連載 猫(2)

 お手紙、ありがとうございました。拝読いたしました。
 ぜひうちにいらして、猫をご覧になってください。家にはいつでも人がいますので、特に断りなくいらっしゃって構いません。
 伝えなければいけないことといえば、これくらいでしょうか。しかし、ずいぶん詳細なお手紙をくださったので(これは嫌味ではなく、感心したんです)、わたくしのほうでも、いろいろと余計なものを付け足してみたいと思います。
 まず、わたくしのこと。わたくしはきっと、あなたが猫を見た日に、猫を膝の上に乗せていたその人だと思います。娘さんでしょうか、なんて書いてあって、思わず吹き出してしまったわ。だってわたくしは、このおうちの持ち主の、妻ですから。驚きましたか。でも、歳としては、あなたとあまり変わらないのではないかと思います。随分はやくに結婚した。わたくしの主人は確かにお金をたくさん持っていて、なんだか普通ではない感じがするけれど、わたくしといえば、かなり俗っぽいたちで、こんなに広いおうちにひとりでいると、ずいぶん退屈するのです。お手伝いさんは、常に忙しそうだし。それと、体が少し弱いので、あまり外には出られませんの。
 もしかしたら、わたくしは、あなたのことを知っているかもしれません。あなたがわたくしをみた、あの大きな窓から、外を眺めるのが日課なので、ここらをよく通る人は、なんとなくわかっているの。お手紙をいただいてから、あの人かしら、この人かしら、と考え、遊んでいます。猫を膝に乗せているときに、どこからか視線を感じて、そちらに顔を向けた、そんなこともあったかもしれません。ぼんやりと、思い出されます。あなただったのですね。
 猫の話も、しましょうか。実は、お手紙を読んで、この猫は、あなたがお世話をしていた猫なのではないかと、わたくしも感じています。というのも、この猫は、一ヶ月ほど前に、うちへふらりとやってきたのを、わたくしが気に入ってしまって、飼い猫でもなさそうだから、お世話をしてやることにした猫なのです。ですから、もし本当に、この子があなたが面倒をみてやっていた猫だったなら、奪ってしまうような真似をして、申し訳ないと感じます。そういうわけなので、なんの負い目も感じずに、うちへいらして、よく猫をみて触れてください。
 玄関先や、正門の前でいいなんてお書きになっていたけれど、うちには珍しいお客様ですから、わたくしの退屈しのぎに付き合う気持ちで、ゆっくりしていってくださいな。紅茶や、お菓子を用意して、待っておきます。猫の餌の作り方を教えてもらうのも、いいかもしれないと、今思いました。わたくしも料理は下手なのだけれど。猫がわたくしの足元をくるくる回って、低い声で鳴いています。わたくしもこの子の虜。あなたがお手紙に書いていた、生活の依り代を求めていたのかもしれないという言葉に、はっといたしました。こんなに大きなおうちに住んでいて、愛すべき人がいて、それでも、こうなのですから、人の心って、わからないものですね。
 それでは、お待ちしております。わたくしは、あの大きな窓のある部屋から、また外をよく眺めてみようと思います。


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