しなやかな強さ、ツバメみたいに。
ほんまに無力感を覚えた。
人助けをするほど、良い人のつもりはないけど
ほんまに良い子を助けられへんかった。
仕事の関係でひょんなことから知り合った彼女はシングルマザー。
10代で妊娠。高校中退して結婚。2人目の子がお腹にいるとき離婚した。
中卒、シングルマザーでどうやっていままで生きてきたんだろう
彼女が離婚してもう10年になるだろうか。
今は介護の仕事をしている。認知症の人たちを預かる施設で日曜日以外休みはない。給与が上がっても、子どもたちがいるから夜勤はしないと言い切った。これから教育費でお金がかかるから、国家資格をとってもっと稼ぎたい、とやる気に満ちていた。彼女の優先順位はあくまでも子ども。ほんとに優しいお母さんで、子どもたちはちょっぴり甘えん坊だ。赤ん坊のとき、誰にも預けず、車に乗せて配達の仕事をしていたそうだ。
こんな話をきくと、どれだけ肝っ玉母ちゃんだろう、と思うだろう。
でも違う。彼女はとても可愛い。顔立ちや姿だけでなく、性格も可愛くて、いつも他人のことを気にかけ、優しくて、おちゃめで、素直で、真っ直ぐな人。ただ可愛いだけじゃない、凛とした人。
彼女はわたしよりずっと年下でときどき世間話をするくらいだけど、一度「いい人がいれば結婚して、できればまた子どもがほしいな」と話していたことを覚えてる。そのとき「まだまだ若いんやら、素敵な人が現れるんとちゃうかな。はよいい人見つけなよ」なんて応えた。
「わたし結婚するんです」
その数カ月あとの春、「結婚するんです。相手は職場の人です」と恥ずかしそうに話してくれた。「あれ、ほんまに、よかったやん。よかった、よかった」わたしは単純によろこんで、「おめでとう!」とお祝いのことばを伝えた。やっと、本物の家族ができる、彼女の言葉尻からそんな気持ちが読み取れたものだ。
そして季節がめぐり、上の子どもが中学校に入学するころ、彼女の様子がおかしくなった。うわさでは、結婚相手に女ができて、借金をかかえているらしかった。
彼女は優しい。そのことは絶対に口にしなかったけど、必死で夜のバイトを探していたようだ。わたしの共通の友人が、アルバイト情報をメールで送っていた。
そして事件が起こった。
ある日、職場に出た彼女の左目に青いあざがくっきりと浮かんでいた。よく見ると鼻筋から口もとにかけてもあざがある。
どうしたん!? みんなが聞いても彼女は転んで机の角にぶつけた、と言った。誰がみても拳で殴られた跡だとわかったのに。
相手をかばったのか、家庭のもめごとを知られたくなかったのか、彼女の心の中はわからんけど、職場の上司が聞いても、同じことを繰り返すばかりだった。それから、職場の空気が、彼女への好意から同情に、同情から懐疑に変化した。
その前から、相手が周囲に、愚痴をこぼしていたらしい。彼女のことをよく知らない周囲の人たちはそれを信じて、彼女が悪いとうわさ話が漂っていた。
誰が味方か敵かわからない。
職場では誰が彼女の味方か敵かわからなかった。うわべでは「大丈夫?」と声をかけても、彼女がいない場で、こそこそ話がはじまり「まだ未練あるんやわ。アホちゃうの!」という声が漏れた。
「アホちゃうの!?」には「しょうがないな、ほんとにしっかりしなよ」という肯定的にもとれるニュアンスがある。わたしは良い方に考えることにした。誰もが彼女のことを可愛がっていると信じたかったからだ。
でも実際、それは言い訳で、ほんとは彼女をかばってあげたかった。
学校のいじめ、と同じ。いじめをする側を非難したら、こっちがやられる。
あぁ、なんて弱い。
思い切って共通の知り合いに相談しようとかけあったけれど、時間がとれなかった。
それから数週間後、相手が彼女の悪口を吹聴していると彼女の耳に入った。
それも彼女のことを思ってのことだったようだ。これで未練を断ち切れるやろと。
彼女に知らせるべきだったんやろか?
彼女はほんとに凛としていて、逞しいという印象があった。シングルマザーでここまでやってきたんやから、精神的にもそうとう強いんやろうと。
でも、やっぱり一人の人間。その打撃は大きかった。
眠れない日が続き、仕事にこられなくなった。朝になると気持ち悪くなる、と上司に連絡がきたらしい。
ここにきて傍観してた自分に恥じた。ほんまに申し訳ないことをしたと思った。でもどうすればよかったんやろ、まったくわからん。
困った人を助ける、ということは、その人に頼まれなければただのお節介やし、他人の家庭のことに口だしするのは気が引ける。
職場で彼女をかばうにしても、わたしより職場の人たちの方が、彼女に距離が近かった。
数週間後、彼女は仕事に出てきた。1カ月後に退社すると上司に伝えた。
彼女が歳の近い同僚に「こんな生き方しかできないんだ」とボソッと言ってるのが聞こえた。
しなやかな強さをもっているはず
自信を取り戻してほしい。しなやかな強さがあるんやと信じたい。
まだ30代。これからもっと楽しい、幸せになるチャンスはいくらでもあるんやから。
春がすぎて初夏。ツバメが子育てをはじめた。
南方からはるばる飛来し、近所の民家の軒下に巣をつくり、卵がかえると朝から夕方までせっせと餌を運んでやってくる。
そっと見守ることしかできないけど、無事の巣立ちを祈る日々。
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