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主語のないしあわせ 〜荒井由実のひこうき雲に感動して人類への毒を吐く私の巻〜


ここ数日、どういう流れで行き着いたのかわかりませんが、松任谷由実(荒井由実時代)の「ひこうき雲」をヘビロテしていました。


子供の頃、母親がもれなくユーミンファンで、よく車の中で聴いていたのを思い出します。母の青春時代は「恋愛を歌わせたら」というお題においては松任谷由実か中島みゆきで国が二分される時代だったので(笑、言い過ぎてないと思う)、推してる方をどんなに素晴らしいか語れることは非常に重要だったのですw


子供の私は「そんなに説明しなくてもこの圧倒的な素晴らしさと唯一無二感はわかってるよ・・・」と思っておりました(笑)
私も大好きだったのです。


この「ひこうき雲」という曲は不思議な曲です。言語化するのが難しい世界で、きっと言葉で説明的なことを言うとそれだけで陳腐になってしまいそうなのですが、それでも伝えたいことが湧いてきます。


年若い友人が、病で亡くなる・・・
そういう歌なのですが、そのすべてを本当に少ない言葉で完成させ、それをもって命への祈りとするような・・・

これをどう言ったらいいのだろう・・と言葉を探すと「真空パック」だな、と思いました。重要ななにかを、可能な限り純粋な状態で永久保存するような。


松任谷由実しか持っていない「次元上昇」がある。彼女の秘儀であり、ありきたりな言葉になってしまうけどやっぱり才能(ギフト)って言うのだろう。しかしご本人はそれを「技術」として確信を持ってやっているように感じる。いや〜、天才っているね!いるんだよもう(笑)



みなさん、聴くがよろし。聴いたら戻ってきて(笑)。
歌詞ありで、それをすべてイメージしながら聴いてみてほしい。圧倒的だから。

https://youtu.be/9HInQDjCCRc




 ほかの人には わからない
 
 あまりにも若すぎたと ただ思うだけ
 
 けれど しあわせ


このパート。

自分自身が消えそうなほど感動します。いや、自分自身が消えるから感動なのでしょう。本物の感動に自分なんて介在しない。

詩の「意味」というよりも「音の運びの妙」。

意味を付帯した詩とメロディーを「合わせている」のではなく、音の運びこそが音(言葉)の意味を生んでいく。失神しちゃう。


そしてそれは


けれど、しあわせ


主語のないこのフレーズへと集約されます・・・


必要のない説明をしちゃうと「死ぬ前の日々、空を見ていたあの子、他の人にはわからなくても、きっとしあわせだった」ということだろうけど・・・

そんな風に言葉を並べちゃだめなんだよ!!! 

それじゃあ真空パックの次元上昇は完成しないんだ!!!(もう涙)



「けれど、しあわせ」

主語のないこの「しあわせ」は、状態のことでも感情のことでもなく、誰のものでない “空間” になって、

“あのこ”
”わたし”
”ほかのひと”

私たち、すべての人々を、ひとつの命の摂理の中に受け入れてくれる。



そしてその後に

 空に〜〜憧れて〜〜〜

と来ますよ!


もう神業すぎてハートがちぎれそう。


手加減してよユーミン、、、、

いや、死ぬまで手加減しないでください。そのすべてを感じたい(笑)。



ご本人の弾き語りもやっぱりいい。バックグラウンドで再生しながら続きを読んでほしい。
https://youtu.be/SlXL1A7rrxo



みなさん、どう思いますか?

戦争やってる人類。バカじゃん。

すいません、もう言葉選べない。

バカばっかだよもう。


みんな生まれてきて、みんないつか死ぬんだよ。

それを自然にしておけない人間なんて、もう絶滅すればいい。

みんなで空に帰ればいい。

百歩譲っても、それを自然にしておけるくらいまで減ればいいんだよ。

命は、自分たちのものじゃない。この宇宙の中の摂理なんだ。

だから誰も犯せないし、誰にも損なわれてはいけないんだよ。

わたし、わたし、わたし

わたしが、わたしが、

わたしの、わたしの、わたしの、

この世界には主語が溢れて絶え間無く相克し、そのエントロピーは高すぎてもはや自分たちの手におえないものに。その中で自分の主語を死守しようと争い、殺しあう。


そんなんでいいのか?

いいわけないじゃん。


それでも、戦争やってる人類をも宇宙は許容してくれている。

それを思うと涙が出て来ます。

その大きさに気づかない、かわいそうで哀れな人類。

みんなみんな、クリシュナの口の中に飲み込まれてしまえ*、とも思う。

みんなパラシュラーマ仙**に殲滅されてしまえ。


*バガヴァッドギーター11章参照。良いも悪いも関係なくみんなクリシュナ(神)の口の中に飲み込まれていくという宇宙観。
**「マハーバーラタ」の最初の方参照w。ヴィシュヌ神の第六の化身で、利己的に権力を振るう奢ったクシャトリヤ(士族・王族階級)を殲滅するために地上に現れる僧であり戦士。




さて、ユーミンの天才っぷりと「ひこうき雲」の神業について熱く語っていたかと思いきや、急に愚かな人類への毒を吐き出したダーク絵美里ちゃんにみなさんびっくりしたところで(笑)


いやね、バカじゃんとかそう思ってても、言えない人も多いだろうと思って。ちょっとスッキリしてもらいたかったところもあります。もちろん「バカじゃん人類」って思ってます私は。しかしそれは人類の素晴らしさを否定している思いではないのです。人間は素晴らしいはず(はず!)。



人生は続きます。

生活は続きます。

同じ地球の上で人が人を太刀打ちできない兵器で殺していても、

私たちの生活は続きます。



何をするべきか。


私は、諦めずに感動するべきだと思います。

自分を感動させる。

今生きている実感を強く持ち、自分にはパワーがあることを何度でも確認すべきだと思います。


ユーミン聴いてもいいし、本を読んでもいいし、コンサートやフェスに行って踊り狂ってもいいし、アート観賞してもいいし、好きな先生のところに行ってヨガをしてもいいし、いっそマッチョになってやれと筋トレ始めてもいいし、犬と思い切り走ってもいいし、桜を見に行ってもいいし、久しぶりの友人に会いに行ってもいいし、行ってみたかった場所に行ってもいいし、やりたかった習い事を始めてもいい。


生きている実感を自分の中で燃やそう。

そうやって自分を高めて、そして

そのエネルギーは自分のものじゃなくこの世界のものなんだ

誰かのしあわせのために還していくものなんだ

って改めて思い出そう。


それしかできないとも言えるけど、それができるのが本来のあり方、自然なんだよ。


私たち人類は自然から離れすぎちゃった。

自然を愛して心から求めているくせに、自然に生きることができない。自然から離れたら、あとはどんな理由で自分を主張しようと、悲しい末路があるだけ。


今日、ひとつでも感動してほしい。


ユーミンは「主語のないしあわせ」を歌い上げ、私たちを”誰も侵害することのできない空間”、存在の尊厳へと導いてくれた。
そんな風に自分の才能を惜しみなく使うユーミンは「すげえ!!!」の一言だけど、それは私たちにもできること。


みんな自分の命の中にあるギフトを使って、主語のないしあわせという次元に昇るための道を作ろう。その道は幅が広いほうがいい。だからみんなでやろうってことです。


そう思います。



というわけで、元気です。

今日も最後まで読んでくださってありがとうございます。


LOVE and PEACE大前提
ナマステ
絵美里


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