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演題「作業療法を学ぶ皆さんへ。」文責・菊池洋勝 (2022/10/12)

演題「作業療法を学ぶ皆さんへ。」文責・菊池洋勝 (2022/10/12)

僕には先天性筋ジストロフィーの病気があり15才から人工呼吸器を着け在宅療養は36年になりました。2011年に東日本大震災があり大きな災害を経験して重度身体障害者と家族の防災に対する意識にも変化がありました。障害者の在宅療養について僕の一日を紹介しながら生活の中の作業療法と関連付けて話したいと思います。僕の一日は9時過ぎに起床。人に体を起こして貰い電子レンジでチンした蒸しタオルで体を拭いて貰います。ベッドに座り直して洗面と人工呼吸器を着ける喉に開いている気管切開の穴の回りの清潔を保つための処置をして軽い朝食を食べます。朝食が済むと月曜日は訪問看護、水曜は訪問リハビリテーション、平日の午前中は外の医療者を迎える準備とケアで終わってしまいます。午後は診療所の往診や訪問歯科のある日もありますが普段は夕食まで自由時間です。認定NPO法人の会報の表紙に風刺画を、ふた月おきで連載している〆切前は集中して絵を書きますが、それ以外は暇な生かされている時間をやり過ごしています。19時過ぎに夕食。食事を済ませると歯磨きをして20時過ぎには着替えて横になります。消灯すれば目や耳に入る情報が少なくなり加えて家族の目も離れるので一人の時間です。その殆どをイヤホンで耳を塞ぎラジオを聴いて寝落ちします。これが一日の流れですが、こう書き出して見ると何と虚しい生活を続けていることか、情けなくなります。だので、このように話すことがなければ自分と向き合うことはしません。電気、ガス、水道、人の手とあらゆるライフラインの恩恵に与り生かされているだけの時間は退屈と苦痛の入り混じった複雑な心境に苛まれています。世間では「生産性」で人の価値を測る風潮があります。インターネットを見れば重度身体障害者は穀潰し、税金泥棒、国の荷物と揶揄されることも少なくありません。(1/6)

僕の在宅療養の一日を作業療法の観点から考えると療養のQOLを維持するための作業療法、運動療法、音楽療法、絵画療法、文芸療法があります。主な作業には起床と就寝時の着替え、清拭と入浴、洗面、調理と食事、排泄があります。先天性筋ジストロフィーは進行性の難病だので、そのリハビリテーションには意見が分かれますが、僕は既存の筋肉、神経の感覚が少しでも維持される期待を持って続けています。僕の症状も例外ではなく関節の拘縮が進み筋肉も萎え、もう自力では立てない、歩けませんし自発呼吸も困難で人工呼吸器を着けています。近頃ではベッドでも座る姿勢を保つのに筋肉の緊張もあります。訪問リハビリでは最初の問診、触診で体の状態を把握し体の緊張と関節の拘縮を可能な限り解して貰いながら動ける範囲のストレッチもします。リハビリの中心は呼吸に関わる筋肉を伸ばし広げて肺の隅隅まで空気が入るように心がけています。呼吸リハビリには専門的な知識が必要で各地で研修会も行われています。筋ジスの症状や体の状態にも個人差があるためリハビリをしたからといって目に見える効果があるとは限りません。一時的にでも呼吸が楽になる実感があればリハビリの意味はあると思っています。また在宅療養の殆どの時間は人と会話がないので療法士との会話もリハビリの一部と捉え積極的に色色な話題で話すことも含まれます。外から迎える医療者の世代や性差、個人の経験の違いのある話を聞いて僕が何かを作る時の題材やヒントになることも少なくありません。なので彼らには僕の関心や興味、僕が続けていることに気を使って話題を限定されてしまうと、それ以上の広がりや飛躍がないので面白くありません。僕とは一切関わりのない話を噛み砕いてお喋りして貰った方が楽しいです。近頃では一日の内目を閉じている時間が長くなりテレビも見なくなりました。いつでも誰に会っても知らない話を聞ける耳を調えています。(2/6)

僕にとっての音楽療法は生活の中で無意識にやっていたことです。以前は公私でお世話になっていた社会人、学生サポーターと一緒にライブハウスや屋内外のロックフェスにも行く常連でした。カラオケで必ず歌うのはgoing under groundの「ショートバケイション」でした。小児科に入院していた思春期の頃にはラジカセが必需品でした。病棟の看護婦さんに若い人が多くきょうだいのように接して頂き、音楽の趣味が合って新譜が出るとカセットテープに録音して貰いました。入院していた自治医科大学の学祭では幾つものロックバンドの学園祭ライブにも参戦しました。大学病院の機能訓練室でもリハビリ中にはFMラジオが流れていました。80年代は病室のベッドにテレビがなかったので情報を得るにはラジオが欠かせませんでした。近頃はスマートホンのアプリケーション「radiko」「NHKらじる★らじる」を使って深夜放送を聴いています。リアルタイムで聴けなかった番組を期間限定ながら聴きたい時に繰返し聴く聞逃しサービスもあります。またTwitterと連動した番組の企画もあって僕のツイートが読まれることもあります。以前は葉書を書いて投函する手間がありましたが今は葉書代もかからずリアルタイムで投稿できるのも双方向の楽しみです。僕は先天性筋ジストロフィーの症状が進行したと思っていますが体力がなくなり体調を崩すと外に出ることにも自信がなくなって最近はライブにも行かない、行けなくなりました。在宅療養を診ている医療者は加齢のせいにしますが、外に出る回数がなくなれば社会人、学生サポーターに声をかける理由もなくなり彼らとの縁も薄くなり、もう彼らと会うこともなくなりました。だのでロック、音楽の興味もなくなりつつあります。すっかり聴かなくなりました。今後もこの傾向は強くなると思うので先が思いやられます。引籠もり、閉籠もりは誰にでも起こる事象です。(3/6)

お陰様で僕は認定NPO法人が発行する会報に風刺画を連載して26年になります。今年度は、ふた月おきになり書く枚数は減りましたが〆切のある仕事は〆切前には死ねないという責任があります。筋ジストロフィーの寿命は20年と長い間いわれていましたが今は人工呼吸器が家電のように家庭にも普及して在宅療養の環境が整いつつあります。医療機器を使いながら延命され患者の寿命も伸びています。僕にとって書くことは物心のついた時から一人遊びの延長で小学校に入るとクラスの中で自分を受入れて貰う手段でもありました。子供の頃は漫画家になるのが夢で藤子不二雄氏や鳥山明氏の絵を模写したり小児科に入院すると病棟のスタッフの似顔絵を書きました。在宅療養になり書く理由がなくなると暫く書くことを忘れましたが、28年前に交流のあった筋ジスの青年の在宅療養を支援しているボランティアのグループに参加して紹介された支援者の目にとまり認定NPO法人の会報の表紙絵の連載が始まりました。絵は全て手書きでコピー用紙にボールペンで下書き、ケント紙に書き写してペンを入れます。母が消しゴムをかけ、スクリーントーンという画材を貼って陰影をつけ完成させるまでに十日ほどでせうか。作画の間隔が空く連載ですから、その時時に応じた政治、社会、スポーツの注目ニュースを題材に一コマで風刺漫画を書くのは難しいです。〆切に間に合うように書き進める作業は緊張もありますが全て任されている自信にもなります。書きためたイラストを集めた個展を開く縁を頂いたり学生ボランティアの勧めで自治医大の学祭では原画展を20年行いました。イラストを書く作業は一人きりですが原画展で来場者に見て貰うことは作家の励みにもなりました。原画展は20年の節目を終え体を壊したのを切っかけに親の高齢化もあって今では出展が困難になりました。(4/6)

表紙絵の連載を続けながら俳句、短歌、川柳にも取り組んでいます。ネットでの公募もあり、SNSの投稿も増えました。結社、同人のグループや個人が#(タグ)を付けて作品を発表しています。継続は力を心がけ投句を続けている成果もあり、僕の入選作をのせて頂いた書籍も発売されています。それが切っかけで名前を覚えて貰うことも少なくありません。自治医大の学祭で行った原画展ではコピーを折ってホチキスでとめた句集も作りました。手書きにこだわる僕が筆を持てなくなり、人工呼吸器を着け話せなくなっても口実筆記できる短詩は最後まで作り残せると考えています。絵は絶筆、句は辞世を作れたら僕はいつ死んでも本望と考え作画と句作を続けています。ネットは体が死んでも名前と作品が残ればいつでも誰でも検索できます。僕の死後どこの誰かが思い出して生前の作品がヒットしたら嬉しいだろうと思いませんか。アートに生産性があるかと問われたら無名の作家と作品の多くは箪笥の肥やしか塵になるのが関の山です。それだけは悔しい。作業療法の多くが手作業のもの作りです。絵画、工芸、手芸、料理と健康な時には興味のなかったもの作りでも作業療法を体験し新たな才能に気づくことがあります。その切っかけを作るのも療法士の大切な役割でせう。作業療法を学ぶ皆さんも教科書で見た文化、芸術を振り返り、それを作る体験学習にも興味を持って参加して欲しいです。今は観光客向けの体験会も各地で行っています。三重の一刀彫りや根付け工芸の木工体験、伊勢饂飩の手打ち体験、餡ころ餅の菓子作りも良いでせう。愛知の犬山城には俳句の投句箱も置いてありました。参道を歩き城を見て句を投句する。旅の楽しみ方も増えると思います。もの作りを続ける上で、経済的に自立していない僕には材料費、投句料、年会費など費用の負担を捻出する収入のないのが悩みです。それで投稿を諦めることもあり投稿しても雑誌代をケチって入選を知らないこともあります。重度身体障害者が療養しながらもの作りを続けるには経済的な支援も大切です。お金の掛からない材料、道具を使ったもの作りを考えたり作品の投稿先を見つける情報収集も欠かせません。それには作業を支援する療法士の援助も必要です。近頃は作家が作った作品を販売するフリーマーケット、Webサイトやスマートホンのアプリを使ったサービスも増えました。安定した収入源として成功している事例は少ないですが積極的に試みる人は少なくありません。(5/6)

このように重度身体障害者の僕の在宅療養と、もの作りを作業療法の観点で紹介しました。それを実践するには在宅療養の環境と療養のADLの維持が欠かせません。先天性筋ジストロフィーで人工呼吸器を着けた在宅療養は全ての動作に多くの人の手と介助が必要です。その手を借りず動作の一つでも自分でできたら何より嬉しいことです。筋ジスは進行性の難病だから子供の頃できたことが加齢と共に目に見えてできなくなります。できないことが増えていきます。そんな自分の病気と向き合い生きる現実ほど難しいことはありません。難しい現実を離れ無心になれる時間が、もの作りをしている時です。無心になれるといえば12年前にオンラインで熱中していた3on3ストリートバスケットボールゲームが2019年にスマートホンやタブレットのアプリで復活しました。今はそのバスケをしている時が何より無心になります。eスポーツは茨城国体(2019)の正式種目になりパリ五輪(2024)でも正式種目になると注目されています。eスポーツには各地の人とリアルタイムで対戦する団体競技があります。選手は匿名のキャラクターを使うので実際に会うことはありませんが、お互いを知らないだけにゲーム上のマナーも必要ですし協調性もうまれます。僕も長い間忘れていたスポーツする楽しみを思い出しました。障害者がスマホやタブレットでeスポーツをする際の事例をまとめた論文はなく個別の疾患や障害の程度に合わせた上達の方法も手探りです。例えば僕が気を付けていることはゲームをしている長時間の座位の保持と上肢に掛かる負担を少なくすること。ゲーム中は呼吸器を着けていても呼吸が浅くなり真剣になると息を忘れてしまいます。適切な休憩の取り方など素人にも知りたいこと、専門的に教えて欲しいことは沢山あります。平成生まれの学生の皆さんも何かしらゲームはしていると思いますが、どのような姿勢で、どんなことに気を付けてゲームしているでせうか。誰もが一度きりの人生ですが難病と付き合いながらの人生は健常のそれとはかかる時間もできることも違います。限られた境遇で見つけた楽しみなら、より良い状態で体にも負担なく長く楽しめるADLの維持が求められます。療法士の皆さんにはその助言を頂きたいです。僕にとって、もの作りとeスポーツは現実逃避の手段です。いっそのこと現実逃避できるなら安楽死もするかも知らない。けれども今の日本では死の選択は社会的にも許されていません。呼吸器はじめ医療機器の進歩で筋神経の難病でも延命できるようになりました。治る治療法や薬のないまま延びた時間は生き地獄が続きます。療法士は医師など医療者が見過ごしてしまいそうな市井の生活を想像する伴走者と思います。もの作りは一つ一つの作業の集まりで完成します。その些細な作業の繰り返し積み重ねに共感できる療法士を目指して欲しいと思います。健闘して下さい。(6/6)

1/6 生産性のない人間は生きる価値がないのか?『こんな夜更けにバナナかよ』著者・渡辺一史が問う | 日本財団 https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2019/36253
2/6 漱石アンドロイド演劇『手紙』(青年団+二松学舎大学+大阪大学) - YouTube https://m.youtube.com/watch?v=s1qm9x_VCMI
3/6 GOING UNDER GROUND - ショート バケイション - YouTube https://m.youtube.com/watch?v=Pm-wTPFWRk0
4/6 認定NPO法人とちぎボランティアネットワーク - たすけあう栃木づくり https://www.tochigivnet.com/
5/6 新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」アウトロー俳句 北大路翼 https://www.amazon.co.jp/dp/4309026419/
6/6 リアルタイム3on3バスケ競技ゲーム スマッシュダンク【5X公式】 https://www.smash-dunk.com/

#プロフィール  。菊池洋勝( @kikutitg )先天性筋ジストロフィー。人工呼吸器を着け在宅療養しながら認定NPO法人とちぎボランティアネットワーク( @tochigivnet )「とちコミSDGs通信」に風刺画を連載してゐる。正岡子規にリスペクトし俳句を続ける。「屍派」アウトロー俳句(河出書房新社)に収載。1971年生まれ。宇都宮市在住。 webhero@hotmail.com #屍派 #鬣の会 #東京荒野 #里 #HaikuNFT

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