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“自分自身”であることの特別な力/『わたしはオオカミ』アビー・ワンバック(海と月社刊)


女でいるということは、見えない「壁」に阻まれ、違和感を覚えたり疑問を感じる機会が男性よりも多い、それが現実だ。

私自身、出産・子育てを通じ「妻」や「母」として生きていくようになってから、より強く、そのことに気づいていったように思う。

だからといって、それ以前、まったく何も感じなかったわけじゃない。

スカートをはくこと。髪型ひとつにも他人の視線への気づかいを要求されること。「かわいさ」「美しさ」年齢においても勝手にジャッジされること。「賢い」「仕事ができる」が陰口になることがままあること。

ある種のソーシャルの前では、”ばかなふり”をしないと生きにくくなること。

それらが頻繁に起こることで、深く内面化していくこと。

学生時代に繰り返し読んだ梨木香歩さん「からくりからくさ」には

連綿と時代を越えて受け継がれる、女達の”マグマのような想い”という表現がある。

『口にしたら世界を破滅させてしまいそうな、そんなマグマのような想いを』とんとんからり、と機(はた)に織り上げなだめていく。

機織りが昔から女の仕事とされたのはそういった理由もあったのだろうというエピソードだが、ここにあるように、「かわいくてからっぽな」(「からっぽだからかわいい?」)ふりをしたことのあるどんな女性の下にも、ふつふつとわき上がるマグマがあるはずだ。

閉じ込めているのは、ほんとうはとても苦しいのに、そうせざるを得ないと思ってきた。そういうものだと、作り上げられてきた。

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元女子サッカーアメリカ代表選手、アビー・ワンバック氏による

「わたしはオオカミ」(海と月社刊)は、痛快に、そして温かく、愛に満ちた言葉でそんな「マグマ」を世にむけて解き放った。

アビーは言う。「女の子はずっと、誰もが知るおとぎ話の”赤ずきん”であることを強制されてきた」

ルールを守れ。

好奇心をもつな。

よけいなことは話すな。

大きな期待をいだくな。

けれども、やがて気づく。本当はわたしたちは皆、生まれながらにオオカミなのだと。

”オオカミとは、世間からこうあるべきだと教えられる以前の"生まれながらの”自分だ。オオカミとは才能であり、力であり、夢であり、声であり、好奇心であり、勇気であり、尊厳であり、選択であり――正真正銘の自分自身なのだ。”

「ほんとうの自分を解き放つ」ことの重要性。けれどそれ以前に、気の遠くなるほどの社会的慣習の積み重ねの中で、ほんとうの自分、が見えにくくなっているのも事実だ。

女であるから「得だよね」「楽だよね」「駄目だよね」という攻撃に長年曝されて、むしろ女で「すみません」、機会を与えてくれて「ありがとうございます」と恐縮してしまう、恐ろしいほどのアンバランスに、無自覚であった自分に気づいたときの衝撃。

違和感を感じつつも従わざるを得なかった苦しみについて思えば、「原因」や「理由」「責めるべき対象」を求めたくなってしまう。

標的となるのはまず「男たち」だろう。本書にも、”男性は不完全でも力を与えられ、世界を動かす許可を得られる。”のように、いくつかの辛辣なメッセージもある。

けれども不思議と、ページを読み進めるごとに、女性が「自分らしく、ありのままに、活躍できる世界」は実は男性にとっても、そして勿論、次世代を担う子ども達にとっても、あらゆる場所であらゆる問題を抱えるマイノリティにとっても、誰にとっても生きやすい世界なのだ、と気づく。

目に見える違いや立場の上下で人を判断せず、自分らしくいることが受け入れられ、認められることで次につづく誰かに、未来に、温かで力強いバイブレーションをさざ波のように与えてゆける世界。

待っているだけでは与えられない。はじめはちいさな声でいい、自分の想いを言葉にしよう。伝えよう。

特別なことは何もない。「特別」と言う言葉では表せないくらいの栄誉と影響力を持つアビー自身でさえ、サッカーの表舞台から離れ、ただの”自分自身”に戻ることには恐ろしいほどの不安を持っていた。

誰もが、特別だから、なにかをできるのではない。わたし自身だから、あなた自身だから、発する言葉や行動に意味があり、なにかを誰かに、世界に与えることができるのだと。

ひとりでも生きるオオカミは、より深く、愛を知るために、より良く、世界を変えるために、群れを作る。

人生の目標が、生きることの意義が、「自分のため」でなく他の多くの誰かを笑顔にすることと同義となるなら、それは、とても素敵なことだ。

もちろん、彼女のように颯爽と、力強く、いますぐにリーダーシップを持って誰かを率いることなど出来ないかもしれない。

それでも、わたしはわたしのやり方で、わたしの「チーム」(家族)と一緒に、誇りと強さを持ってあらためて歩み出したい。

そんな勇気を与えてくれた1冊だった。


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