たまにはおしゃれして
町で有名なおじいちゃんの義男さんとおばあちゃんの節子さんは、普段からとにかく質素で、家の中でも外でも同じような格好で過ごしていた。ところがある日、節子さんが突然、義男さんに言った。
「ねえ、たまにはおしゃれしてみましょうよ。なんだかそのまんま芋みたいな服ばっかりじゃない」
義男さんはびっくりしたように眉をひそめた。
「なんだ、芋って…失礼なこと言うんじゃないよ。俺はこれが気に入ってるんだ!」
「いいじゃない、今日は特別よ。ちゃんとした服を着て町に出かけましょうよ」
しぶしぶ承諾した義男さんは、節子さんがタンスから引っ張り出してきたスーツを着ることにした。どうやら昔、友人の結婚式に出たとき以来、袖を通していないものだったらしい。
「どうだ、なかなか似合ってるだろう?」と義男さんは得意げにポーズを取ったが、袖はちょっと短く、ズボンも微妙にきつそうだ。
「まあ、十分よ。私も、あのドレスを引っ張り出してこようかしら」と節子さんが張り切っているのを見て、義男さんは何かがおかしくて仕方なかったが、何も言わずに微笑んだ。
そして、ふたりは揃って町へ出かけることにした。近所のスーパーの入口で、知り合いのおばあちゃんに出くわすと、その人が目を丸くして言った。
「まあまあ、節子さん、どこかにお出かけかい?義男さんも、スーツなんて着ちゃって…」
節子さんが胸を張って答えた。「たまにはおしゃれしてもいいかなって思ったの!」
義男さんも照れ臭そうに頭をかいた。「まあ、たまにはな…」
その後、二人はカフェでゆっくりコーヒーを飲み、少しだけ贅沢なケーキも楽しんだ。ふだんは節約家の二人だが、この日はおしゃれして特別な気分を味わいたかったのだ。
家に帰ると、二人は疲れた様子で椅子に腰を下ろした。義男さんは、スーツのネクタイを緩めて大きなため息をついた。
「やっぱりこういうの、性に合わないなあ…」
節子さんもドレスを脱ぎながら、笑顔で頷いた。「本当ね。でも、たまにはこういうのも悪くないでしょう?」
「まあな。今度また何年かしたら着るかもしれないな」と義男さんが言いながら、二人で笑い合った。
それから数年後、二人のタンスには、あの日と同じスーツとドレスが並んでいる。