今日、母を殺す。

物騒ではなかった。
私は文字通りお母さんに殺された。
小学三年生の初夏。
僕は母に幸せを奪われた。
いや、奪われたのではない。
あの日、僕は一生幸せなど感じないと誓ったのだった。

僕は散々母の加害をあげつらった。
二五歳になる今年まで。
僕は、母にとってもともと何もしゃべらない息子だった。
でも面白い動きをして、面白い顔をして、母を笑わせるのが好きな息子だった。

変だから絶対に人前ではしなくても、自分の踊りで人を笑わせるのが好きな息子だった。

僕は発達障害かもしれない。
でも、この気持とそれは関係有るのだろうか。

今日、母を殺す。
僕は母の心を殺した。
僕と同じだ。
これで母も不幸だ。
自分がされたことと同じことをさせよう。

今日、こういう言葉を言った。

「あんたは、僕の、この生産的で、心を大事にし、自分を大事にしたいという気持ちに基づいて人に価値を与えていくこの人生において、存在しちゃいけない人なんですよ。」

凍るのがわかった。
この言葉を言った瞬間、自分を生んで育ててくれた人が今までと違う行動原理で動くようになったのがわかった。
空気が変わった。
その存在に僕も少し戸惑ったが、自分の心はと言うと、すごく気持ちが良かった。
いや、気持ちいいなんてもんじゃない。
感じていたことをそのまま与えてあげたという高揚感に苛まれた。
あれから母はおかしくなった。

はは、はは、と生きる屍になった彼女を見て、僕は初めて自分を相対化できた気がした。

それでも、独り、夫と弟の洗濯物を干そうとする母のしゃがんだ姿を見て、僕は自分の罪に気づいた。

今日は雨だ。

(この作品はフィクションです)

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