私を救ったラジオ
凍えた。
早朝。
まだ外が暗い中、家族を起こさないようにひっそりと階段を降りて居間に向かう。
台所だけに明かりがついていて、米の炊き上がったにおいが広がっていた。
正直、惰性でここまでやってきた。 親父に無理やり入れられた野球。 親を悲しませたくない、とか、期待に応えたい、とかそういう思いもあったかもしれない。
「続けなければ」
どこかそんな思いに取り憑かれていた。
やめることは悪いことだ。
日本はそんな、謎の儒教道徳におかされている。
私が意を決して「やめたい」と伝えても「恥ずかしいよ」と言われたから諦めていたのかもしれない。
その世界が全てだと思っていた。 BGMとともに、延々と流れる早朝の天気予報を眺めながら、身支度をすませる。
「がんばるんだよ」
言われたくない。プレッシャーになるだけだ。 なんの応援にも慰めにもならない親の言葉を背に、まだ薄暗く人気のない道路を自転車で走っていく。
寒すぎる。 制服の下には何枚も重ね着をしているがあまり効果はないようだ。 できればニット帽とネックウォーマーもつけたいのだが。
高校生になった時に、特に思った(当時の話)。
「なぜ自分はこんな寒い中、やりたくもない野球に向かって我慢しながら耐えているんだろう。」
好きでもない、楽しいとも思わない。 それなのになぜ自分はこんなことをやっているのだろう。 高校を卒業したら絶対にやめてやる。
いつもそう心に誓いながら自転車を漕いでいた。
競争にもうんざりしていた。 控えだが、チームのムードメーカーですごく良いやつが教えてくれた。
「あいつはあんまり打撃がよくないから、狙うならあいつのポジションを狙ってみろ。」
そう言われたのだと。 そいつは優しさからそのことを私に教えてくれた。 それは私もわかっていたからありがたい気持ちしかなかった。 しかしそれを言った先生(監督)には怒りや憎悪といった念が湧いていた。 どうすれば良いかわからなかった。
小学2年生から始めた野球は厳しかった。 最初、私は友だちとサッカーに入る感じでいたが、それを父が無理やり野球に入れさせた。
チームは厳しく、小学4年生からは平日も毎日練習があり、土日は試合。 休みは年末年始くらいしかなかった。 夏休みも毎日練習。遊びに出かけた記憶はない。
キャプテンを経験し、人間関係にも嫌気がさした。
中学高校と続けていったが、辛い思いだけが増幅していった。
そんなとき、私を救ったものがあった。
それは「ラジオ」だった。
どうやってラジオを好きになったのか。 覚えてないのだが、好きな歌手が出ていたから、とか、そもそもその歌手もラジオで知ったかもしれないしはっきりと覚えていない。
先述のように、私のことを先生(監督)がムードメーカーに言った時、私たちは県外に遠征にきていた。 そこの宿舎のような建物に泊めてもらうのだが、そんな夜もラジオ番組の掲示板に書き込みをしていた。とにかく悩んでいたし、でもどうすれば良いかわからなかった。
遠征が終わり、地元に帰ってきた。
家でラジオを聴いていると、まるですぐ近くで誰かがしゃべってくれているみたいだった。ラジオの世界は宇宙みたいなもんで、この世に異空間があって、放送してくれているとも思えたし、ひっそりと夜中に聴いていると、同じ時間を共有しているような気がした。ラジオを聴いている私たちだけが知っている世界だった。
ジェットストリームのイメージなのか、夜中にラジオを聴いていると星空の中に吸い込まれていくような気がして、物語の世界へと入っていけた。
自分と同じような悩みを持ったやつや、なんとなく漠然とだけど不満を持っているやつ。 自分よりとてつもなく重い悩みを抱えていらやつ、ラジオでもふざけて笑わせてくるやつ…
いろんなやつがいておもしろい。 「1人じゃないんだ」 ありきたりだが、そんな思いで十分落ち着くことができた。
ラジオを聴けば、遠くの土地にも飛ぶことができる。その土地のラジオを聴くのだ。 そして遠くに行ったときは、地元のラジオを聴く。 そうして安心感を得ることができる。
車では、最近は自分の情報源の音声を聴くことが多い。 それでも私の中でラジオの存在は消えていない。
radikoのタイムフリー機能やPodcastで違う土地のラジオだったり、知らない人のラジオを聴く。 車を運転しながら聴く。料理を作りながら聴く。運動しながら聴く。掃除をしながら聴く。 音楽だと疲れてしまうとき、ラジオはちょうど良い、心地よい。
ブラック企業にいたときもそうだった。 せわしない中で流れてくるカーラジオの音。 「この番組が流れてくる。ジングルが流れてくる。もう夕方かあ。」 そして時には夜遅くまで仕事が伸びる。 そんな時でも寄り添ってくれる。 助けられていた。
「ラジオってあったかいね」
私の地元のラジオ局のCMのフレーズだ。
そう、ラジオってあったかい。 テレビとは少し違う、人間のぬくもりを感じることができる。 今でももちろん聴きたい時に聴く。 ラジオは私の生活の一部になった。 ラジオ ありがとう。 これからも適当によろしく。
P.S
・SCHOOL OF LOCK
・jet stream
・RADIO KIDS
・お昼間協同組合
・THE NIGHT FLIGHT
・Lazy Sunday
・野球中継
・山下達郎のサンデーソングブック
・ピンソバ
ありがとう。
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