発券とマラソン

私は週に一度以上観劇をする、観劇人間だ。
すべての観劇にはチケットが伴う。そしてほぼすべてのチケットには発券が伴う。そのため私はチケット人間であり、発券人間でもある。

発券人間には、公演直前まで発券しないという矜持がある。以前かなり高価なチケットをなくしたことがあるから。
2018年、ポールマッカートニー来日公演。¥18,500のチケットを2枚。全く別の公演のチケットと一緒に発券して、そっちの会場に置いてきてしまった。
当選メールも座席の分かるチケットページもあったけど、問合せたら「原本がない限り入場はできません」と言われた。そりゃそう。100%私が悪い。
それでもキョードー東京問合せ窓口のオペレーターさんの丁寧かつ機械的な応答は、今も私の耳に突き刺さっている。

それ以来チケットは当日に、しかもなるべくギリギリに発券することにしている。よく行く会場とその近くのコンビニ事情は把握しているし、発券の段取りも我ながらスムーズ。これが私のベストアンサーだと思っていた。
だけど先日、初めての会場でミスをした。

ピエール瀧復帰後初の電気グルーヴワンマン。みなとみらい、ぴあアリーナMM。
発券はローソンチケット。もちろん事前に近辺を調べて、会場の目の前のオフィスビルにローソンを見つけてあった。完璧。持て余さない程度の余裕を逆算してみなとみらい駅に到着。オフィスビルへ向かった。

ローソンどころか、ビルごと閉まっていた。

終わった。と思いつつ私、ミスの多い生涯を送ってきました。正直初めてのシチュエーションじゃないし、こういう時に頼れるものももう知っている。
脚力だ。

私はさりげなく元陸上部。意外と長距離選手で何気にマラソン大会は1位だったし、思いがけず42.195kmも完走してる。ピンチの時だけこの頃の脚力を呼びさますことが出来るのだ。
開演まであと10分、別のローソンまで600m。余裕。
方角だけ確認して携帯を閉まう。あの頃のスピードを意識して、走り出す。


発券のためのダッシュだとしても、私は確かに走っていた。
耳を通り過ぎる風の音、口呼吸のせいですぐ冷える肺。鼻をつんざく初秋の乾いた空気ごと、私にとっての「マラソン」だ。
走り出しだけはどこまでも行けそうで、なのに脚はすぐ重くなる。あー早く止まりたい。せめてあの柱まで頑張ろう。その繰返しで何とか先に進む。しんどいけど、歩いてる人よりちょっとだけ何か先回りをしてるような気がしてそれはうれしい。
そういうの全部全部引っくるめて、私の青春そのものなのだった。

本当は今でも、走ることには抵抗が、走るのをやめたことには呵責がある。でも、久々のマラソンは気持ちよかった。ちょっとしか走ってないけどすかっとした。走れてうれしかった。発券のためのダッシュで思うことじゃないけれど、また走ってみようかな、と思った。


3分でローソンに着いた。やはり発券はスムーズに済んで、ミネラルウォーターまで手に入れてまたダッシュ。
開演まであと2分、発券前よりいいコンディションで会場に戻ってきた。結局、シンプルに開演が15分押していた。ほらね。こういう時大丈夫じゃなかったことがない。


大丈夫だった経験は人を油断させる。私はこれからも直前に発券するし、きっといつかまたコンビニ難民にもなる。でも次は、開演が押さないかもしれない。

習慣にできなくてもいい。趣味になんてたぶん一生ならない。
でももうちょっと余裕を持った発券のために、時々はマラソンをして身体を起こしてみようかな。

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