同級生のノラくんでBSS

恋愛に順番ってあるんだろうか。
あるいは、設けるべきだろうか。
例えば、テーマパークで2時間待ちの行列があったとして。
整理券もなく、ただ退屈な時間を過ごす2時間。
アトラクションで楽しむことができるのは、利口に並んでいたその人だ。
しかし、恋愛になるとこれは必ずしも当てはまらない。
先に好きになろうと、もしかしたら先に付き合っていたとしても
現状が全てだろう。
僕は固い人間だ。
ルールは従うべきだと思うし、ルールによって物事は判断されるべきだ。
全てはルールに帰属する。
これまでルールに従うし、それはこれからも同じだろう。
だからこそ、恋愛は苦手だ。
「○○くん、どうしたのそんな難しい顔して」
「あ、いや、なんでもないよ」
そして、恋愛について考えるようになったのもこの”従井ノラ”が原因だ。
この学校は見回りが甘いこともあって、
残ろうとすれば日が落ちるまで残ることができる。
「ボク、今日なんか違うところない?」
「そんなこと言われたって...」
「えー?ほら、もっとよく見てよ」
グイっと顔を近づける。
女の子らしい良い匂い。長いまつ毛。くりくりとした目。
挙げはじめたらキリがないほど、かわいい。
ただ匂いがするだけで、心臓の鼓動が早くなる。
静かな教室に二人きり。
この音が従井に聞こえてると思うと、より一層早くなる。
「実はね、香水変えてみたんだ」
「ちょっと甘いやつ。○○くん、嫌い?」
「あ、そうなんだ。ぼくは、えっと、すきだよ」
「えへへ、そっか。ありがと」
なんだよ好きだよって。まるで告白じゃないか。
なんでわざわざ香水変えたことを僕に?
いやいや僕以外にも訊いてるんだきっと。
甘いやつにしたのって何か意味があるのか?
言葉にならない思考がぐるぐると巡る。
それを従井の匂いでグチャグチャにかき回される。
本人に訊く勇気があるはずもなく、答えのでない問題を勝手に解いている。
「そういえばさ、なんで従井は残ってるの?」
「いつものことじゃない?それと」
「従井じゃなくて、ノラって呼んでって」
「いや、それは、えっと...」
「ノ、ノラ…さん」
「ノラさんってもう…まあいいや」
微笑みながらノラさんは僕の髪をなでる。
少し冷たい手と優しく目を細めた様子に何も言えなくなる。
心地よいのかも分からず、
ただ恥ずかしさと緊張から逃れるために深呼吸する。
たった数分間のことだ。
授業で先生が話す、お昼までの数分間はあんなにも長いのに
この瞬間の数分間はすぐに終わってしまう。
あと少しだけ続いてくれればいいのに。
「○○くんってさ、いつも残って勉強してるよね」
「いや、ほら、僕って勉強しか取り柄がないからさ」
「学校の方が集中できるし...」
「○○くん、いっぱい良いところあるのに」
「でも、そうなんだ。真面目でえらいね」
「じゃあ勉強とか教えてもらおうかな。ボク数学とか苦手なんだ」
「ははは…ノラさんの英語には敵わないよ」
「えっと、じゃあ、勉強会とか…」
「いいね。約束だよ?」
ノラさんは無意識なのか、僕の手を握る。
指を絡ませて、ひたすらにぎにぎしている。
勉強会なんて大それたものじゃない。
僕はただ他の教科よりも数学や物理が得意なだけで、
人よりも誇れるものなんてない。
ノラさんはどんな人とも分け隔てなく話せて、英語もペラペラで。
さっきの”学校の方が集中できる”なんてのも嘘だ。
毎日約束もしてないのに、二人きりでいられるこの時間が楽しくて
ただそれだけの理由でいるだけなんだ。
こんな僕と話してくれるノラさんと一緒にいるこの時間が好きだ。
もし、この時間がずっと続くなら。
もし、ノラさんと付き合うことが万が一にも叶うならば。
そんなことを考えてる僕をノラさんはどう思うだろうか。
ちょっともうにぎにぎしないで。
今一生懸命考えてるから。
このままじゃあ、ずっとにぎにぎされて考えがまとまらない。
「えっと、トイレ行ってくるね?」
「あ、うん。いってらっしゃい」
冷たい廊下が身に染みる。
火照った身体に丁度良い温度だ。
未だに手の感触が残っている。
「彼氏とか、いるのかなぁ」
自分がその人になれるわけもないのに、あれこれと考える。
きっとノラさんに嫌われてはいないのだろう。
たぶん。
でも、数々の言動が好意の表れなのか、それともただの気まぐれか。
ノラさんは優しいから、こんな僕にも優しくしてくれるんだ。
優しい人は自分だけに優しいわけじゃない。
みんなに優しいから優しい人なんだ。
分かってはいるけど…
それでもなお、まだずっと一緒にいたい気持ちが収まる様子はない。
むしろ、会うたびに気持ちが大きくなる一方だ。
「そろそろ戻らなきゃな」
僕らの使ってる教室の光が真っ暗な廊下を照らす。
「…じゃないですか」
教室から話し声が聞こえる。
扉越しで声が聴きとりづらい。
「もちろん好きですよ」
「もう!...…ですから!」
「ここでは…ダメです…」
親しげな声。
そんな権利もないのに、やめてくれと叫びたくなる。
その声、仕草、全部二人っきりの秘密なのに。
「ボク好きな人がいるので」
ピタリと僕の時間が止まる。
…ノラさんやっぱり好きな人いるんだ。
僕の妄想が音を立てて崩れ出す。
一緒にいられたら。一緒にデートできたら。一緒に…
勝手に期待して、勝手に落ち込んでる。
これじゃただのバカじゃないか。
ガラガラ――
「あっ!○○くんおかえり…もしかして聞いてた...?」
「何も聞いてないよ。でも、また、明日ね」
自分の荷物をひったくるように持って、逃げるように去った。
さっきまでとは違う理由で心臓がバクバクと音を立てている。
幸福だったはずの匂いが、今はただ甘ったるいだけだった。
――この先蛇足――
「ちょっと!完全に聞かれてましたよね!?」
「あぁ、聞かれてたかもな」
「ボクがミルワーム食べたり、ペットシーツにおしっこしたこと学校で言わないでくださいよ!」
あれは小さい頃の話で、なんてずっと抗議してる。
「なんでよりにもよって○○くんに…」
「あぁなるほどね」
「ちょっとは責任感じてくださいよ!」
「はいはい、すみませんでした」
「もう!」
「でもたぶんそっちじゃないと思うぜ」
「そっちじゃないって...」
「はやく”好きな人”に説明してやれよ」
「ちょっと...なんで…!」
なにやら言いたげだったが、急いで○○くんを追いかけていった。
「勝手に空回りするところとか、アプローチがへたくそなところとか、お似合いのカップルだねぇ」
他に誰もいない教室には甘い匂いだけが残っていた。


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