、リーダーシップや人事システムにおいても、「調整方」では乗り切れないことは明白に思う。本書は、日本企業の凋落の本質をあぶり出したものの、処方箋は提示してはいない。それは読者、私たち一人一人が本書のような痛快な題材をもとに、考えることではないかという思いを持つに至っている。これからは、主導権は会社ではなく、私たち個人が握っていく時代だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?