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オンバト

1999年3月、NHKで『爆笑オンエアバトル』とういう番組が始まった。
若手芸人がネタ披露して、お客さん100人の審査(オンエアオッケーならゴルフボールを転がす、という斬新なもの)で、上位に入ればオンエアされ、下位はオフエアとして、本当に放送されない、シビアなネタ番組だ。

高校入学と同時期に始まったこの番組に僕は夢中になった。
というのも、当時はネタ番組は全くなくて、あれだけ流行っていたボキャブラに出てる芸人も、ネタは観たことない人たちばかりだった。特に地方に住んでる僕からしたら、ライブに行くなんて概念も無く、若手芸人のネタを観る機会は全くなかった(録画してたお笑いダンクシュートを擦りきれるまで繰り返し見てたくらい)。

なので毎週ネタが観られる事が幸せだったし、とにかくおもしろかった。
予告を観て、『来週この人たちでる!』と喜んだり、『オンエアされてくれ!』と願ったりした。
番組を第一回から毎週録画して、番組の本も買ったりしていた。
めちゃくちゃお笑いファンだ。

バラエティー番組はずっと観てたし大好きだったけど、ネタというものを意識したのは確実に『オンバト』だ。
『オンバト』は、ルールや番組名を変えながら、2014年まで続いた。

アンタッチャブルさん、アンジャッシュさん、ますだおかださん、ラーメンズさん、ほとんど全ての若手芸人がオンバトに出ていた。

大のオンバトファンだった僕は、芸人になった。

そして、憧れていた『オンバト』に挑戦する日がやってきた。
2010年にタイタンという事務所に入って、ありがたい事に2011年にオンバトに挑戦できる事になった。
それが初めてのテレビ出演。
しかも、ずっと大好きで憧れていた番組。

絶対にオンエアされるしかない!
僕は強くそう思った。
全くの無名な僕らは、初挑戦でオンエアされない限り次はないと思っていたからだ(そんなルールないけどね)。

緊張は極限だった。
そんな中、スタッフさんが声をかけてくれた。

『ウエストランドってタイタンなんでしょ?猿は元気にしてる?』

一緒に挑戦してる芸人にも知り合いはいなかったので、話しかけられて嬉しかった。
僕は元気に『元気ですよ。この前も飛び蹴りされました。』と答えた。

『え?!そんな事になってるの?!』
驚くスタッフさん

『そうですよ。あとは普通に二足歩行で歩いたり、ペットボトルの水を飲んだりしますからね』

『そりゃそうだろ!』

なんかおかしい。

当時タイタンからオンバトに挑戦してたのは、瞬間メタルさんと、猿まわしコンビのゆりありくさんだった。なので『猿』といえばりく君の事だと完全に思っていた。

が、スタッフさんはオンバト常連だったけど2010年に解散された5番6番の猿橋さんの事を質問していたのだ。

アンジャッシュ状態。

結果は、無事に初挑戦初オンエアを獲得できた。

その後オンバトにはめちゃくちゃお世話になった。
初オンエア後にアメブロのコメント欄でめちゃくちゃ悪口言われた事も、なぜか4回連続収録に参加させてもらった事も、良い思い出だ。

ちなみに、オンバトの最後のオーバー500はウエストランドなんですよ。

自慢!

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