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クイズの問題に見られる「〜で、〜のは何でしょう?」について

少し前に、次のようなツイートを発端として、クイズの問題文に見られるある構文についての議論が沸き起こっていました:

クイズの問題文で、

「なめらかな口当たりが特徴の水牛の乳から作られるチーズで、その名はイタリア語で「引きちぎる」という意味の言葉に由来するのは何でしょう?」

みたいな文章が気持ち悪くて大っ嫌いなんだけど、何でこの文法というかスタイルが蔓延ってるの?

https://twitter.com/SubAccount1130/status/1660593007715057665?s=20

これについて、私の思うところを整理してみたいと思います。

問題の整理

そもそも、このツイートで例に挙がっている以下の問題文は、複数の問題点をはらんだものになっています。

(1) なめらかな口当たりが特徴の水牛の乳から作られるチーズで、その名はイタリア語で「引きちぎる」という意味の言葉に由来するのは何でしょう?

このため、当該ツイートをきっかけにツイートされた様々な意見は、この問題文のいろいろな部分を槍玉に挙げている形となっていました。そこで、まずは問題点を整理したいと思います。

私が見る限り、この問題文では以下のような点が議論を生むところとして考えられます:

  1. 「〜チーズで、〜に由来するのは」が不自然

  2. 「なめらかな口当たりが特徴の」の修飾先が、構文上は「チーズ」ではなく「水牛」もしくは「水牛の乳」と解釈できてしまう

  3. 「その名は〜に由来する」という連体修飾節において、修飾節中に被修飾名詞が占める格関係が単純な主格などではないトリッキーな形になっていて、同格指示語が用いられている

今回はこのうち1. 「〜チーズで、〜に由来するのは」が不自然という部分について考えますが、残りの問題点についてもいろいろと議論になる部分かと思います。

ここでは、1. に挙げた「〜で、〜の」という構文についてのみ考えたいので、他の問題点を排除した以下の形の文章で議論を進めていきたいと思います。

(2) グリュイエールチーズとともによくチーズフォンデュに用いられるスイスチーズで、その見た目からよく「穴あきチーズ」と呼ばれるのは何でしょう?


「〜で、〜の」の文法的な解釈

色々と議論になってはいましたが、「〜で、〜の」という構文そのものは、文法的にはきちんと説明がつくもので、この側面から誤りと断定することはできません。

「〜で、」の文法的解釈

前半の「〜で、」の部分は、2通りの解釈が可能です。1つは断定の助動詞「だ」の連用形とするもので、連用形のすぐ後に読点を続ける「連用中止」という構文と解釈するものです。もう1つは、格助詞の「で」 と解釈するものです。

この両者は、意味上の違いによって区別されます。断定の助動詞「だ」の連用形の場合、以下のように「で」を「であり」と置き換えても意味が通じます:

(3) グリュイエールチーズとともによくチーズフォンデュに用いられるスイスチーズであり、その見た目からよく「穴あきチーズ」と呼ばれるのは何でしょう?

格助詞の場合は、ここでは「の中で」と置き換えても意味が通じる形になるでしょう:

(4) グリュイエールチーズとともによくチーズフォンデュに用いられるスイスチーズの中で、その見た目からよく「穴あきチーズ」と呼ばれるのは何でしょう?

これは、意味上「グリュイエールチーズとともによくチーズフォンデュに用いられるスイスチーズ」と「その見た目からよく『穴あきチーズ』と呼ばれるもの」が同一のものを指していると考えられるか、後者が前者の一部を指していると考えられるかによって区別されます。

一般的には、クイズでこういう構文が使われる時、特に「〜で、」の前の部分が長い場合には、前フリと後フリが同一のものを指している、つまり断定の助動詞「だ」の連用中止の場合が多いと思います。


「〜の」の文法的解釈

後半の「〜の」の部分は、準体助詞として解釈されます。ただし、これは文法学者によって様々に言われているもので、格助詞の一種とみたり、形式名詞の一種とみたりもされています。

準体助詞の「準体」は「体言に準ずる」という意味合いのものとなっていて、この助詞はしばしば形式名詞や一般名詞に置き換えることができます。「の」を「もの」に置き換えた場合

(5) グリュイエールチーズとともによくチーズフォンデュに用いられるスイスチーズで、その見た目からよく「穴あきチーズ」と呼ばれるものは何でしょう?

また「の」を「乳製品」や「チーズ」と置き換えることもできます。

(6) グリュイエールチーズとともによくチーズフォンデュに用いられるスイスチーズで、その見た目からよく「穴あきチーズ」と呼ばれる乳製品は何でしょう?
(7) グリュイエールチーズとともによくチーズフォンデュに用いられるスイスチーズで、その見た目からよく「穴あきチーズ」と呼ばれるチーズは何でしょう?


「で、〜の」の問題点

文法的な説明がつくからといって、それだけで日本語として問題がないとまでは言えません。以下に、私が考えつく限りの問題点を挙げてみます。

連用中止の問題点

連用中止は、形式的には動詞の連用形に読点を連ねることでどんな動詞でも作ることができますが、連用形が修飾する先の動詞との意味上の繋がりが適切でないと不自然な形となります。一般的に、連用中止が使われるのは次のような場合が多いです:

  • 順序だって行われる行為を示す場合:「図書館へ行き、本を読む」

  • 並列する場合:「よく遊び、よく学ぶ」

どちらの場合も、「行く」と「読む」ないし「遊ぶ」と「学ぶ」は対応関係にあります。この対応関係が不自然な場合、連用中止は全体として不自然に見えます。

クイズの問題文でも、しばしば連体修飾節中で連用中止が使われますが、例えば

なめらかな口当たりを特徴とし、水牛の乳から作られる

のような形で連用中止を使うと、「特徴とする」と「作られる」が上手く対応しないので、ぎこちない日本語に見えます。


「〜で、〜の」の「〜で、」を断定の助動詞「だ」の連用中止とみる場合、後半部分も「だ」に対応する形になっていないと整合性がとれません。(2)の問題文では対応する用言が「呼ばれる」となっていますが、これは「だ」と適切に対応しているかどうか微妙なラインのように思います。

これは、被修飾名詞を連体修飾節中に戻して文の形に変えてみると、より一層はっきりすると思います。ここで話題になっている連体修飾節は寺村秀夫の説にいう「内の関係」になっていて、以下のように述定の形に書き直すことができます:

エメンタールチーズはグリュイエールチーズとともによくチーズフォンデュに用いられるスイスチーズで、その見た目からよく「穴あきチーズ」と呼ばれる。

このような形にすると、「スイスチーズで(あり)、『穴あきチーズ』と呼ばれる」の対応が、「図書館へ行き、本を読む」や「よく遊び、よく学ぶ」に見られるのと比べて自然さの劣る対応関係になっていることが分かりやすいと思います。


よりはっきりと連用中止として対応を付けるなら、「〜で、」に呼応する後フリにも同様に断定の助動詞「だ」を用いるのが望ましいと思います。この場合、連体修飾節とするために連体形をとれば、「〜なのは」もしくは「〜であるのは」と呼応する形になるでしょう。

具体的には、例えば次のような形の場合、前フリと後フリがどちらも断定の助動詞「だ」で形式上の対応が取られます:

(8) グリュイエールチーズとともによくチーズフォンデュに用いられるスイスチーズで、「穴あきチーズ」とも呼ばれる独特の見た目が特徴的なのは何でしょう?


文体の問題点

準体助詞の「の」を使うことについて、「話し言葉的なのが違和感がある」という趣旨のツイートをいくらか目にしました。実際問題として、準体助詞の「の」が形式名詞もしくは一般名詞と置き換え可能な場合、話し言葉では「の」が多く使われ、書き言葉では形式名詞または一般名詞の方が多く使われる、という傾向はあるだろうと思います。

これは検証を要する仮説ですが、「〜で、」の部分が断定の助動詞ではなく格助詞の場合は、書き言葉でも準体助詞の「の」が使われがちなように思います。例えば、次のような例文では書き言葉中でも(9a)の形が少ないとは言えず、(9c)はむしろ少ないのではないかと私は思いました:

(9a) 日本の山の中で、一番標高が高いは富士山である。
(9b) 日本の山の中で、一番標高が高いものは富士山である。
(9c) 日本の山の中で、一番標高が高いは富士山である。


修飾の方向に関する問題点

いくつかのツイートの中で、「後フリ部分の修飾の向きが逆になっているのが違和感」という趣旨の主張を見かけました。

この感覚は、私は早押しクイズに長い間触れている人に特徴的な感覚なのではないかと私は思いました。

まず大前提として、この文章の文法的な修飾構造は下図のようになっており、これ自体は逆行は特にはしていません。

上に挙げた2つのツイートに載せられている図でも、この統語構造自体を否定するような形にはなっていないと思います。「逆行している」という感覚は、文法的な修飾関係ではなく、意味上の繋がりのみを考えてのものだと思われます。

クイズの問題文に見られる統語構造のパターンは、『競技クイズの問題文の統語構造に基づく分類』(https://wattson496.booth.pm/items/4546052)の中で詳細に分析しました。

この結果では、ほとんどの問題文は「(連体修飾節)+名詞+"は何でしょう?"」のような形か、「(連体修飾節)+名詞+"を何というでしょう?"」の形を取っている、という結果になっていました。また、この分析の中でも「〜で、〜の」の形の構文について扱っていますが、表4の集計結果に示されている通り、「〜で、〜の」の形は全1,500問中の72問と、割合としてかなり少数です。

なので、早押しクイズの解答者が前から問題文を聞いて統語構造を考える時、真っ先に想定するパターンは、連体修飾節が「は何でしょう?」や「を何というでしょう?」の直前の名詞に修飾するパターンとなるのが合理的です。したがって、この考え方に慣れていると、そうでない構文を異質なものと認識しがちなのではないかと思います。被修飾名詞の「本来あるべき位置」といった見方は、こうした思考パターンを反映するものなのではないでしょうか。


私の個人的な感覚

私自身の感覚としては、「〜で、〜の」の構文についてはそれほど強い違和感は感じていないです。細かく見ていくと、連用中止の問題点として挙げたものは気になることが多いですが、文体の問題や修飾の方向の問題はあまり気にならないです。このあたりの感覚は、普段どういう文章に触れているかによって個人差が大きいところなのかもしれません。


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