7月23日

時間と余裕があるときに、悩みのある人の相談を募集する。そういう時に、常に通知が来るわけではないから、画面を閉じた後に人が訪れていたことに気づくことがある。
そういう時、どこか遠くに思いを馳せるように、その人のことを考える。チクリと痛むのは、罪悪感だと思う。
誰か一人でも話を聞いてあげる人がいるかどうかで、驚くほど人生の風向きが変わることがある。その人も、何か藁を掴むような思いでいたのだろうか、と思うと。なんだかやりきれない。と、ここまでくると最悪の事態を想定した妄想みたいになってくるので、あまり深くは考えないようにするけれど。
どんな悩みを持っていたのだろう、話を聞いてあげたかった、という気持ちと、誰か話を聞ける人はいるんだろうか、とか。いろいろ考えて。手が届かなかった、という何か切実なものが、私の背中を押して、悩み相談に向かわせることもある。そうして出会った誰かが、もしも私と話して何か救われたなら、それは何か見えないバトンだったのかもしれない。

訪れる人もいれば、離れて行く人もいる。
人の流れる川に椅子をもってこしかけ、訪れる人を静かに待ち続けるような、そういう木みたいなことをしている。
願わくば、話ができた人も、そうでない人も、いる人も、いなくなった人も、未来が何か明るくなればいいと思う。

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