洗浄

足裏に貝殻が刺さって出血、眩んで夕景が歪む。鱗立った海面が繰り返している。向こうの岬で逆光の釣り人が魚を釣った。海と空の境界線に太陽が滲んでいる。眩しいほどの光だったが、長く直視していたら視界に緑の黒い点が空いた。昔、ハムスターを飼っていた頃があり可愛がっていたのですが、あれをこう手に包んだ時の体温とかこちょこちょと動き回る感じだとかのなんていうんでしょう、動物、動物だ、という感じがとても可哀想で、またそんなことを思う自分がとんでもなく意地悪なのではないかという感じが嫌いでした。透明な海水が波際の海藻を揺らす。水面遠く霞んだ沖のほうに一つの船影がゆっくりと移動する。五匹のカモメがテトラポットの上空で円をなして回転している。二匹のカモメが円を崩して垂直に飛び上がり、短く鳴いた。一方で植物には血液が流れていないですし、手で触れたときに私の挙動に何も注意を払わないような無関心さが落ち着きました。その時の私が強く願ったのは、というかその時の私が気づいたそれまでの自分の奥底に通底する願いといったほうが正しいのでしょうが、生まれ変わるなら植物がいいということでした。砂浜に打ち上げられた流木が黒い。裏返すと小さな虫が四方に散った。かかとには白く小さな貝殻片が突き刺さっている。血が足の端までに細く赤い線を引いている。思うにそれは汚さみたいなことだと思うんです。血液が流れていることの汚さ、体温があることの汚さ。そういう私の中にある潔癖症みたいな部分がもしかしたら、邪悪なものなのではないかと心音が続くことへの忌避のようなものではないかと最近は思います。ペットボトルの飲み口から貝殻を抜いた傷口に水を流す。海水よりも冷たい感触がくすぐるように沿う。白いハンドタオルでかかとを拭く。血が流されて小さく見える傷口に消毒液を垂らすと小さく泡が立った。傷口を覆い隠すように肌の色に近い絆創膏を貼る。太陽が沈んだ沖にもうカモメはいない。波音の繰り返されるまま抜けた海藻が浮いたり沈んだりする。遠くの海面で小さな魚の跳ねるのが見えた。

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