最高裁平成29年10月10日決定(平成28年(許)第46号債権差押命令申立て却下決定に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件、民集第71巻8号1482頁)について

0.はじめに

この記事は、平成29(2017)年11月2日にツイッターでつぶやいたものを修正し、つぶやき後の事情も追加して、まとめたものです。

 金銭債権に対する民事執行手続の実務への影響が大きいと思われる最高裁平成29年10月10日決定(民集第71巻8号1482頁。https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87129。以下「本件最決」。)について、私が考えたことを書きます。なお、私は本件最決の裁判手続に一切関与していませんので、事件の内情は把握していません。

1.問題の所在

 金銭債権執行の実務では、申立書に「請求債権」(強制執行で回収を求める債権)を表示するのが一般的な取扱いですが、これに関連して、「申立書に表示されている請求債権を、手続開始後に拡張することが認められるか?」という論点があります。この論点は、「申立て後の請求債権の拡張(の問題)」と名付けられ、「債権計算書で請求債権を拡張することは許されるか?」という形で問題提起されることが多く、実務の取扱いは否定説が主流と思われます。
 ただ、不動産執行と債権執行では若干状況が異なり、不動産執行では、「申立書で元本等の一部請求をした場合に、債権計算書で全部請求とすることができるか?」という形で問題提起されることが多いのに対し、債権執行では、「申立書で遅延損害金を申立日までの確定金額で表示した場合に、債権計算書で申立日の翌日以降の遅延損害金を含めることができるか?」という形で問題提起されることが多いと思われます。これは、債務名義に「完済まで」「支払済みまで」の遅延損害金の支払が命じられている場合に、多くの執行裁判所では、申立書の請求債権としてその遅延損害金を掲げるときに、不動産執行では「完済まで」と表示することを認め、配当等の段階で配当等の日までの確定金額を計算するのが通例であるのに対し、債権執行では申立日までの遅延損害金を計算して、その額を表示するよう指導する取扱い(「本件取扱い」)を行っていることが通例であるためです。

 この本件取扱いは、法令上の根拠はありませんが、最高裁は、本件最決でも引用されている最高裁平成21年7月14日判決( 民集第63巻6号1227頁。https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=37827。以下「平成21年最判」)で、次のように判示して、その合理性を認めています。

(引用始)「債権差押命令の申立書に記載する請求債権中の遅延損害金を申立日までの確定金額とすることを求める本件取扱いは、法令上の根拠に基づくものではないが、請求債権の金額を確定することによって、第三債務者自らが請求債権中の遅延損害金を計算しなければ、差押債権者の取立てに応ずべき金額が分からないという事態が生ずることのないようにするための配慮として、合理性を有するものというべきである。」(引用終)

 ただ、その一方で、次のようにも判示して、申立債権者が本件取扱いに従った場合でも、申立日の翌日以降の遅延損害金について、「債務名義の金額に基づく配当」が受けることができるとし、申立債権者が債務名義に表示された債権全部を回収することが可能となるよう、配慮してもいます。

(引用始)「本件取扱いに従って債権差押命令の申立てをした債権者は、第三債務者の負担について上記のような配慮をする限度で、請求債権中の遅延損害金を申立日までの確定金額とすることを受け入れたものと解される。そうすると、本件取扱いに従って債権差押命令の申立てをした債権者であっても、差押えが競合したために第三債務者が差押債権の全額に相当する金銭を供託し(条文略)、供託金について配当手続が実施される場合(条文略)には、もはや第三債務者の負担に配慮する必要はないのであるから、通常は、債務名義の金額に基づく配当を求める意思を有していると解するのが相当である。したがって、本件取扱いに従って債権差押命令の申立てをした債権者については、計算書で請求債権中の遅延損害金を申立日までの確定金額として配当を受けることを求める意思を明らかにしたなどの特段の事情がない限り、配当手続において、債務名義の金額に基づく配当を求める意思を有するものとして取り扱われるべきであり、計算書提出の有無を問わず、債務名義の金額に基づく配当を受けることができるというべきである。」(引用終)

2.東京地裁執行部(執行センター)の取扱い

 ところが、東京地裁執行部(執行センター。以下「執行部」といいます。)は、平成21年最判について、申立て後の請求債権の拡張は許されないことを前提とした、以下の見解を示しました(民事執行の実務第3版債権執行編下133~134頁、平成24年)。

(引用始)①「配当手続において附帯請求の拡張が認められる場合であっても、請求債権額や差押債権額が拡張されるわけではなく、『配当等の計算の基礎となる債権額』を配当期日までの遅延損害金等の額も加えて配当額を計算するということであり、配当金は、債権差押命令の請求債権目録に明示された元金、利息、遅延損害金及び費用の各金額の範囲内で配当される。」
②「弁済金交付手続においては、配当手続が実施された場合を前提とした前記最高裁判例の射程外である上、請求債権額や差押債権額が拡張されるわけではないので、交付される弁済金の額に変化はなく、附帯請求の拡張が認められる場合には当たらない。」(引用終)。

 要するに、配当では「配当額の計算では、申立日の翌日以降の遅延損害金を含めるが、その部分への配当はしない。」、弁済金交付では、「従前どおり、申立日の翌日以降の遅延損害金部分には、弁済金を交付しない。」ということです。

 これらの見解は、「債務名義の金額に基づく配当」(この用語は、平成21年最判で「債務名義の金額に基づいて、配当期日までの遅延損害金の額を配当額の計算の基礎となる債権額に加えて計算された金額の配当」と定義されています。)を受けることができるというべきである」とした平成21年最判を事実上無視すると宣言し、最高裁の配慮を無にするものと言わざるを得ないものでした。
 これらの見解は、執行実務に一定の影響力を有すると思われる文献で公表されましたので、東京地裁執行部以外の執行裁判所でも、これに従った取扱いが多く行われていたと推測されます。

3.本件最決

 このような状況において、本件最決は、次のとおり判示しました。

(引用始)「元金及びこれに対する支払済みまでの遅延損害金の支払を内容とする債務名義を有する債権者は、本来、請求債権中の遅延損害金を元金の支払までとする債権差押命令の発令を求め、債務名義に表示された元金及びこれに対する支払済みまでの遅延損害金相当額の支払を受けることができるのであるから、本件取扱いに従って債権差押命令の申立てをした債権者は、第三債務者の負担について上記のような配慮をする限度で、請求債権中の遅延損害金を申立日までの確定金額とすることを受け入れたものと解される。そうすると、本件取扱いに従って債権差押命令の申立てをした債権者は、債権差押命令に基づく差押債権の取立てに係る金員の充当の場面では、もはや第三債務者の負担に配慮する必要がないのであるから、上記金員が支払済みまでの遅延損害金に充当されることについて合理的期待を有していると解するのが相当であり、債権者が本件取扱いに従って債権差押命令の申立てをしたからといって、直ちに申立日の翌日以降の遅延損害金を上記金員の充当の対象から除外すべき理由はないというべきである。したがって、本件取扱いに従って債権差押命令の申立てをした債権者が当該債権差押命令に基づく差押債権の取立てとして第三債務者から金員の支払を受けた場合、申立日の翌日以降の遅延損害金も上記金員の充当の対象となると解するのが相当である。」(引用終)。

 すなわち、本件最決は、本件取扱いに従った申立債権者が第三債務者から得た取立金について、「もはや第三債務者の負担に配慮する必要がない」ことを理由として、申立日の翌日以降の遅延損害金に当然に充当することを認めたものであり、本件取扱いに従った申立債権者が、申立日の翌日以降の遅延損害金について、債権計算書の提出等により執行裁判所に請求債権を拡張する旨を主張するまでもなく、申立書の請求債権の表示には拘束されず、当然にその遅延損害金部分に充当できるとしました。

 ここで、本件最決が、本件取扱いについて、法令上の根拠はないものの第三債務者に対する配慮という限りでは合理性を有すると解していることからすれば、取立て以外の手続でも、「もはや第三債務者の負担に配慮する必要はない」段階に至れば、具体的には、第三債務者が被差押債権の弁済として供託をした以降の手続では、申立日の翌日以降の遅延損害金を取立てと同様に取り扱うべきという結論になるはずです。

 すなわち、本件最決の事案では、第三債務者は、取立てに応じて弁済するまでは執行手続に関与せざるを得ませんが、弁済した時点でその手続から解放され、「もはや第三債務者の負担に配慮する必要はない」状態に至るが故に、申立日の翌日以降の遅延損害金への充当が認められることになるわけです。
 そうすると、配当等においても、第三債務者が供託の方法で弁済した時点で、その手続から解放され、「もはや第三債務者の負担に配慮する必要はない」状態に至るはずですから、やはり、申立日の翌日以降の遅延損害金への充当が認められなければ、取立ての場合と整合性がないことになってしまうはずです。

 そもそも、平成21年最判は、配当異議訴訟の上告審判決であって、ここで既に「債務名義の金額に基づく配当」(「債務名義の金額に基づいて、配当期日までの遅延損害金の額を配当額の計算の基礎となる債権額に加えて計算された金額の配当」)を受けることができるとしていたのですから、配当の場合に配当金が申立日の翌日以降の遅延損害金に充当されるのは当然ですし、弁済金交付の場合も、差押えの競合がなく、債権者に取立権が認められていたことは取立ての場合と何ら変わりはありませんので、取立ての場合と取扱いを異にする合理的理由はないというべきです。
 したがって、配当等の場合でも配当金等(配当金・弁済金)を申立日の翌日以降の遅延損害金に充当することが認められるべきです。

 そして、この場合に、申立日の翌日以降の遅延損害金部分について、東京地裁執行部の前記①②の見解のように、その部分への充当は認めてもその部分を配当等の額の計算の基礎に含めないとしたり、その部分に配当金等は交付しないとしたりするのは、配当金の充当は法定充当(民法489条)によるとされ、指定充当が許されないこと(最高裁昭和62年12月18日判決、民集41巻8号1592頁。https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=55215。)から、配当等の計算の基礎とはしなかった債権部分に配当金等が充当されることになり、明らかに不合理ですし、平成21年最判の「債務名義の金額に基づく配当を受けることができる」との判示に反することにもなりますので、申立日の翌日以降の遅延損害金部分も、配当等の額の計算の基礎に含め、かつ、その部分にも配当金等を交付することが認められるべきです(その結果、債権執行で弁済金交付が実施されるのは、債権者1人の場合に限られることになると予想します。)。

 以上から、本件最決により、本件取扱いに従った場合の申立日の翌日以降の遅延損害金については手続開始後の請求債権の拡張が認められることが明らかにされたというべきであり、申立て後の請求債権の拡張を認めないとする見解及びこれを前提とした東京地裁執行部の前記①②の見解は、いずれも否定されたというほかないと考えられます。

 ところで、平成21年最判に対する東京地裁執行部の前記①②の見解については、以前から次のような批判がありました(「基礎から実務へ 民事執行・保全270頁注620、平成25年)。

(引用始)(①の見解に対し)「同最決の『特段の事情のない限り、配当手続において、債務名義の金額にづく配当を求める意思を有する者として取り扱われるべきであり、計算書提出の有無を問わず、債務名義の金額に基づく配当を受けることができるというべきである』という判示と相容れないと考える。」
(②の見解に対し)「弁済金交付手続であっても供託後は『もはや第三債務者の負担に配慮する必要はない』ことに変わりはないから、同最決の判示と相容れないと考える」、(次注目)「これらの説明を読むと、同書132頁以下は、『請求債権金額や差押債権金額が発令後に変わることはあり得ない』という認識が前提にあるように思われるが、上記最決は、正にその認識に対して疑問を投げかけるものであって、『第三債務者が不利益を受けることがなくなってもなおそのような認識を維持すべきなのか』を問いかけているものというべきである。」(引用終)。

 本件最決は、この批判が正当であることを裏付けるものであり、申立て後の請求債権の拡張は許されないという見解に固執した結果、平成21年最判の理解を歪めることになったと言わざるを得ない東京地裁執行部の前記①②の見解を是正させる意味を持つものと考えます(むしろ、東京地裁執行部が固執しなければ不要とも言え、それ以外の意味があったのか?という疑問が拭えませんが…)。

4.実務に与える影響等

 以下、本件最決により、債権執行の取立金・弁済金・配当金(「取立金等」)に関する実務や、その他の手続に、どのような影響を及ぼすかを考えてみます。

 まず、いわゆる奥書(民執規62条3項)に関する取扱いについてです。すなわち、これまでに債権執行の完結後に債務名義に付された奥書には、申立日までの遅延損害金に法定充当された旨が記載されているはずですが、このような奥書が付された債務名義で更に強制執行をするときに、その奥書の記載に拘束されて、前の取立金等を前の債権差押命令の申立日の翌日以降の遅延損害金に充当したと主張することは許されないのか、が問題になります。
 この点、奥書の効力に関し、東京地裁執行部は、奥書が債務名義と同等の効力を有するという解釈が成り立ちうるかのような説明をしています(民事執行の実務第3版債権執行編下29頁以下)。
しかしながら、奥書は民事執行法の下位法である最高裁規則上の制度に過ぎず、上位法の民事執行法上の制度である債務名義の執行力を否定する効力を有すると解する余地はないはずですので、請求債権について、債務名義の表示には反しないがそれに付された奥書の表示には反する主張がされたときに、奥書によってその主張が認められないということはあり得ないと考えられます(基礎から実務へ 民事執行・保全259頁注592参照)。
本件最決
でも、前の債権差押命令申立事件の申立日までの遅延損害金に充当された旨の奥書が付された債務名義に基づいて、後の申立てがされたはずですが、申立日の翌日以降の遅延損害金に充当した旨の申立てを容認する旨判示しており、最高裁も、奥書に債務名義の執行力を否定する効力はないと解していると推測されます。
 以上から、従前の奥書が付された債務名義であっても、新たな債権差押命令の申立書に申立日の翌日以降の遅延損害金に充当して計算した額を請求債権として表示することが認められると考えます。

 次に、配当異議があったときの配当期日から配当実施又は追加配当までの遅延損害金の扱いはどうなるか、という問題が考えられますが、結論としては、従前の取扱いが維持されると思われます。

 このほか、東京地裁執行部の前記①②の見解は、平成21年最判の理解として著しく無理があったと考えますが、執行裁判所がこの見解を採用したことにより債権回収が不能となったとして国家賠償を求めることができるか、という問題(容易ではないでしょう)や、若干本件最決から離れますが、債権執行の執行費用についても、「もはや第三債務者の負担に配慮する必要がない」段階に至った後には、取立金等を申立書に請求債権として表示しなかった執行費用(取立てに要した費用や取立届の提出費用等、申立て後に額が確定した執行費用)に充当することが認められるのではないか、という問題(基礎から実務へ 民事執行・保全236頁注525参照)も考えられます。さらには、金銭債権執行全体に係わる問題として、冒頭の「申立書に表示した請求債権を手続開始後に拡張することが認められるか」という問題についての再検討も必要となるでしょう。これらについては、今は私見を述べません。

5.まとめ

 いずれにしても、東京地裁執行部は、この本件最決の機会に、平成21年最判を事実上否定した無謀な解釈を早急に改めるべきでしょう。
どのような見解が示されるのか、また「取立ての場合であって配当等では射程外」等、相変わらず無茶な理屈で最高裁に楯突くのか、今後の流れに注目したいと思います。

6.その後

 最近、ようやく民事執行の実務第4版債権執行編(平成30年)に触れましたが、東京地裁執行部は、遅くても平成30年には、次のとおり平成21年最判及び本件最決に従った取扱いに変更したようです(同書下142~143頁)。

(引用始)「元金及びこれに対する支払済みまでの遅延損害金等の支払を内容とする債務名義を有する債権者が、債権差押命令の申立書に記載する請求債権中の遅延損害金等を申立日までの確定金額とした申立てに係る債権差押命令において、差押えが競合するなどして配当手続が実施されるに至った場合には、上記特段の事情のない限り、配当手続において、債務名義の金額に基づき申立日の翌日から配当期日までの附帯請求の拡張が認められる。」(142頁)
「拡張が認められる部分の附帯請求に配当金を充当することができるかについては、従来から争いがあり(略)、東京地裁民事執行センターでは、これまで充当を否定する見解を採用していたが、最決平29.10.10(略)が、取立金について取立日までの附帯請求に充当することを認めた趣旨を踏まえ、配当金についても充当を認める運用に変更した。」(143頁)
「前掲最判平21.7.14及び最決平29.10.10の趣旨趣旨からすれば、過払金返還請求権を請求債権とする債権差押えに基づく配当手続、担保権実行(事件付合(ナ))による債権差押えに基づく配当手続、弁済金交付手続においても、附帯請求の拡張、充当が認められると解されることから、これらについても附帯請求の拡張、充当を認める運用に変更した。」(143頁)(引用終)

 最後に、この取扱い変更は、無謀な解釈で平成21年最判を事実上否定していた東京地裁執行部にとっては極めて大きなできごとだったはずで、変更直後に広く告知すべきものだったと思われますが、本件最決が出た後の「さんまエクスプレス」を見たところ、この変更を記事にした形跡は見たたりませんでした。
 どのような事情があったかは定かではありませんが、本件最決で実質的に敗訴したことを直ちに明らかにしたくなかったのでは?という見方が邪推であることを願いたいところです。

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