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重戰騎兵5

 前回



 風間は軽い身体検査を受けた。色々と数値に問題があったが、それで普通に生きているのだから何とも言い難い。中でも衝撃的だったのは、体重である。
 「冗談だろ」
 身長180cmで体重415kg。間違いなく金属が体内に入っている数字だ。滝川の言葉通り、この金属が700kgしか存在していないなら、自身の体重を差っ引いても、約半分は風間の体内に入っている事になる。なるほど。色々な厄介な訳だと唇を歪める。
 身体検査の後、上の階層で食事を摂らされたが、空気から察するに、食事自体が検査の一環らしい。
 その後再び、検査として、今度は嘘発見器に掛けられる。本来なら自分自身の身の潔白を問わず、それなりに緊張しそうなものだが、記憶がないと言う事実か、どうにでもなれと言う諦観か、あるいは風間の正確なのか。何一つ緊張もせず、結果も面白くないほど平坦だった。
 「質問は終わりか?」
 「ああ。とても嘘をついているとは思えない数字だな。お前がスパイでさえなければ」

 まだ機械につながれたままの風間に向けて、滝川が苦笑する。そう。特務自衛官でさえなければ。特殊工作員である以上、嘘発見器は勿論、捕虜になった場合の対処法も叩き込まれている。あるいは、本当に記憶を失っているなら、もっと動揺して然るべきと考えていた節が滝川にはあった。
 「あんたも出来るのかい?」
 風間が、滝川の思考を読むように唇を歪める。
 「も、じゃない。迂闊だな」
 滝川の小さく鋭い指摘に、風間が呑気な声で答える。
 「確かに。あんたには出来るのか、と聞くべきだな」
 そして計器には何の乱れもない。審査が終わったと見せかけて、審査が続いているなんてのは、滝川の住む世界ではむしろ常套手段だ。
 「今のでも動揺しないとなると、お前の正体はスパイなんかじゃなく、エイリアンの方かも知れんな」
 「さっきの、俺はエイリアンに寄生されてるって話か」

 この程度の化かし合いで、動揺が誘えると思った訳でもない。少なくとも、滝川の知る風間はその程度には優秀なのだ。
 滝川から見て、風間の性格や性分に大きな変化があるようには思えない。記憶喪失が実際にどう言うものなのかはわからないが、風間が個人の情報だけ綺麗さっぱり忘れ去るなんて都合のいい話を信じる筈もなかった。風間が組織を裏切ったか、あるいは最初からスパイだったか。だが、その可能性も低い。
 そして、風間の肉体がこの世であまりにも特殊な例となった以上、簡単に殺して解決という訳にもいかないのだ。
 「平たく言えば、それは疑いではなく、客観的事実だな」
 霧島が割り込む。風間が寄生金属に侵食されている事は紛れない事実だ。だが、寄生生物にも幾らかの種類がある。宿主から吸い上げるタイプ、宿主を食い殺すタイプ、宿主と共生するタイプ。現時点での風間は、寄生金属と共生していると言った方がより正しい。
 「冗談キツいね」
 「冗談なら良かったんだがな。これを見ろ」

 滝川が、用意していたタブレット型端末を渡す。
 「調査隊行方不明。捜索隊出される。ツキノワグマに襲われたと見られ。南アルプス山中の隕石衝突跡地下で発見」
 軽く流し見をする限り、最初は新聞記事か何かの抜粋だったが、途中からは違う。どうやら組織の人間が寄生金属に関するレポートをまとめているようだ。
 寄生金属はおそらく数万年前に隕石として地球に衝突した。そして、南アルプスの万年雪の中で、長い眠りについていたのだ。
 「おそらくこの地球上にわずか700kgしか存在していないレアメタルだ。我々はコレをヒヒイロカネと呼んでいる」
 ヒヒイロカネ。日緋色金や火廣金とも書く。古史古伝における架空の金属である。西洋で言えばオリハルコンやミスリルに近しい。しかし、本当のところはオリハルコンよりも、ミスリルに近いと言える。
 それと言うのも、ミスリルは「指輪物語」の著者であるトールキンが創作した。古志や神話由来ではなく創作物なのである。ヒヒイロカネの存在も、明確な由来とされるものが偽書なのである。
 「仰々しい名前だ」
 風間が唇を歪める。もっとも、伝説の動物に似ていると言う無理矢理な理由をつけて命名された麒麟や獏の例から考えれば、そう不思議なことでもない。
 ましてゴーストを作った組織が国の諜報機関なら、右翼思想的に最適な名前だったのかも知れない。
 「まあ、大概の金属と同様、熱せば赤くはなるが、便宜上でも名前は必要だ」
 名付けたのは滝川ではないし、霧島でもない。無論、風間でもない。しかし、いちいち口に出すたびに「ヒヒイロカネ」は大仰だった。
 「それでサンプル・アッシュね」
 アッシュ。頭文字から取って、フランス語のHである。こう呼び始めたのも別人だが、それが定着した。と霧島が説明を続ける。
 「金属の特性はかなり特殊で、7℃以下になると固体化する。それ以上の温度だと粘性と展性の高い液体金属になる。沸点は約20,000度。こうなると事実上、死滅する」
 「死滅…?」

 霧散してしまい、それを掻き集めて融合させない限り、自分の力で他者に寄生するという能力を失うのである。逆を返せば、霧散した金属を回収さえすれば、また寄生すると言う特性は蘇るのだが。
 「我々は便宜上、このサンプル・アッシュを金属生命体の寄生生物と呼んでいるが、地球上の定義ではどう考えても生物ではない」
 この地球上にも、カモノハシのように正確な分類が出来ない生物がいる。かつての学者はその存在を疑ったと言う。霧島の見解も、このヒヒイロカネはあくまで金属だ。極めて生命的な特性を持つ金属に過ぎない。
 「つまり、金属が持つ特性だと?」
 「話が早いな。この金属が液体化している状態で哺乳類を近付けると、どう言うことか、金属が引き寄せられ、体内に溶け込み、寄生する」

 磁石があれば吸い寄せられる金属のように。無論、金属には磁性を持たないものがある。それと同じだ。哺乳類が近付くと吸い寄せられる。そして極めて寄生に似た状態になるだけ。
 「寄生されたらどうなる?」
 「さっき見た犬のように、金属が持つと思われる意思に操られる」

 霧島がさも面白うに笑う。この金属のもっとも理解できない部分である。昆虫や菌類、ウイルス、植物、鳥類、爬虫類、両生類。試した限り例外はなく、哺乳類にしか反応しない。逆に哺乳類には例外があり、少なくともカモノハシとウサギには反応しなかった。カモノハシはともかく、そういう意味ではウサギを鳥だと偽って食った坊主は正しかった事になる。
 「金属に意思があるのか?」
 「わからんね。わからんが、何種類かの哺乳類に寄生させてみても、行動が似通っている」
 「だから、寄生された動物の意思ではなく、金属の意思だと」

 今の風間自身に確かめようはないが、自分が金属生命体だとして、その行動原理に突き動かされている気はしない。普通に人間の思考に従っているだけだ。少なくとも風間からすれば、エイリアンに操られている可能性だけは回避できた事になる。
 「捕食、排泄、生殖をしなくなる時点で、哺乳類の意思とは考えられんな」
 ここでようやく、先ほどの食事が身体検査の一環だった裏付けが取れる。尿検査もあったが、摂食させる意味合いを含んでいたのだ。
 「なるほど。それで聞きたくない話だが」
 「お前以外に、寄生された人間はいるのか、か」

 滝川が答える。
 「ご名答」
 「むしろ最初の犠牲者が、発掘に当たった調査の人間だった。山中では個体のままだったが、掘り起こされて解凍された。それで寄生され、化け物になり、だからこそこの金属はゴーストが預かる事になった」

 とある大学の研究室が、南アルプスの山中に隕石墜落跡と思われる場所を発見し、数度に渡る調査に出かけた結果、寄生金属に侵食された。
 帰らない調査隊に自衛隊による捜索隊が出され、特務自衛隊の知る所となる。結果としてまさかの銃撃が通じない化け物との交戦となり、特務自衛隊の出動となった。
 「化け物ね」
 なお、事件は化け物ではなく、凶暴なツキノワグマの仕業と言う事で処理された。
 「ハッキリとわかってはいないが、どうやらヒヒイロカネが寄生した生物は敵意を向けられるのが嫌いらしい」
 「敵意?」
 「曖昧な表現になるが、金属の状態だと、液体でも個体でもただの物質に過ぎない。しかし、生物に寄生した状態だと宿主の体を傷つけられる事をひどく嫌う」

 霧島の研究と予測としては、ヒヒイロカネはやはり金属である。そしてどうやら、ヒヒイロカネ自身が好ましい環境として冷気を嫌う。おそらく灼熱もだ。だからこそ、恒温動物の体内でその身を守ろうとするのではないか。
 そして、金属としては当然だが、自分では動けないという状態からも、寄生によって宿主を操れば、好ましい環境へ移動できる。それがこの金属に刻まれた意思なのではあるまいか。
 その宿主を傷つけようとすれば、防衛のために表面に浸み出し、戦闘姿勢を見せるのも筋の通る話だ。
 「あの犬か」
 液体化した金属がとめどなく溢れて、犬を覆った。銃弾は通じない。風間が必要に応じて肉体を金属化できるのもおそらくは同じ原理であろう。
 「しかし、金属に記憶の連続性はないらしく、炎で焼かれれば死ぬ事や、冷凍されれば眠る事もすっかり忘れてくれている」
 「同じ手が通用すると」

 それが唯一の救いだと、霧島が笑う。おそらくヒヒイロカネに進化や成長という特性はない。もし成長なんてしていたら、液体金属の状態で色んな場所に逃げられる。炎や冷気を恐れるようになれば、研究はますます困難になる。
 「だが、ここに来て厄介な存在が現れた。キミだ」
 「だろうな」

 例外中の例外である。人間に寄生させる実験は既に着手した。しかし、最初の山中と同じく、怪物と化しただけで、他の哺乳類のように「金属の意思」に操られる。
 「先程の犬を見たろうが、金属は肉体を上手に操作できない。映画で言うゾンビみたいな状態だ。これは人間でも同じ。例外のキミを除いてね」
 そう。宿主は金属をコントロールできないだけでなく、寄主もまた、その肉体を上手に動かせないのである。
 「確かにね。意思で金属を操れる厄介な例外だ」
 風間は冗談交じりに左手の人差し指を金属化させ、すぐに元に戻した。
 「いや、お前が記憶を失ってさえいなければ、そこまで話は複雑にならなかった」
 記憶喪失を信じた訳ではない。滝川が言う。葬るか、貴重な実験動物か、それともとんでもない力を持った特務自衛官の誕生か。
 「俺が機密を奪おうとしたって話か」
 しかも、確固たる証拠を掴んでもいないらしい。あくまでその疑いが濃厚なだけだ。
 「その機密がこのヒヒイロカネと…」
 「まだあるのか」

 風間が唇を歪めた。目覚めて数時間で珍事の特売だ。
 「色々と隠しだてするのも面倒だ。単刀直入に言う。稲垣恭司を覚えているか?」
 記憶喪失の風間に何を聞いても覚えているはずがない。ただ、正確に言えば、先ほどの嘘発見器のキーワードに稲垣恭司が含まれていた事は覚えているが、それを試されている気もしたため、風間は否定した。
 「覚えてる訳がない。何者だ?」
 滝川は風間の方を見ず、既に移動する準備を始めながら答えた。
 「会わせてやろう」

 そうして風間が新たに案内された場所は、ひんやりと冷えていて、嫌なニオイがした。それをいつ、どの状況で嗅いだのか記憶はない。だが、身体か、あるいは本能が教えている。
 これは死の臭いだと。
 案内された部屋が地下の死体置き場だと言うことにはすぐ気付いた。だからこそ、ベッドに何体も横たわる黒い巨大な袋が死体袋である事も理解できた。
 大量の、計11体の死体を前にしても、吐気や恐怖は覚えない。それが記憶がないからなのか、それとも。
 「ボディバッグがゴロゴロと。俺の日常はこんなに殺伐としてるのかい?」
 「今は特別さ」

 滝川が苦笑いしながら、手近な場所のボディバッグを開けた。
 当たり前だが、死体の顔に見覚えはない。見た瞬間に言える事は、見るからに濃い顔立ちの色男。太い眉、鷲の嘴のような話。彫りの深い顔。ラテン系の血でも混じっているのか。死体だと言うのにまだ浅黒い。
 「で。稲垣ナントカってのはこの死体か?」
 俳優にでもいそうなぐらいに魅力的な顔立ちだが、見覚えはない。そもそも死体に合わせてどんな反応を期待していると言うのか。
 「そうだ。出来立てのホヤホヤだぞ」
 霧島が嬉しそうに笑う。この死体が出来たのはつい昨日の事らしい。さもなくば死体は冷蔵ではなく冷凍され、生前とは違う顔つきになっていた事だろう。
 「悪いが、やはり記憶にはない」
 「そこには期待しちゃいない。次の死体を見てみろ」

 一つ先にあるボディバッグのファスナーを開けつつ、滝川が告げる。
 「はン? どいつが稲垣かなんて…」
 どの死体が稲垣かを当てろと言うのか。記憶のない風間に取ってはまるで意味のない行為だ。ただ死体の顔だけを見るのは悪趣味に過ぎる、そう言いかけた言葉が止まった。
 「なんだこりゃ」
 二つ目の死体の顔に、記憶がないはずの風間の記憶に、見覚えがあった。
 「次の死体も見てみろ」
 言いながら、滝川が次々と死体袋のファスナーを開けて回る。
 「何の冗談だ?」
 三つ目の死体にも、四つ目の死体にも見覚えがあった。忘れていない。いや、忘れているはずがない。
 「冗談じゃない。現実さ」
 滝川がまだ死体袋を開けながら、苦笑いする。
 「全部同じ顔じゃねえか」
 そう。ボディバッグに収められている死体はすべて、同じ顔だったのである。
 「顔だけじゃない。遺伝子からすべて同じ人間、稲垣恭司だよ」
 霧島が笑う。
 「クローンか?」
 「現在のクローン技術でここまで同じ人間を作る事は出来ない。何より、時間がかかり過ぎる」

 二十歳の人間を作るには、20年もの歳月が必要なのだ。それを多少早める事が出来たとしても、これほどの数を、どれだけの短期間でやり遂げると言うのか。
 「じゃ、どうやって」
 「わからん。わからんが、稲垣は自分のコピーを大量に生産し、それで国家転覆を企ててるテロリストだ」

 滝川の言葉に、風間の体毛がそそけ立った。クローンの意思は不明だが、もしもテロリストの教義まで再現されているなら、それはとんでもない武力になる。
 「イカレてやがるな」
 それを聞いた滝川が、短い溜息の後に告げた。
 「お前はその稲垣に協力して、ヒヒイロカネを奪おうとした可能性があるんだよ」
 風間は初めて、記憶がない自身の過去を疑った。
 「なん…」
 「稲垣恭司。元特務自衛官A6。ゴーストであり、お前の先輩だ」

 それが、風間と対峙する事になる男である。

 (´・∀・)」 敵は全員大ボス。


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 なお、この先には今後の連載方針について少しだけ書いてます。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。