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【書評】筑駒の研究(小林哲夫・河出新書)

東京大学現役合格率日本一を誇る、中学入試最難関校の一つである筑波大学付属駒場中学・高等学校。略して筑駒。

本書は、筑駒の卒業生が様々な分野・領域で突出した存在感を示す「謎」について、卒業生や元教員、現校長に至るまで、関係者への緻密な取材で明らかにした一冊である。冒頭からラストまで、興味深いエピソードが満載で、読み応えは抜群だ。

筑駒の授業は、選りすぐりの神童・秀才たちの知的好奇心を満たすべく、「教科書中心ではなく」「ありきたりの座学ではない」特色のある授業が行われる。その一方で、大学受験対策のようなことは一切なされないため、7割近い生徒が東大受験専門の塾=鉄緑会に通っているという。ここにモヤモヤを感じる読者も多いだろう。

結局、鉄緑会あっての「東大現役合格率日本一」なのではないか。元々、同世代の中でトップクラスに頭の良い=何も言われなくても自発的に勉強する生徒たちが集まっているのだから、授業の内容は良くも悪くもどうでもいいのではないか。単純に、頭のいい人が入ってきて、そのまま出ていくだけ、という話なのではないか。恵まれた富裕層のご子息の道楽なんじゃないの。そうした穿った見方をする読者もいるかもしれない。

筑駒とは比べるべくもないが、私も地元の公立進学校に通って、東大を目指していた。高校の授業を漫然と受けているだけでは、東大には100%受からない、と考えていたので、授業を無視して、部活も途中でやめて、行事もサボって、友達も作らず、ひたすら東大対策の勉強をしていた。

運良く合格することができた時、「な~んだ、高校の授業なんて、どうでもいいじゃん」「そもそも高校自体、あってもなくてもどうでもいいものなんじゃないの」という傲岸不遜な気持ちになった。

「教員よりも頭がいい」筑駒の生徒の中にも、きっと同じような考え方をして、授業中に鉄緑会の内職に精を出している人がいるのだろう。

しかし、年を経るに連れて、自分の中で「あってもなくてもどうでもいいもの」であったはずの高校時代に身についた「言語化できない何か」が確実に残っており、現在の仕事や価値観に少なからず影響を与えているのでは、と感じる場面が増えてきた。

プライベートでも、気がつけば高校時代に聴いていたJ-POPばかりを部屋で流しているし、いつのまにか高校時代にプレイしていたゲームのリメイク(サガフロンティア)をプレステ5でやっている自分に気づく。

仕事の過程で、同じ高校の卒業生=先輩や後輩に会うと、それまで全く面識がなかったにもかかわらず、お互いの中に息づく「言語化できない何か」を感じて、勇気づけられることもある。

あれほど嫌いだった、「あってもなくてもどうでもいい」と無視していたはずの高校で得た「何か」が、確実に、今の自分の土台になっている。それが具体的に何なのかは、未だに分からない。

学力だの、将来につながる人脈だの、甘酸っぱい青春の思い出だの、そういった小賢しい有象無象を超えた「何か」が、名門進学校にはある。それが具体的に何なのかは、死ぬまでわからない「謎」なのかもしれないが、それこそが、自らの小賢しさを自覚している優秀な10代の若者を引き付けるのだろう。

筑駒の卒業生ではない人も、中学受験に関心のない人も、ぜひ本書を通して、国内最難関の名門進学校の世界に充ちている「謎」の片鱗に触れてほしい。


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