物語は初めから 散文詩

 ここで会ったある気のおけない人が、この街を去った。知り合ってからそんなに経っちゃいない。バッチリ話が合うわけでもない。それなのに、すべてがどうでもいいほどに気が沈んだ。昨晩ほとんど寝ていないせいだろうか。互いに次に会う約束もせず、別れの空気さえ話を弾ませてくれず、お互い苦笑いを見せ合うようにしてわかれた。

 数時間の仮眠のあとで、彼女に会いにいこうとしたとき、無性に酒が飲みたかった。会ってみると、酒なんて飲める気分じゃなかった。一緒に食べる菓子も味気ない。ぼくの頭は回っていなかった。ぼくはいつも通りのくだらない話で時間を埋めた。

 彼女がいなくなることはわかっていた。彼女に言うべきことは何もなかった。彼女に求めるものは特になかった。彼女もぼくに求めるものなどなかっただろう。ぼくらはまだ、お互いに求め合うほど、お互いを知らなかった。

 知り合ったとき、彼女がここにいる時間はすでに限られていた。ぼくらのために、ぼくらは物語を早送りしてもよかっただろう。彼女は、そんな素振りを見せてくれた。ぼくは、自分のわがままでそれを見ない振りした。

 ぼくらには、やり直すほどの過去もない。お互いの場所で、お互いを見つめ合って話せたらどんなにいいだろう。もう、そんなときは来ない。彼女と会ったのはこの街だったのだから。

 ぼくは後悔しているわけじゃない。彼女のことはわかっているつもりだった。ぼくは悲しいんじゃない。彼女は彼女として一人だった。それなのに、ぼくはどうして酒をこぼしているんだろう。ふたりにはまだ何にもなかったのに。

 ぼくはいつのまにか、若さを失ってしまったのだろうか。あらゆる無限の可能性を信じず、あらゆる無限のドラマを信じられない。彼女との道は、はっきりとぼくに示されていたはずなのに。ぼくにはそれをやり通す勇気も、信じる気力もなかった。

 ぼくらはこうやって、いくつもの恋をやり過ごしてゆくのだろう。

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