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「博士の愛した数式」20240603

サムネイルをみて、「アルツハイマー型認知症の男性とその妻」の話かとすっかり勘違いをしていたので、あるいみとても新鮮な気持ちで本作を見ることが出来た。

私は数学が苦手である。数字アレルギーと言っても良いくらいである。
数字を見た途端のうみそが「あ、だいじょうぶでーす」と、ドモホルンリンクルの継続のお誘い電話を断るときくらいの速度でシャットダウンしてしまう。

そんな自分が、数学を愛してやまない方の映画をみれば、すこしは数学、いや、数字に愛着がわくのではという下心で見始めた。

深津絵里演じる家政婦の対応に感服させられどおしであった。

同じ事を何度も何度も聞かれると、やはり私のような小物はいらいらしてきてしまうが、彼女はそんなそぶりは一ミリも見せない。

偏屈なことを言って突っぱねる博士に、明るく楽しい提案を折れずにもちかけ、外や交流イベントに誘う。

かといって博士も良いところがない人間なのではなく、とっても優しい。
「家政婦の息子は十歳なのに、その母親は他人のご飯をつくっている」この冷静で自分を責めるような口ぶりは、いつも飄々としている彼の自責の念を表しているようではっとする。

彼のルートに対する愛にあふれた、どこまでも穏やかな接し方は、生まれることが出来なかった子供を重ねているのか。それとも彼自身の中に刻まれた、「ベットは寝るもの」くらいに「当たり前のこと」として記憶されているのか。

きっと彼は教授時代も、人気があったのであろう。
そんな彼がなぜ、誰とも交流せず一人で離で暮らしているのはなぜか。

初めて玄関口に現れた時の彼は、背広のあちこりにメモを張り付け、ひとことでいうと「変なおじさん」である。
そんな変なおじさんも、映画の中盤にもなれば「むしろこんな数のメモでよくぞ生活している…」とメモすらいとおしく思えてくるものだから、慣れと親しみというものは凄いのだなぁ。

そして、ルートもまた、本当に人の事も思いやれるいい子である。
無邪気な自分の一言が博士を傷つけてしまった。と涙するやさしさ、
博士を傷つけた。と母親に怒る姿。

「なんで博士に息子を任せたんですか」というセリフは、聞いていて胸が締め付けられる様だった。自分が博士ならどれだけそれが自信をなくし、自尊心が傷つくか想像にたやすい。また、誰よりも大切な息子の安全を前にしていつも穏やかで謙虚で博士への敬意を欠かさない母としての一面を見てひやっとする。どちらの気持ちもわかるからこそ、しんどいシーンである。

彼を過剰に障害者として過保護に接するわけでもな、一クライアントとして同じように接する姿勢にとても感銘を受けた。
私が彼女だったら、どこかで「彼は記憶障害があるから」という前提のもと色々な事をやる前から諦めたり、通常とはことなる、つまりレベルを落としたような生活を提供してしまったいた気がする。

1人の人として尊重し、失礼な言葉遣いや態度がどこを探しても見当たらない。10年間誇りをもって家政婦を務めあげてきたという経歴が、行動から現れている。見事な仕事ぶりであった。私も彼女の接し方には学ぶことが多くあった。

そして、数学と対話が出来たら、暇な長電車に揺られている時、エレベーターで60階まであがらないといけないとき、便利だろうなぁと。

数学が少し好きになれた気がした。


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