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ダテにあの世は見てねえぜ

今回は二部構成となっている。まず、真面目な話をして、次に無意味な話をする。無意味な話のみを求める方はスマホの画面を削るかのごとくスクロールしていただき、かなりの改行のあとに出てくる記事から読んで欲しい。両方読むのはお薦めしない。大便二回分はある文量だ。

それでは、まず真面目な話から。

国難という状況において、日本人が「自分には何ができるか」「自分は何をすべきか」ということを考えられる献身的な生き物だということは、大きなポイントで言えば3.11で学んだ。あのときも、アイデアと体力のある人がとにかく率先して動き、多くの人が自らの無力を嘆きつつもそれをサポートした。
(今もだが)当時も俺は良いアイデアも浮かばす、活用できる何かも持たず、それでも何かをして力になりたいという気持ちだけで「塵も積もれば....」と自分に言い聞かせ3年ほど、他人が作ったフォーマットのもと、できることをやった。
困った誰かを支援するときに大事なのは、まず初動の大きさ。
次に、必要と予想される期間じゅう、どんなに規模が小さくなっても支援を続けることが大事だと知った。"忘れない"というだけでも良いと思う。
俺の場合、小さな段ボール一箱に缶詰やら水やらレトルトやら、せいぜい4~5人の食事一日分にしかならないであろう量を詰めて、月に一度送り続けていただけだった。にもかかわらず時折現地の方からお礼の電話をいただいたりしたことで継続の大切さを知ることができた。支援の窓口を広げ、連絡の中継をはじめ中心に立ち続けてくれていたSLANGのKOさんにも直接の面識はないが大きく感謝している。
そして形は違えど困窮する人を多く輩出することとなってしまった現在の騒動を前に、俺はどう動くべきなのだろう。
俺も所属するライブハウスNEVERLANDにおいては、後輩のレオナが中心となって大きな初動を作ってくれた。

ライブハウスとしての営業ができないのでネットショップを立ち上げ、グッズ販売で収益を得ようというものだ。その後も継続してネットショップは続けていくつもりだが2020.4.12現在は受注製作としており、一次受付は4/26(日)23:59まで、その後製作、梱包と作業をして5月中旬くらいの発送を目途にしている。詳細と最新情報はツイッターを参考にして欲しい。

レオナについては凄さも面白さも書き出したらweblioくらいのデータ量になってしまうので今は割愛するが、機会があったらエピソードの一部まとめを書いてみたいくらいだ。とにかく、俺たちは今はそれをサポートしつつ後に続く道を開拓しなければならない。苦難の道は続く。
同時に、俺の周りには飲食店経営者も多いし、好きなライブハウスも沢山ある。勿論「他人のサポートをするのは自分の足場が整っているときに」というのが常識だが、実は根っこのところで結構繋がってたりするので、できれば同時に考えていきたい。
震災時、俺は岩手に物を送っていたが気持ちは被災地すべてに向けていたし、結果的に「プロジェクトから被災地へ」という大きな見方は間違いとは言えないと思っているし、"個から個へ"というのは当然として、"集合から集合"へという意識も持っていたい。
そこでこんなものも見つけたので紹介してみる。

ライブハウス界隈でドリンクチケットの先行販売みたいな支援が多いが、それの飲食店バージョンと考えてもらえると話が早い。そもそもは別に支援のための企画ではないのだろうが、今はそういう使い方ができる。とはいえ支援したいお店が登録していないと使えないので、存続してほしいお店が周りにあったら勧めてみてもいいかもしれない。(現状東京を中心としたサービスになっているが日本国内であれば地域を限定しているものではないようだ)
とりあえず自分のバンドメンバーの飲食店経営者には送ってみた。
塵は積もったら本当に山になるし、継続は本当に自分含めた誰かの力になる。これは別にNEVERLANDを末永く支援してくれというつもりではなく、今ピンチな誰かを、金銭的でなくてもいい、言葉をかけるだけでもいい、自分の精神的な足場が確立してからでいい(遅いということはない)、少しの力で後押ししてあげてくれれば、絶対に喜ばれる。「ありがとう」の言葉が返ってくるだけで、支援する側の無力感はずいぶんと軽くなるのだ。俺はそれを知っている。
とはいえNEVERLANDのことは放っておいてどうぞというわけでは、正直ない。noteは投げ銭的なサポートができると知って、口座を登録した。
色々考えた結果、個人の口座を設定した。
ここでサポートをいただけたらまとめてNEVERLANDに寄付するという形を取ることにする。その際はきちんと証明する。
他の支援をいただいている方にはそれ以上を求めてはいないし、そうでない方にも特別にお願いするものでもない。一応、ということで悪しからずご了承いただきたい。
以上、真面目な話はここまで。

もしどこかから飛んできて真面目に読んでくれた方はここで終わって別の記事に飛ぶなりブラウザやタブを閉じていただきたい。これより下には意味という概念が存在しないし、目印にしたリンクがグロ注意である。それではここまでお読みいただいた方、本当にありがとうございました。



























どれだけいるかはわからないが、俺の書くものが好きと言ってくれる人は前半のような話を読みにきたのではないはずだ。わかっている。だからせっかくのアクセスに応えるべく、最初の記事で触れた"貧乏メシ"の話を書くことにする。目印にするため、なんとなく検索をかけてみたらなかなか衝撃的な記事が現れたので載せておいた。文中、『セミは生まれてから死ぬまで樹液ばかり吸っているので不純物がなく、昆虫食入門にはちょうどいいのだそうです』とあって、当時の俺に教えたくて仕方がない。タイムマシンはまだか。

さて2004年から錬金カード、もとい、楽天カードを手に入れるまでの数年のうち、特に酷い食生活を送っていたのが2004年後半だった。
9:00から14:00まで、フードコートのオムライス屋のアルバイトをしていた。
飲食業が好きだというのはあったが、メインは賄い目当てである。しかし、とんだ誤算だったのがこの店、賄いが有料だったのだ。複数人で勤務するシフトだったし客席から丸見えだったのでつまみ食いはシフトの相方がトイレに行っている間に隠れてポテトを頬張る程度だった。金はとにかくない。通勤途中にある、いわゆるデパ地下の総菜コーナーに積まれている無防備な唐揚げや焼き鳥に何度手が出そうになったことか。どうやったらバレずに2,3個盗めるか脳内シミュレーションを何度も試みたが、唐揚げ2個に対してリスクが大きすぎるので断念した。半裸の上戸彩の後ろに黒人SPが二人いるところを想像してもらえると分かりやすいと思う。
そんな中、よく一緒の勤務になったお姉さん(あえてお姉さんと呼ぶ。察してくれ)が、日に日に痩せていく俺を見かねて、ある日「領内の農奴から貢がれたが我には消費しきれぬ」と米をくれた。キミに決めた、と思った。
帰宅して炊飯器を開け、早速炊いた。その日は15:00から22:00まで別のバイト、23:00から6:00まで夜勤のバイトがある地獄の日だったので炊きあがる前に家を出ることになったが、「帰ったら白米が待っているぞ」とどうにか踏ん張ることができた。7:00頃家に帰り、ほかほかごはんと対峙。帝王におかずなど要らぬ!と、これ以上ない幸福を噛みしめていると、これ以上ない不幸を噛みしめてしまった。意味がわからないと思うので早速正解を発表する。石だ。石が入っている。ほうれん草の根に少し砂が混じっていたり、卵焼きに殻が入っていると文字通り"砂を噛む"嫌な気持ちになるが、石は完全にその上位互換である。ギラでいうところのベギラマだ。なぜ、ほかほかごはんに石が?私の年収、低すぎ!?農家から直接もらったものだというし、何かの過程で混入してしまったのかもしれない。タダでもらったものに文句を言うな、帝王でしょ。
というわけで続きを食べていたら再びベギラマ。一杯の茶碗に5~6粒の石が入っていた。しかもちょうど米と同じくらいのサイズ。黒いものもあったが、白いものは絶対に見分けがつかない。さては一度地面にぶちまけてしまってかき集めてザルでゴミを漉したブランド "べぎらまい "か!?マヒャド!(とても寒いの意) 否、それでも9割以上は食えるただ飯だ。文句は言うまい美味い米。(ライス)
そもそも、卵の殻にしてもそうだが、「入っているかもしれない」と用心さえしていれば噛んだときのショックは幾分か和らぐことは実証済みだ。『来るとわかっているパンチは耐えられる』と、はじめの一歩にも書いてあった。
お姉さんには言えないまま、追加でいただいた米にもちゃんと石は混入していた。俺のこと嫌いすぎていやがらせをしてきたのかもしれないとすら思ってしまった。それでもタダメシは有難かった。
結局、その後も自分で米を買うまではずっと口内にベギラマを食らい続けながら米を食らい続けたのであった。(どう頑張っても白い石を取り除ききれなかった)

長い前置きを抜けると、帝王におかずは要らないのだが、味は欲しかった。
そこで考えたのが "つもりおかず" だ。
調味料をごはんにかけるだけなのだが、プラシーボ効果を存分に狙った料理である。醤油ごはんは刺身丼だと思って食べたし、マヨソースごはんはもはやお好み焼きそのものだ。ポン酢とごまだれを用意して交互にごはんを浸して食べるとしゃぶしゃぶを食べている気分になれた。興味本位でワサビ丼をやってみたときは発狂した。視聴率はゼロだ。
しかしそんなときマヨネーズは優秀だ。どんな調味料にも合うから味を変えたいときに使えるし、生命活動に必要なカロリーも摂れる。そんなマヨネーズに裏切られたこともあったのだが、それはまた別の機会に。
とにかく一食の単価を下げたいので調味料はコスパが良かった。食材もないのに調味料ばかり充実していった。小麦粉を水で溶いて薄く小さな生地を作って焼き、焼き肉のたれをかけるとアラ不思議、見た目は完全に焼き肉じゃありませんか!味は完全に焼き肉のたれをかけた小麦粉だったが、メシは進んだ。ガスって素晴らしい。もちろんベギラマはしばらく健在だ。
駄菓子も優秀で、ビッグカツはソースカツ丼になるし、たまねぎさん太郎やどんどん焼きはチャーハンになる。「おかずなど要らぬ!」と叫んでいた帝王の姿はなかった。
実は駄菓子に手を伸ばし始めたころには必死の労働の甲斐あって多少余裕も出てきていて、食材を買うことも可能だったのだが、一食の値段を下げることが能力発動の制約だったのでしばらくは貪欲に色々試したのだが、最終的に "つもりおかず" に敵うものはなく、クラピカよろしく眩暈の頻度も上がってきたので貧乏メシ道からは足を洗ったのだった。
あの夏、セミをきっかけに昆虫食に手を出していたら今頃どうなっていただろうと思うと永遠に眠れないので今結論を出す。2006年春、ヤバい虫か草を食って俺はもう死んでいる。結論が出たので俺は永遠に眠ります。


































あーーーーー
一つ言い忘れたぜ
お前の母親についてだ

知りたければこのまま聞いてくれ
別にいいなr  |カチッ|

愉快な生活苦