篠澤広:被失望欲求について考察・感想
・はじめに
学園アイドルマスターの篠澤広がおもしれー女過ぎてややこしいので整理した。篠澤広はなぜ契約解除を望むのか、プロデューサーへの影響と感想について記述します。
TrueEnd、親愛度コミュ第10話、マゾヒズムの語源になった小説「毛皮を着たヴィーナス」のネタバレを含みます。
・確認
舞台は初星学園、未来のアイドルとプロデューサーを育成する学校において主人公であるプロデューサー(以下Pと表記)は「トップアイドルをプロデュースする」という夢を叶えるべくその資質を持つアイドルを求めている。そして選んだアイドルの原石を磨き立派なダイヤモンドとするべく、相手を理解して信頼を得て育て上げる。裏を返せばアイドルの立場から考えてプロデュースを受けるには本来才能や経験などの見込みがあることが前提なのだがダイヤの原石どころか泥団子を持ち込むヤツが一人……
篠澤広は学問において14歳で海外の大学を飛び級で卒業という才能を持つため、何をやっても上手くいって退屈を感じるようになった。そして周囲から期待に応えること、自分にとって簡単な選択をとることをつまらないと評していてそこから脱するためにまるで違う世界であるアイドルを目指しているという経歴を持つ。
不合理な動機に疑問をもつPに対して「一緒にいればわかるかも」という形でお試し契約を持ちかけ、プロデュースをしながら彼女の真意に迫るのがEPISODE 篠澤広である。
持たざるものを選んだ相棒でニューゲーム、ハードモード。
なにより各キャラ(および全校生徒)はアイドルになるという結果から自己実現や名誉、富などを得たいという共通する夢や情熱を持つが篠澤にはそれがなく、かわりにアイドルを目指す過程にある努力や成長そのものを夢としている。初星学園に入学することによってそれらを得られる環境は達成されており、夢が継続されている様を「くるしくて……うまくいかない幸せな日々が続く」などと呼んでいる。
その屈折した価値観ため、しばしば言っていることと考えていることが噛み合っていないような印象を与えることも少なくないため、話の意図を捉えるためにはセリフ、声色、表情に注意を向けて判断する必要がある。
ある意味、本作のボイスやモデルの豪華さを活かしているキャラともいえる。
・契約解除を望む価値観
篠澤はレッスンで苦しんだり、才能がないことを指摘されるたびに恍惚とした表情を見せる。
特に難しいのがプロデュースを自らお願いしておきながら見限られることによってプロデュースの契約解除に強く期待していること。
これらは苦痛や罵りを望む被虐嗜好、マゾヒズムとも取れるような態度なのだがもう少し踏み込んで彼女の価値観について迫りたい。
もしアイドルになることが夢であればその実証やステップアップは単純である。学園で好成績を残し、就職して活躍すればいい。それらは承認可能なシステムとして社会にあふれていて、計測や観測が可能だ。
だが篠澤の「期待されない道を進みたい」「知らない分野に挑戦したい」といった過程が夢の場合は、第三者がそれを認識するのは難しい。第4話でダンストレーナーに「アイドルになること」と「目指すこと」の違いが同じに聞こえると言われたことがその証左だ。また同様にそれ自体に成績をつけたり何かを達成するような定量的な目標やマイルストーンを設定するのも難しい。(学園から追い出されずに何日過ごした、など強引な設定できなくはないが……)
そのためそれらの過程を選んだ意思決定の実感を得ようとして運動の苦痛のたびに喜んだり、周囲からの低評価や才能のなさが証明されると不安になるどころかこれまでの期待からの解放が高まり嬉しそうにする。
さらに高いハードルを設定したりや多くの課題を抱えるたびに彼女の才能に邪魔されていた挫折を手にできる。
これらのリスクや不安は本来、自由や挑戦、主体性から伴う負の側面なのだが彼女はそれ酔いしれてしまっており、倒錯している。
つまり、篠澤としては自身の才能がないことによって周囲の期待からどれほど離れられるかを重要視していてそれが証明されるほどアイドルを選んで良かったという実感から恍惚としているのである。
そして篠澤は自身のプロデュースを迫る、ライブをできるように持ちかけるといった行動をとっていて引け目を感じない分、強引ともいえるほど主体性が高い。
ここが微妙に既存のマゾヒズム大枠と少し違う気質になっている。
マゾの原典である小説「毛皮を着たヴィーナス」に出てくるようなマゾヒズムも単なる痛覚刺激だけが快楽につながるわけではなく憧れの対象から自由を奪われるような被支配欲求が含まれる。心を許す相手に手綱を握られ振り回されることに悦びを感じる。それはときに身体的な拘束としてあらわれることもある。支配されるというのは相手にされるということの裏返しで苦痛を受けているというのは同時に注目を受けることの現れになるからだ。
首輪に繋がれている限り相手はリードを握ってくれるのである。
おそらく古典的なマゾならPとの契約が切れそうなら許しを乞うたり、あるいは罰を要求して関係を持続する方向へ持って行くだろう。(最も「毛皮を着たヴィーナス」は最後に女王様が他の人物に寝取られて破局してしまい、被支配の不完全さを示していたが今日それさえ包括するジャンルも珍しくないのでこれらの破滅欲求がまざって見限られを望むこともなくはなさそうだが……)
誰から注目されるでもなく、期待されずに関係を放棄されたり希薄になることを望んでいる点において、関係の強化を望むタイプのマゾとは逆方向なのが似て非なるポイントといえる。
なので「失望させないでくださいね」という低い期待と高いプレッシャーが両立する表現を「一番欲しい言葉」として捉えたりしている。
そしてPとの契約解除こそ期待から解放される最大のイベントとなる。それは初めて出会ったときから包み隠さず才能がないと遠慮なく正直に言ったPがさらに時間をかけて出した結論という高い信頼があるからだ。
おそらくこれが篠澤の被失望欲求の成り立ちではないかと思う。
(余談だが嘘のお試し契約などというものが先生方にバレたら脅迫だと取られかねないと思う。ただでさえコンプラギリギリのプロデュースなのに。)
一応、「絶対にマゾじゃないよ!」と断言するつもりはない。マゾでありサドでもある人がいるように、個人が複数の観点から快楽を得られるが故に相反する嗜好を併せ持つことも珍しくないだろうし特に篠澤は前例がパッと浮かばないため完全なカテゴライズが難しく、どうしても状況証拠をつなぐような推察が多くなってしまう。それでも篠澤は周囲との関係や評価にかかわらずとにかく他人から低い見積もりを求めていることは間違いない。
・Pへの感化
この奇妙な価値観はPに理解されやがて伝播していくこととなる。
それは第8-9話にてある種の立場逆転が起こる。
佑芽のライブに刺激され篠澤はPに明日ライブをするから準備をしろという無茶振りをかますのであった。
あろうことか苦痛のサプライズプレゼント。
そして上司でもなんでもないアイドルのために苦しくてままならない課題を達成してしまう。他のプロデューサーに掛け合ってライブ前座の枠とはいえ突然ブービー賞のアイドルを参加させてもらうのはかなり骨が折れただろう。
そしてライブに成功して篠澤が逆境に強いことを見出すとその経験を通してついにPは常人でありながらその価値観に感化され内面化してしまう。
結果として卒業も就職もこれからという時点でトップアイドルをプロデュースするという夢を手放す。
努力や成長過程に対して夢や自己実現を超えてクローズアップしたとき、定量的な目標設定が難しいのは上述した通り。そのためシナリオ作成においてもいずれは終わるべき話の着地地点を絞りにくく、クライマックスを定めにくいと考えていたが第1話で篠澤が「一緒にいればわかるかも」と宣言した通り、彼女への理解と影響によって夢を代償に「くるしくて……うまくいかない幸せな日々」をともにする、被失望欲求の最大の理解者というこじれた関係性を極めて緊密な関係へ持ち込んだのは舌を巻いた。楽曲やボイスの演技などのディレクションは相当な苦労が想像される。
そして第10話でかわいくなりたい、という告白を受けたときの衝撃もすごかったがそれを受けて「応援していますよ」の返答。
苦手なことうんぬんより、かわいくなりたいのほうがはるかにアイドルを目指す理由として妥当だと思うが最後まで言い淀んでいたことを考えると彼女の肩書がそれを阻んでいてなによりこの言葉に衝撃を受けていた筆者自身もそれに囚われていてすごく悔しくなった。
「篠澤さんはかわいいですよ」でも正解だとおもうけど、「応援していますよ」は努力や成長に対する執着へ寄り添う言葉だ。この世界観のかわいいに対する自己研鑽やかわいいの懐の広さが現れていると思う。
・最後に
試験落ちたときの模擬練習(ライブの代わりにやるやつ)の「光景」、すごくかわいいのでみんなも見よう。
サポートは執筆時のコーヒー代にいたします。