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【プロ野球 名場面第4回:落合博満 中日への電撃移籍(1986年)】

1986年のシーズンで落合は2年連続史上初の3度目の三冠王を獲得。シーズン終了後、ロッテの稲尾監督が解任されると落合が「稲尾さんがいないのならロッテに俺がいる意味がない。俺を最も高く買ってくれる球団と契約したい」といった趣旨のコメントを発言。ロッテ球団は鎮静を試みるが、時既に遅く、賽は投げられていた。

同オフ中日の監督に就任した若き指揮官星野仙一(当時38歳)は監督しての最初の重要任務として、出血覚悟で落合獲得に名乗りを上げる。中日は見返りに、抑えの地位を確立した牛島和彦、若手の成長株上川誠一、若手セットアッパー平沼定晴、桑田茂を差し出し、4対1の世紀のトレードが成立した。本レースに参画すると見られていた巨人は、水面下で交渉を続けていたものの、先手先手を打った中日球団に敗北した。


落合は中日球団と契約し、史上初日本人1億円プレーヤーとなった。歯に衣着せず発言で恐らく敵も多いだろうが、プロ野球選手の地位向上に果たした役割はとても大きいと言えよう。

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