猫派の彼と1番懐かしい場所
「僕は猫派だから場所につく」
とある夜、昔の同僚に誘われて一緒に飲みに行った後、次のお店への移動中。
彼は1年前に住んでいたマンションを通りがかり、隣のアパートに灯りがついているのを発見し、嬉々として写真を撮っていました。
「なんでよりによってそんな写真を撮るの?」
「僕は猫派だから場所につくんです」
返事の第一声がこれです。意味不明です。
「第一に」
私は言います。
「猫派か犬派っていうのは、犬が好きか猫が好きかって話で、自分が猫か犬かどちらの性質に近いかっていう話ではないのでは?」
「確かに」
彼はにこにこと笑います。私は続けます。
「それに、さっき行ったお店も昔のなじみの店なのに、その外観じゃなくて、なんでこっちの真っ暗闇に電気ついてるだけの場所の写真がいいのかの理由になってないよ」
「ここが思い出の場所なんです」
「…そっか、そういうもんかもね」
「そういうものです」
お酒も入っていたから、結局どうでもよくなってしまいました。彼らしいといえば、彼らしいから。
一夜明けてからもこの会話だけが何度も思い出されました。
たくさんの思い出話や今の仕事の話などをしたのに。
私はどうだろう、と思いました。
場所に執着するか、人に執着するか、そもそもどちらの傾向があるのかもわからないけれども。
もし今住んでいる街を1年くらい離れることになったら、帰ってきて懐かしくて訪れるところはどこだろう。
1枚だけ写真に残すとしたら?
「これからカレー作る練習するんですけど」
遡ること2年前。とある休日のお昼前。
「今日、ひまだったりしませんか?」
その元同僚の彼からメッセージが届きました。
「今日の夜?」
「いえ、今から17時くらいまで」
????
そもそも最後に連絡が来たのも結婚式の招待をもらった2ヶ月前。寝耳に水とはこのことです。
その後、簡単に事情を説明されます。
実はアウトドアウェディングをする予定の彼は、参加者に手作りのカレーを振る舞いたいのだそうです。
100人くらいにカレーを作るのにいきなり本番は無理だと知人に言われ、それもそうだと仲良しのバーを昼の時間だけお借りして、カレーを作る練習をすることに。その記念すべき第一回が今日、というわけです。
なにそれ。超おもしろそう。
そもそも彼のカレーの目覚めに貢献したのは私だという自負があります。
入社初日のランチで何が好きかをいろいろ聞いていったところ、カレーの時だけ反応が鋭かったことを記憶しています。
あだ名制度があったので、そんなにカレーが好きなら、とカレーにちなんだあだ名を候補に出したら見事にそのあだ名に決定し、「カリーさん」と呼ばれるようになりました。
いつもよく着ている黄土色のパーカーは「カレー色」ということにして、社内でのカレーキャラブランディングをあらゆる角度から確立していきました。本人もどんどんカレーキャラに自信が増していき、デスクでカレーリーフを育て始めました。
そんな流れから、カレーの写真だけを投稿するInstagramを立ち上げ、社外にもカレーキャラが発信されていき、気付けば「カレーはプラットフォームだと思うんです」とか、ちょっと意味不明なことを自ら話すようになっていきます。
そして遂には結婚式でみんなにカレーをふるまうというのだからこんな感慨深いことといったらありません。
私は予定があるかどうかの確認もせず「行きます」と返事をしました。
「絶対に裏切らないって決めてる」
彼が入社した時、前職の頃から付き合っていた彼女は海外に転勤してしまった直後だったそうです。
もう心離れちゃったんじゃない?とかさんざん飲みの席で周囲にからかわれても、彼はかたくなに「大丈夫です」と言い続けていました。
とてもつらい労働環境だったから、心が折れて、手近な人への恋愛感情に流されてもおかしくなかったと思うんです。
見張られているわけじゃないから、彼女いないって嘘をつくこともできただろうし、もともと男女関係なく友達になるタイプで、アプローチされるようなこともあったんじゃないかな。
それでも彼は彼女が帰ってくるまで、待ち続けたのです。
なんだかもうダメだってことが相次いだ時に、普段恋愛トークなんてほとんどしないけれど、不意にきいてみました。
「もしも好きってアプローチされたらどうするんですか?」
「絶対にそういう状況にならないようにまずします」
「そうなんだ」
「たくさん悲しい想いもさせてきたので、裏切らないって決めてます」
この会話のとおりだったかはわからないけれど、そんなようなことを言っていた記憶があります。
その決意に満ちた一言は、私の胸を打ちました。
ああ、よかった、と思いました。
まだ美しいと思える世界が残されていたんだなーと思えたから。感情じゃなくて意志なのがとてもいいと思いました。
それはこちらサイドの身勝手な感想だし、本当のところは全くわかりません。
けれど、私はそういうものの方を向いていたいなと思っています。
もし今住んでいる街を1年くらい離れることになったら
帰ってきて懐かしくて訪れるところはどこだろう。私はそんなにきっぱりしていないから、人につくのか、場所につくのかなんて選べないなー。犬派か猫派かということなら断然猫派だけど、犬にも猫にもなりきれない。
ここ数日、頭の片隅で、そのことをずっと考えていて、同時に彼のことが思い出されて、思えば印象的な会話が多かったなーとnoteに書き綴ってみました。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?