藤井風君の分析をしている「咲希Saki music channel」の咲希さんという人のYouTubeや、podcastを聴いて、考えたこと。創造創作と、分析について。


 藤井風君にハマった末に、風君の動画を見るだけでは飽き足らず、風君を分析しているいろんな人のYouTubeの動画ももれなく観て回る中で、大変に興味深い人を発見したので、その人について書きます。

 咲希さんという、20代半ばの、大学でクラシックの楽理、作曲を勉強していた女性です。ドイツにも留学していて、心理学や哲学への造詣も深く、とても知的な方です。研究者になったり、クラシックの方面に進んでも、きっととても優秀なのではないかと思うのですが、ポップス系のシンガーソングライター、「作曲家、歌手」を目指して、いろいろな活動をしている方です。Poscastに、「誰も聞かなくていいラジオ」というのを連続投稿していたりします。「風君よりひとつ年上」と言っていたので、24歳なのでしょう。そうだとすると、私のところの、三男(25歳)と長女(23歳)の間の学年ですね。

 風君の「やさしさ」「帰ろう」の二曲を分析した動画が、大変に論理的でありつつ、風君と音楽への愛にあふれており、素晴らしい。(風君本人もコメントを残しています) リンクは以下。下線部をクリックすると飛びます。

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藤井風】「帰ろう」分析&解説!浮遊感の正体とは?

 ピアノ演奏力も歌唱も、さすが、専門に勉強した人だよなあ、ということが納得できる素晴らしさですが、とにかく「分析を、素人・門外漢にもわかりやすく説明する能力」の素晴らしさに感銘を受け、興味を持ってしまい、podcastで配信している「誰も聞かなくていいラジオ」も、全部ではないけれど、いろいろと聞いてみました。

 (なんか、若い女性のpodcastを、私のような還暦間際のじいさんが聴くのも、「キモ」「おっさんやめろ」って怒られそうなのだが。うん、うちの長女なら、絶対「キモいから、お父さん、やめなさい。ほぼ犯罪だぞ」って激おこするよな。でもまあ、藤井風君と音楽に関する部分だけに限定して、聞くようにしています。)

 そうすると、なんというか、「クリエーター、アーチスト」を目指しつつ、「分析する、それを語る」ということにむしろ喜びや適性を感じ、しかし、やはり「音楽を作り歌い演奏する人」として生きていきたい」という葛藤の中に生きる若者の姿が浮かび上がってきて、なんだか自分の若いころを思い出したり、物書きになろうと苦闘を続ける長男のことなんかを思ったりしました。そんなことを、つらつらと書いてみます。

 彼女は藤井風君と出会って、風君の音楽になぜ自分が、これほど心動かされるのかということについて、とにかく分析したいという激しい衝動に駆られて、ものすごく力の入った分析YouTube動画を作ったわけです。それは、それまで彼女が発信した他のpodcastやYouTubeとは桁の違う視聴者を得ています。それは「風くん人気」のおかげでもあるのですが、それだけではない。「風君の音楽に対して分析したい、語りたい」という彼女の中の欲望、衝動が、これまでになく、強烈だったからだと思うのです。「視聴者に受けたい」とか「自分が評価されたい」などという気持ちによりもはるかに強い「分析せずにいられない、語らずにいられない」というエネルギーが、その動画からあふれ出しているから。その魅力のためだと思います。

 一方で、彼女は、実は風君の音楽と出会って、元気がなくなっているんです。そういう精神状態を、自ら語るpodcast「藤井風の美しさと私のスランプ」も投稿しています。(下線部クリックすると飛びます。)

 自分が目指している、そのはるか先の理想形を、同年代の風くんが、いきなり具体的表現としていること。その衝撃。曲作り、演奏、歌唱、どれにおいても、圧倒的ホンモノが出てきたときに感じるショック。
自分が作曲しようとしても、風君の曲と較べてしまって「ダメだあ」となってしまう気持ち。それを語っているうちに、また、風君の曲を歌ってしまい、歌ってしまうと感動してしまい、分析を始めてしまい、ますます自分のことを考えて元気がなくなってしまう。なんとか、風君への気持ちを、自分が納得できる曲作りのモチベーションにしようと、自分に言い聞かせる。その行ったり来たりが、なんだか、とても、愛おしい。切ない。

 聴いていて、僕は、自分の、若い時のことを思い出しました。音楽のことではないのですが。

 僕は、若い時、文学、文章を書くということで生きていきたいと思っていました。漠然と「小説家」になりたいなあ、と。かといって書くべき、書かねばならぬ、切実な中身もテーマも、そんなものは薄っぺらな僕の中には何もなく、何一つ書けない悶々とした大学生活を過ごしました。そして就職を迎えるころ、当時全盛期のコピーライターブームに乗っかってコピーライター学校・広告学校(糸井さん仲畑さんが先生だった)に通い、電通に入ってコピーライターになりました。コピーライターは、書くべき伝えるべきテーマは広告主からお題として与えられるので、「中身空っぽ」でもなんとかなるのではないか、と思ったのかなあ。いや、そこまで深くは考えなかった、とにかく自分が書くものがつまらなく思えて、なんとかしようともがいているうちに、広告業界に入っていた、というのが本当のところ。

 しかし、実際、働き始めてみると、コピーライターとして伝わる言葉を書くには、やはり中身空っぽではダメでした。そうこうするうち、電通の同期や後輩に、明らかに「天才」としか呼びようのないすごいやつらが次々出てきました。彼らはどんどん大きな広告賞を取りまくる。全国に流れる大きなキャンペーンの広告でヒットを飛ばす。同世代や後輩との圧倒的才能の差を見せつけられる日々。

 僕は三年でコピーライターをあきらめました。電通もやめてしまいました。25歳のこと。伝わる表現自体を作るより、その周辺にある様々なことを「分析」する戦略プランナーという職業になって、フリーの戦略プランナー、理屈屋プレゼン屋として35年ほど働いてきました。

 言語表現・芸術表現そのものを作ることよりも、分析をすることの方に、僕は適性があったようです。その分析は、ずいぶん褒めてもらえました。広告業界には、表現者から降りて、分析だけをするという人間は少なかったので、競争相手もほとんどなく、仕事には困りませんでした。食っていくという意味では、僕の落ち着いた先は、まずまず成功だったようです。

 経済的なこともそうですが、自分の適性に合った仕事をしていること、能力を全開にして、その結果、褒められて、お金ももらえる。そうやって生きているうちに30年が過ぎました。

 しかし、「分析」はあくまで裏方の仕事で、表現そのものを作る人への憧れと尊敬というか、劣等感のようなものは、ずっと、心の中にあります。

 今、隠居生活に入って、何十年ぶりに、広告ではなく文学に向けて、残された余生の時間をあてようと思っています。しかし、それでも、僕の適性能力は、小説という作品そのものを創作するところにはなく、「分析」をすることにあるのだなあ、と思います。今、世界中の小説を読んでは、「評論、批評」のような文章を細々と書いています。

咲希さんの話に戻りましょう。

 咲希さんの最新YouTubeは「何で分析するの? 藤井風さんを分析する理由/世界がキラキラして見える『分析』【誰も聞かなくていいラジオ#101】」

 ぜひ、聞いてみてください。藤井風君の話だけではなく、「分析すること」そのものの意味、魅力、歓びを、ものすごく精緻に分析しています。例え話や実体験も、とても巧みに織り交ぜて。いやあ、この人、本当に「分析して語る人」として、圧倒的に能力もあるし、魅力もあるなあ。感心してしまいます。どう考えても、咲希さんは、「分析」に、深く大きな、生理的な喜びを感じています。

 それと比較して、「作曲をすること」は、咲希さんにとって、どうなんだろう、ということが、心配になります。批評し、分析する目が耳が頭脳が優れているだけに、自分の創作に対して厳しくなってしまい、苦しくなってしまう。そういう壁にぶつかっているように思います。

 音楽を「歌い、演奏する」ということの中には、純粋な喜びがあります。咲希さんの歌い演奏する姿や声、ピアノの音を聞けば、そこには歓びがある。風君の曲だけでなく、自作の曲を歌っている声、演奏を聴くと、そこには「歌うこと、演奏することの歓び」は、ちゃんとある、伝わってきます。

 しかし、語っている言葉の中で、今、「作曲する」こと、そのものの前では、何か、少し、苦しそう、悩んでいるように思える。壁の前に立ちすくんでいるように感じられる。

 僕は、壁の前で、あっさり逃げた人間なので、そして、そこで逃げると、一生、その後悔はついて回ることを知っているので、「分析家になっちゃえば」なんていうことを言うつもりはありません。ぶつかっているうちに、壁がバカーンって割れて、作曲家として、歌手としての大きな未来が開けるかもしれません。

 今回のこの分析についての動画の最後の方で、風君とは違うアプローチで、自分らしく作った音楽を、今度、アップすると予告していました。何か、ひとつ乗り越えたのであれば、いいなあと思います。

 「作曲家、歌手としてと生きていくこと」と、「分析する人として生きていくこと」。両方、欲張って、求め続けろ、がんばれー、と、外野応援席から、おじいさんは静かに応援していきますよ。

 本文中下線部をクリックすると、咲希さんのYouTubeやpodcastに飛びます。聞いてみてください。


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