平倉さん

たぶん私は、新幹線と相性がよくない。飛行機とよりも断然よくない。

たとえば、おばあちゃんのお通夜へ向かう東海道新幹線。のぞみとこだまを乗り間違えたことがある。人生でも指折りのしめやかなシーンで、優雅に小田原や熱海に停まっていた。
はなちゃんもそんな間違いするんやね、と岐阜のおじちゃんたちは笑ってくれたけど、はなちゃんはそんな間違いばかりだ。てかあれまだ半年前なのか。


新幹線とは、その後も順調に相性がよくない。

その日、私は遅刻していた。29歳にもなって、家に携帯を忘れて予定の新幹線に乗れなかった。
携帯なくてもいけんじゃね?と思って途中の駅まできっぷで向かったけど、いけるわけなくね?と思い直して引き返した。私はこういう時の判断力もない。家に取り残されていた携帯には当然、友達からの鬼電。マジごめん。持てる限りの言葉で謝りながら、携帯を握りしめて大宮駅へ急いだ。きっと私って一生こうなんだろうな、ととっても落ち込みながら。

北陸新幹線で、大宮から長野まで。もうすでに遅刻してるけど、最小限の遅刻で間に合う新幹線を見つけていて、絶対それに乗りたかった。ちなみに北陸新幹線は全席指定。自由席という名のセーフティーネットがない、ミス許されない度の高い新幹線だ。
大宮駅に着いて、一目散に新幹線きっぷうりばへ向かう。自動券売機でさっと席をおさえるビジョンだったのに、大宮駅の自動券売機にはSuicaをタッチ出来るところがなくて、ビジョンは一瞬で崩れた。こんなところでモバイルPASMOが裏目に出るなんて。握りしめたままの携帯もしょんぼりしている。せっかく連れてきたのにマジごめん。

すでに行列が出来ている、みどりの窓口に並ぶしかなかった。もう目あての新幹線に間に合わないかも知れない。まだAM11:00なのに、心はバキバキだった。


私の番が来た。みどりの窓口、ご担当・平倉さん。

メガネを掛けた平倉さんは、始めの一言から優しくて丁寧だった。一つひとつの会話にありがとうございますと返してくれた。時間と行き先を伝えると、なめらかな手さばきで席を確認してくれた。少しハの字のまゆ毛でずっとにこにこしていた。

席には余裕があったみたいだった。「窓側のお席と通路側のお席、どちらかご希望はございますか?」と聞いてもらった。

なんて素敵な一言だろうと思った。こんな私にまだ、窓際のお席と通路側のお席の選択肢があるなんて思いもしなかったから。
飛行機で「Beef or fish?」って聞かれるくらいわくわくしたし、平倉さんのその一言には、湯たんぽみたいなオレンジ色のあたたかさがあった。ふいに泣きそうになってしまった。
マスクをしてたけど、なるべく笑って「窓側でお願いします」と伝えた。

料金はクレジットカードで払った。私が暗証番号を打つ時、平倉さんは、授業中寝落ちてしまった高校生くらい突っ伏して手元を見ないようにしてくれた。

そうして窓側のお席はあっという間に手に入った。まだもう少しお話ししていたくて、そんなことだいたい分かってるのに「この券って2枚一緒に通したらいいんですか?」とか聞いてしまった。こういうのをダル絡みと言うのかも知れない。もちろん平倉さんは、優しく丁寧に答えてくれた。


スタバのソイラテを買って、券を2枚一緒に通して、無事、目あての新幹線に乗り込んだ。
遅刻してるくせに新幹線の中でスタバ飲むな、って叱られるかな。もう、そんなことを考える心の余裕だってあった。
窓側のお席で、朝まさかこんなことになるなんて思ってなかった時にバッグに入れた本を読んだ。その本は、いつも一番よく見えるところに並べている大好きな本だったから、むしろこんな日に読むにはぴったりだった。

大宮から長野まではなんと一駅。合流したらどんな顔で謝ろうかと思っていたけど、友達は、手にいっぱいのパンフレットをかかえて美味しいお蕎麦やさんを探してくれていた。こんな私とずっと仲良くしてくれてありがとう、とかあまりに月並みなことを思った。
もうこれ絶対いい旅行になるじゃん。友達と、平倉さんのお陰で。珍しくそんなことまで考えながら、お蕎麦やさんへ向かった。

平倉さんへ。本当にありがとうございました。私も平倉さんみたいな大人になりたいです。ひらくらさんと読むのか、たいらくらさんと読むのか、それだけいつか教えてください。

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