杉田さんとアニゲラと僕②


①を書いて、私のような素人が書いた記事が果たして読まれるのだろうかと思っていたが、幸い何人かの方が読んでくれ、いいねまで頂いた。とりとめもない記事だが読者がいる以上は続けたい。今回は、アニゲラがはじまった2009年という年を思い出しながら書いてみる。

・2009年~2011年という時代
 アニゲラがはじまった2009年という年はオタクコンテンツにとってはどんな年だったのだろう。今10代半ばの方からすると生まれたばかりか、赤ちゃんくらいの遥か昔だ。自分に置き換えると80年代半ばの話を聞いているような感覚だと思うと眩暈がする。
今試しに2009年、アニメと検索すると改めて深夜も含めて、これだけアニメを放送していたのかと圧倒される。いいコンテンツがあった時代というのは、その人が心身ともに受信感度が高い時に重なり、今はいい、昔は悪いとかその逆とかの議論は不毛だ。絶対的にこれがベストというものはないから、ひとそれぞれだろう。ここでは僕の話をする。僕にとっては2009年から数年間がまさにそれにあたった。けいおん、とある科学の超電磁砲、夏のあらし、まりあほりっくなど洪水のように素晴らしいコンテンツが作り出され、毎日狂ったようにアニメを見ていた。就職後数年経ちもう新人という言い訳ができなくなった頃、僕は地方の事務所に異動し、慣れない業務に死にかけていた。ストレス太りとメンタルのヤバさで文字通り死にかけていた。そんな僕を冗談抜きに救ってくれたのがアニメであり、アニゲラだった。

・黎明期 アシスタント不在の時代
 アニゲラはアーカイブしたCDなどがないため合法的な手段で過去の放送を聞く術はない。これは杉田さんがアニゲラが収録されたその場の臨場感、ノリを大事にしているからだと聞いた。ファンには残念な話だが、言われることも一理あり、ここでは私の手元にある当時録音した音源を聞きながら、つたない説明で当時の雰囲気を伝えたい。音源を録音していること、当時の内容を書くというのが杉田さんの主義に反する気がするが怒られたら直接謝罪するしかない。
 記念すべき第一回放送は、①でも触れたそういえば聞いたことがあるという杉田さんの語りで始まる。そこだけ聞くと一瞬新しいラジオドラマが始まったかのような錯覚を覚える。
 しかしこれは後にアニゲラ名物になる、うろ覚えディドゥーン劇場の記念すべき第一回である。アニメやゲームの有名なシーンを杉田さん、ゲスト、アニゲラに現れた芸達者な素人たちが演じる。何の前置きもなく、配役も誰が何をやっているのかの説明もないまま、いきなりあるシーンから始まるので、大体混乱するのだが、これがだんだんクセになってくる。
 さて第一回はゲストもアシスタントもおらず、ある有名なゲームの1しーんさを全て杉田さんが一人で声色を変えてやっている。そしてオチを叫んだ後、一転往年の名作恋愛シミュレーションの主題歌『ときめき』がバックに流れはじめ杉田さんが登場する。
 当時の杉田さんは28、29歳くらいだろうか。低音のいい声は全く変わっていないと思っていたが、やはり今聞くと当時の杉田さんの声は若い。そして言葉の端々に新しい番組にかける気合が隠していても垣間見えるような気がする。
 杉田さんは、冒頭、自身をマンガやアニメが好きな杉田智和君でーすとそっけなく紹介し、詳しい番組説明はやりませーん、おいおいわかってきますと我々を突き放す。そしてあっけにとられている我々にアニゲラは体は大人、心は10代のマンガ、アニメ、ゲームが好きな男の子、女の子もかな?乙女ゲー特集とかやるかもしれないからね、そんな対象にした番組でーすとまた引き寄せるのだ。これはえらい番組が始まった。これは自分のための番組だ。僕は震えた。(続く)

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